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蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ
著者 室生犀星
ある時は“コケティッシュ”な女、ある時は赤い三年子の金魚。犀星の理想の“女ひと”の結晶・変幻自在の金魚と老作家の会話で構築する艶やかな超現実主義的小説「蜜のあわれ」。凄絶なガン闘病記「われはうたえどもやぶれかぶれ」、自己の終焉をみつめた遺作詩「老いたるえびのうた」等、犀星の多面的文学世界全てを溶融した鮮やかな達成。生涯最高の活動期ともいうべき晩年の名作5篇を収録。
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ
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蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ
2010/03/29 10:56
「老い」ということの意味と迫力
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:analog純 - この投稿者のレビュー一覧を見る
上手なタイトルだなーと、思います。
特に『われはうたえども……』のタイトルは、まさに迫力満点ですね。この迫力はいったいどこから来るのかというと、もちろん「老人文学」ゆえ、であります。
「老人文学」という言い方が、確か、あるように思います。
近年これだけ日本人の平均寿命が延びて、作家も長寿の方が沢山いらっしゃいますから、このジャンルの作品も少なくないですよね。
私の読んだ小説で、本ジャンルにあたる作品はと考えてみますに、まず耕治人の『天井から降る哀しい音』。だいぶ前に読んだ本なので、内容はほぼ覚えていません。しかしかなり印象的だった記憶があります。
次に古井由吉の『白髪の唄』。これは朦朧として内容がよくわからなかったところがいかにも「老人文学」っぽくて(?)、よかったですね。
川上弘美の『センセイの鞄』なんかも一種の老人文学ですよねー。
「老舗」で言えば、谷崎潤一郎の『鍵』とか『瘋癲老人日記』などもこのジャンルの草分けになるのかも知れません。
ただこれらの小説は、老人の「性」をテーマに絞り込んでいますから、少し「特殊」な感じもします。
とにかくそんな「老人文学」の白眉の一冊が、この作品集です。
ここには4つの小説と1つの詩が入っています。少し異色な感じのする『老いたるえびのうた』という詩が筆者の絶筆だそうですが、この詩がまた絶品であります。
そしてこの詩も「やぶれかぶれ」なんですが、4つの小説の「やぶれかぶれ」が、とても強烈な迫力を持っています。
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咳が酷いのでその反射痛が左の背中にあらわれ、物をいうと咳きこんで言葉がきれぎれになった。まるで言葉がまとまらない、私は、ばばばといったりひぃひぃ言ったりするだけで、腰を折り手で畳をささえ、咳のおさまるのを永い間待ったが、その苦しい間に煙草の要求が烈しく起った。ひどい心配事のあるときに煙草がのみたくなる、あの心理なのだ。咳の小止みのあいだにただ一つの救いである煙草を一服やろうと、私は煙草に火をつけた。そんな物をうけつける筈がないのに、それをとおそうとするのだ。馬鹿の骨頂なのだ。間もなく煙にむせ返って咳は巻き返して、のた打ち廻った。(『われはうたえども…』)
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この小説は、主人公の老作家が排尿のできない病になり、その治療の経緯を語るものですが、まさに全編「やぶれかぶれ」の迫力に満ちています。
例えば円地文子に、『朱を奪うもの』という老女が自らの半生を語る小説がありますが、その冒頭には、片方の乳房を失い、子宮を取り除き、そして今度は歯をすべて抜き去った主人公の、鬼気迫る語り出しが描かれていました。
一体に「老い」を語る小説には、どこか一種偽悪的・露悪的な迫力を持つものが多いと私は思います。
それは言うまでもなく、人生のゴールがさほど遠くない視野の中に見え始め、なにより日々不如意になっていく、加速度的に老化していく肉体を見つめ続ける作家の、強靱な精神が紡ぎ出すものであるからです。
それに私たちは、迫力を感じずにはいられないわけです。
さてそんな老化をダイレクトに扱った小説も面白いですが、残りの3作は、直接老化を取り上げたのではなくて、自らの「嗜好」を描いた作品です。
陶器、金魚など、どれも筆者自身の実際の嗜好を描いたものでしょうが、それが一般的な程度を越えて、まさに「淫する」ように、舐めるように愛する様が描かれます。
これは、老人のエロスとも関係してくるのだと思いますが、ここにも迫力満点の「やぶれかぶれ」が読みとれます。
しかしこういった、人生の終盤における「やぶれかぶれ」の生命の炎のようなものを眺めていますと、「老いる」という状況が、まさしく人間精神の一つのありようであり、そしてそこにはやはり、例えば「若さ」と全く同等な豊饒さがあるのだと、つくづく感じます。
老いることもまた、人生の豊かさの一つの表現であります。
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ
2023/07/30 11:55
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:雄ヤギ - この投稿者のレビュー一覧を見る
金魚が少女に姿を変え、老作家と交流する「蜜のあわれ」も衝撃的だが、後者は入院文学とも言っていい傑作だろう。娑婆の名声は患者としての価値(積極的に治療に協力し、我儘を言わない)に少しも関係せず、室生犀星が少しずつ病院暮らしになれていく様子が面白い。
蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ
2020/12/31 17:01
人間に化けた金魚のお話なんだけど、実は・・・
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
偉大な詩人であり、小説家の室生氏の「蜜のあわれ」については、昔から読んでみたい作品のひとつであったのだがやっと読んだ。どんな話かというと、ある年老いた作家の前に作家が飼っている金魚が人間の姿で登場するというものだ、こう説明しているだけでは、何か三文小説のように思われるかも知れないが、この人間に化けた金魚の少女がこの作家の代わりに作家と関わりのあった女性たち(彼女らも実は亡くなっていておばけ)と会話を交わしていくという実は深い内容、死んだ女たちと作者が別れにはどうやら深刻な状況が存在していたようだが、なにせ金魚がインタビューしているのだから気楽になる。この作品の後日談ともいうべき「火の魚」を引き続き読むとなお面白い。