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廃市・飛ぶ男
著者 福永武彦 (著)
誇り高い姉と、快活な妹。いま、この二人の女性の前に横たわっているのは、一人の青年の棺。美しい姉妹に愛されていながら、彼はなぜ死なねばならなかったのか……? 夏雲砕ける水郷に茜の蜻蛉の舞い立つとき、ひとの心をよぎる孤独と悔恨の影を、清冽な抒情に写した秀作「廃市」。ほかに「飛ぶ男」「樹」「風花」「退屈な少年」「影の部分」「未来都市」「夜の寂しい顔」の7編を併録。
廃市・飛ぶ男(新潮文庫)
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廃市・飛ぶ男
2014/09/06 09:26
憂鬱顔の文学
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
そこが未来なのかどうかも分からないが、どさくさ紛れに連れ込まれたのか、彷徨の果てに辿り着いたのか奇妙な「未来都市」、ある宇宙線の働きで人間を幸福にしてしまうというテクノロジーによるユートピアだった。まったく古典的なユートピア像なのだが、そこで科学的に生み出される明朗な「芸術」に、主人公が違和感を感じるというのが、「文学」作品らしきところか。ユートピアの終焉によって、絶望の底にいた主人公が希望を取り戻すなぞはある種のアイロニーかもしれないが、幻の体験によるのだと言えば納得できるというものでもない、いささか穏当でないバランスの上に進行がある。
宙を飛ぶ幻想にすがる「飛ぶ男」も、なにげなく町を歩く日常感との対比が、絶望の深さを暗に語ろうとしているのか。目の出ない画家の遂に挫折する「樹」、妻が幼子とともに去っていく予感「風花」、みんな過去なり現在なりで入院している中で病気との戦いに加え、才能とキャリアの途絶する不安を抱えているのが独特だ。
古い水路の町での見聞きした「廃市」は、歪んで入り組んだ愛情をときほぐす過程だが、語り手の青年はまったく蚊帳の外であるが、あるいは芸術家の才能を秘めたらしい鋭敏な感性で、ことの真相を推理しえたのかもしれない。大林宣彦が映画化し、小林聡美の怪演が印象深い作品だが、原作の沈滞と憂鬱のイメージを忠実に伝えていたように思う。
全体に似たような憂鬱感が漂うところは、ある少年時代を描いた「退屈な少年」も変わらないが、奇妙な習慣とあっけらかんとした結末は明るさもあって、憂鬱自慢ばかりではなく大いに茶目っ気のあるところも感じられる。
人がどちらの顔も持っていることを思って読むなら、いつでも未来を悲観するだけでなくていいと思えるだろう。