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ベートーヴェン捏造
著者 かげはら史帆
「運命」は、つくれる。
犯人は、誰よりもベートーヴェンに忠義を尽くした男だった──
音楽史上最大のスキャンダル「会話帳改竄事件」の全貌に迫る歴史ノンフィクション。
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【イントロダクション】
「事件」が発覚したのは、1977年――ベートーヴェン没後150年のアニヴァーサリー・イヤー。
震源地は、東ドイツの人民議会会議場で開催された「国際ベートーヴェン学会」。
ふたりの女性研究者が、ベートーヴェンの「会話帳」――聴覚を失ったベートーヴェンがコミュニケーションを取るために使っていた筆談用のノート――に関する衝撃的な発表を行った。
会話帳に、ベートーヴェンの死後、故意に言葉が書き足されている形跡を発見したという。
犯人は、ベートーヴェンの秘書、アントン・フェリックス・シンドラー。
ベートーヴェンにもっとも献身的に仕えた「無給の秘書」として知られた人物である。
ベートーヴェン亡きあとは全部で3バージョンの伝記を書き、後年の──あるいは現代における「楽聖べートーヴェン」のパブリックイメージに大きな影響を及ぼしていた。
たとえば、ベートーヴェンが『交響曲第5番』冒頭の「ジャジャジャジャーン」というモチーフについて「運命はこのように扉を叩くのだ」と述べたという有名なエピソードは、シンドラーの伝記を介して世に広められたものだ。
そんな人物が、会話帳の改竄に手を染めていたとなれば。
それはベートーヴェン像の崩壊に等しかった。
以降、シンドラーは音楽史上最悪のペテン師として、研究者や音楽ファンから袋叩きに遭うことになる。
だが、彼をいたずらに非難することは本当に正しいのだろうか。
シンドラーのまなざしに憑依する──つまりは「犯人目線」で事件の全貌を追うことによって、いまいちど、彼が「嘘」をついた真の動機を明らかにすべきなのではないだろうか。
生い立ち、学生時代の行状、ベートーヴェンとの関係。
ベートーヴェンの死後、会話帳改竄に至るまでの経緯。
罪を犯したあと、どうやってそれを隠しとおしたのか。
そして、100年以上にわたってどのように人びとをだまし続けたか。
それらを知らずして、音楽史上最大のスキャンダル「会話帳改竄事件」の真相に迫ることはできない。
音楽史上最悪のペテン師を召喚し、彼が見た19世紀の音楽業界を描き起こす前代未聞の歴史ノンフィクション ――ここに開幕。
新聞
・「中日/東京新聞」 2018年10月28日付朝刊 /三品信氏(中日新聞文化部記者)
・「共同通信」2018年11月24日以降地方紙配信/江川紹子氏(ジャーナリスト)
・「読売新聞」2018年11月25日付朝刊/宮部みゆき氏(作家)
雑誌
・「週刊現代」2018年11月17日号
・「週刊文春」2018年11月22日号
・「小説すばる」2018年12月号/栗原裕一郎氏(評論家)
・「音楽の友」2018年12月号/小沼純一氏(音楽・文芸批評家、早稲田大学文学学術院教授)
・「モーストリー・クラシック」2019年1月号/澤谷夏樹氏(音楽評論家)
・「週刊ポスト」2018年12月3日号/井上章一氏(国際日本文化研究センター教授)
・「ぴあクラシック」Vol.49 2018/19冬/橘ララら氏(ライター)
ベートーヴェン捏造
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ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは噓をつく
2022/11/26 14:19
「ポップ・アイドル、笑うベートーヴェン」誕生の始まり
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投稿者:kapa - この投稿者のレビュー一覧を見る
NHK-BS音楽サスペンス紀行「引き裂かれたベートーヴェン」を見た。玉木「千秋」先輩が進行を務める二作目。コロナ禍の生誕250年記念【BTHVN2020】が不発に終わってしまった今、なぜこのような企画かと感じたが。それはともかく、東西冷戦期、特に東西ドイツにおける「BTHVN像」をめぐる動きを四楽章構成で振り返ったドキュメンタリー。冷戦下東西ドイツは、BTHVNを自国の体制・イデオロギーを正当化し、国民統合の「イコン」として政治利用することを始める。東は「革命の英雄」で「社会主義の先駆者」、西は西洋音楽の頂点をなす3Bの一人として「楽聖」、どちらも「神格化」という構図。この東西の競争の中で新たなBTHVN像が模索変化のきっかけとなった出来事が第三楽章「捏造されたベートーヴェン」で描かれる。その種本が本書で記念年より前の2018年出版。今回放送を見て再読した。
内容は、晩年の一時期BTHVNの音楽活動や日常生活をサポートしたアントン・シンドラー(1795-1864)にまつわるスキャンダル。音楽家の彼はBTHVNを崇拝し、「無給」で世話をした。そしてBTHVN没後彼は、BTHVNに最も近しく具体的に知る人物となり、BTHVNの伝記を著す。これが現在のBTHVN「神格化」を決定づける。伝記はあたかもBTHVN神格化のプロデューサー、またコピーライターとして自分の存在を大きく見せる一方で、BTHVNの家族、リースのような弟子や他の側近たちをあしざまに扱い、自分に都合のいいように話を「盛って」いるのである。当時から彼の伝記には間違いやその信憑性(「運命」動機は「運命はかく扉を叩たたく」と言ったというエピソードなど)に問題があった。しかし決定的な証拠が「会話帳」である。最晩年聴力を失ったBTHVNはコミュニケーションのための筆談用ノートを用いていた。「会話帳」と呼ばれるこれらのノートは創作の過程、芸術観や音楽観、さらには人柄や秘密を知るための最重要の一級資料である。シンドラーはBTHVN死後これを保管していたのである。
これが今回の放送の「狂言回し」となる。戦後BTHVNに関する一次資料(自筆譜・手紙など)の多くは西のボンに集められた。東には「会話帳」を含めわずかしか残らなかった。それが一時期西のスパイによって盗まれてしまう。結局返却されることになるが、今度はこの会話帳をシンドラーが改ざんした、という疑惑が明らかになる。楽聖の言動をよりドラマチックにするため、また自らの役割を大きく見せるため後から手を加えたというもの。例えば先の「無給」奉仕も改ざんである。シンドラーの伝記、また会話帳の内容により作られたBTHVN像が根本的に見直さなければならない衝撃の事実であった。
善意に理解すれば、BTHVNの名誉を守るため、後世に天才として作曲家の理想像を追求したスーパースターであってほしくて改ざんしたといえる。しかし、作曲家でもあった彼が、改ざんで自分の作品をBTHVNの作品と偽るようなBTHVNの創作そのものの真実を歪める事は作曲家として罪深い。本書はBTHVNの巨大な陰に隠れた名のない作曲家の悲哀も紹介したかったのだろう。
面白いのは、この改ざんが東の研究者から発表されたこと。プロパガンダから当局が差し止めても不思議ではない。しかし東は新たなBTHVN像を作ろうとしており、その最初のステップがこの「改ざん」スキャンダル公表なのだ。そして頓挫はするものの、「第四楽章真実のベートーヴェン」で作品の真の姿の原典校訂を通して新しいBTHVN像が模索されている現状を紹介して番組は終わる。【BTHVN2020】で新たなBHHVN像は「ポップ・アイドル、笑うベートーヴェン」であった。これがどのように展開していくのだろうか。