「その時」に自分の心は……?
2016/04/26 23:30
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Y - この投稿者のレビュー一覧を見る
生きていると、理不尽な目に遭うことが稀にある。
稀にではなく、いつもだという人もいるかもしれない。
なんでこんな状況でも働かなくてはならないのだ、という職場で、家にいる時間よりも長い時間を過ごしている社会人はたくさんいるはずだ。
辞められるものなら辞めたい。
この状況から解放されたい。
そう願いながらも、そこから抜け出すことができない人は少なくないと思う。
ちなみに、私は実際にフランクルの「夜と霧」を読んではいない。
だがこの本を読んで思ったのは、おそらく、「夜と霧」は別に「アウシュビッツと今の我々の暮らしを比較してありがたさに気づけ」という内容のものではないであろうということ。
「この人たちに比べたら自分は幸せだ」と感じるための本でもないであろうということ。
私たち現代の日本人がアウシュビッツを体験することはないだろうが、だがしかし、日常において「本当に辛い」と感じることは、いつの時代にも、誰にでも、ほぼ確実に、必ずあると思う。
震災や、家族との死別、理不尽な人物からの嫌がらせ、理由は色々だろうが、それがその人にとって「アウシュビッツ級の辛さ」というのは、きっとあると思う。
その状況において、自分はどんな人間でいられるか。
自分の心が、どんな感情に支配されてしまうのか。
この本にその「答え」が載っているわけではないが、自分を客観的に見て、考える、そんな機会を与えてくれる本ではないかと感じた。
そこで自分の心や振る舞いに気づき、「私は大丈夫」と思えたのなら、それが勇気や希望となるのではないだろうか。
「夜と霧」は、多分そのような光を与えてくれる本となる、という解説書だと私は感じた。
生き方を教えてくれる
2017/08/17 10:17
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投稿者:ニッキー - この投稿者のレビュー一覧を見る
フランクルは地獄を見たのに前向きに生きることを教えてくれる。本書は、彼の著書、とくに『夜と霧』をエッセンスを分かりやすく教えてくれる。
読みやすく内容が心に響いてきて、まだの人でも『夜と霧』も読まねばと茂樹を英賀得てくれるのですが、難点は、夢中になって読んでしまい、直ぐに読み終えてしまうことです。本書を読んでいる至福の時間が早く過ぎ去ってしまうと言うことです。
コンパクトな夜と霧
2019/05/02 17:28
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:sprout - この投稿者のレビュー一覧を見る
「夜と霧」に何度も挑戦しては挫折していた私には、読みやすくてとてもよかった。
諸富先生による解説によって、フランクルの言葉の理解が深まった。
フランクルの入門書
2020/08/10 15:33
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:makiko - この投稿者のレビュー一覧を見る
『夜と霧』の概略版かと思ったけど、粗筋よりフランクルの思想の概略と著者である諸富祥彦氏の解説だった。正直なところ、諸富氏の青年時代の苦悩には何の興味もないので、余計な記述を削って夜と霧の粗筋を増やして欲しかった。フランクルについて何も知らない人にはそれなりに有益な本かもしれない。
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NHK100分de名著の番組と連動したほん。
夜と霧を中心に、フランクルの思想紹介する。
人生の意味を人間が問うのではなく、人生が人間に生き方を問うてくる。
どんな逆境でもyesと言う
想像価値、体験価値、態度価値の三つが生きる意味をつくる
著者はトランスパーソナル心理学のひと。
同じことを特別寄稿として姜尚中が巻末にみじかく書いていて、内容はおなじなんだけど、ぼくはこちらのほうがいいと思った。
たとえば、
安易な人生肯定ではない
と諸富さんが言うところを、姜尚中は、
むき出しの傷を外気にさらすような痛さがある
と表現していたり、とか。
息子を失ったという、よりパーソナルでリアルな苦悩のあり方の故の差かもしれない。
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アウシュビッツ強制収容所に送られたユダヤ人の精神科医、
ヴィクトール・エミール・フランクル。
強制収容所での不衛生な環境による伝染病の蔓延。
食糧不足による飢餓。
そんな地獄のような収容所生活の中で、
フランクルは耐える事、生きることについて考える。
現代社会を生きる私達は、
「どうすれば自分らしく生きられるだろう」と、
自分らしい生き方、自己実現を追い求めるところがあるが、
自己実現や幸福の追求はきりがなく、どこまでいっても満足することはない。
他者からの、あるいは世界からの問いかけに応えようと、
人が無心に何かに取り組んでいるとき、
その結果として幸福や自己実現は自然と生じてくるものなのだ。
「人生から問われていることに全力で応えていくこと。」
自分の幸福を求める、自己中心の生き方から、
人生からの呼びかけに応える意味と使命中心の生き方へと、
生き方を転換することをフランクルは求めた。
この本ではヒトラーによるナチスドイツの独裁政権下で、
ユダヤ人が受けた迫害の歴史を知ることができるし、
その中でフランクルがどんな強い精神力で劣悪な状況に耐え、
生き抜いたのかが書かれている。
自己実現について、色んな情報が錯綜している世の中だけれど、
この本を読むと、もっとシンプルに、原点に戻って考えられる気がした。
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自分の存在する意味とかではなく、人生からの
問いかけに、どれだけ最善を尽くしていけるかが大事。
なかなか厳しい人生になりそうだ・・
”自己実現の追求は、けっして満足することなく永遠の欲求不満状態になってしまう。
人生からの呼びかけに応えていく意味と使命中心の生き方へ転換が必要だ。”
”自分に与えられた仕事にどれだけ最善を尽くしているか”
”苦悩することは人間の一つの能力”
”悩むべき人生の本質的問題に直面した時には、ごまかさず、真正面からとこと苦悩してよい”
”意味に満ちた苦悩であれば人は耐えることができる”
”苦しみから逃げず、yesと答えて耐えていけ”
”人生があなたを絶望することはけっしてない”
”人生からの問いに答えなくてはならない存在”
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とても、衝撃的であり、考えさせられる本でした。同じ悲惨な体験をしても、片方は立ち上がる気力を無くし、もう一方はそれを糧に成長するのは、なぜか?
