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長崎奉行の歴史 苦悩する官僚エリート
著者 著者:木村 直樹
長崎は、日本史上、常に日本の玄関であった。古代の対馬を経由した中国・朝鮮との関係、中世の遣明船や朝鮮への使節・倭寇、近世のオランダや唐人との関係や対馬での朝鮮の関係――。江戸屈指の名老中・松平定信が「長崎は日本の病の一つ」と言うほど、治めるのが難しかった長崎。長崎奉行所、町人、西国諸藩の蔵屋敷、異国人の活動する出島・唐人屋敷、という様々な集団の、複雑なバランスの上に成り立っていた。各集団の思惑やパワーバランスに注目しつつ、海防やキリシタン禁制など、長崎の文化的・政治的な葛藤と軋轢を、「長崎奉行」を軸に明らかにする。
長崎奉行の歴史 苦悩する官僚エリート
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2020/06/13 06:09
多岐にわたる長崎奉行の仕事
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投稿者:福原京だるま - この投稿者のレビュー一覧を見る
長崎奉行は他の遠国奉行と違い町政だけでなく外交もしなければならないので大変である。明清交代期には鄭氏勢力とオランダと清の抗争に巻き込まれたり、幕府の貿易統制と長崎の町の繁栄の維持という二律背反する事項の板挟みになったり異国船の情報をオランダ経由で手に入れたり、そのオランダもフランス革命などによる本国の混乱で渡航が滞ったりした。
長崎奉行の歴史 苦悩する官僚エリート
2017/02/28 10:11
中間管理職
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投稿者:コーク - この投稿者のレビュー一覧を見る
幕府からの正論ではあるけれどもとても実行できない政策方針と、長崎の利益の狭間で苦闘する長崎奉行の姿がよくわかった。
しかしあまりに幕府の方針に忠実でそれまでの長崎独自の慣習等を無視すると死んだ後に、墓に小便を掛けられる程の怨嗟の的となるとは…