いじめで自殺してしまう、学生達に是非読んで欲しいです。
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フェイスブック上に作った高知の本好きさんのためのコミュニティ内でのやりとりで紹介していただいた”夜と霧”。これはNHK出版の解説本なのですが、非常にわかりやすくてとっても深くつきささる必読の一冊です。原作を読んでいなくても、原作の肝を理解することができ、改めて原作をじっくりと読んでみようと思わせてくれます。
時代を越えていつまでも読み継がれる名著には、それだけのメッセージがあります。混迷極まりないであろうこれからの時代をわたしたちが生き抜く上で、大きな後押しとなってくれる素晴らしい本の解説バージョン。ぜひとも手にとって読んでみてください。出会えて良かったと心から感謝します。
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フランクルは収容後から解放されたら、論文の続きを書こうと思っていたらしい、凄いな。
強制収容所という同じ状況にあっても、ある人は死と向かい、ある人は人生に向かう。自分の未来に希望を抱くことができるかどうか、そこに人々を生死を分けるものがあった。
どんなときにも人生には意味がある。なすべきことも満たすべき意味が与えられている。人生のどこかにあなたを必要とする何かが与えられている。
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NHKで放映されている「100分de名著」という番組で、2012年に放映されたフランクルの『夜と霧』のテキストをもとに書かれた、『夜と霧』の解説本。
フランクルの生い立ちや、『夜と霧』のエッセンスをつかむことができる。収容所に送られるユダヤの人々の写真なんかもいくつか載っている。『夜と霧』のレビューでも書いたが、「生きる意味があるのかと『人生を問う』ことではなくて、人生のさまざまな状況に直面しながら、その都度、『人生から問われていること』に全力で応えていくこと」(p.56)という「『人生の意味』についての『コペルニクス的転回』」(p.57)が、『夜と霧』を読む上での1つのポイントではないかと思う。あらためてこれを読みながら考えてみたが、まだよく実感できない、というのが正直な感想だ。さらに著者自身の、これを体験した時の感覚が描かれているが、それも常人離れしているような気がして、分かりやすいものではなかった。やっぱりこういう解説本を読むよりも原著をじっくり読む方が分かりやすい。あと姜尚中の寄稿が読めるが、息子を亡くしていたなんて知らなかった。(2013/09/29)
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はじめて『夜と霧』を読んだのは20年以上前だったか。
当時は、収容所の悲惨さだけが強烈に印象に残り、同じ人間がこんな所業が本当にできてしまうのかという思いが先走った覚えがある。
その後、フランクルの『それでも人生にYesという』を手にする機会があり、そうだった、この人はこの思いであの過酷な状況を生き抜いてきたんだと改めて気づかされた。
図書館でたまたま本書が目につき読んでみたのだが、NHKの「100分de名著」という番組で放映された内容がまとめられたもので、『夜と霧』のエッセンスがギュッと詰まっていて読みやすく、とっかかりにはもってこい。また『夜と霧』をしっかりと読み返したくなった。
どこまでもその人の存在そのものを肯定するフランクルの言葉に、非常に勇気づけられる。
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フランクル『夜と霧』を読もうと思ったが、読了できずに挫折してしまうことを恐れて、まずはこの本を読んでからにしようと購入。
『夜と霧』の解説本かと思ったが、中身はフランクルの色々な著書や講演記録から、彼の思想について解説したものである。
だがしかし、非常に読みやすく、フランクルについては全く無知の俺でも、「100分」で彼の思想が理解できた気になれた。
この本を読み、実際に『夜と霧』を読んでみたいと思った。
以下、本文の要約。
・過酷な状況でも生きられたのは、体の頑強さではなくて、精神性の高さや豊かさである。生命の自由を奪われても、精神の自由は奪われることはない。
・人間は「人生から問われている者」である。
・生きる意味を求めて人生に問いを発するのではなく、人生からの問いに答えなくてはならない。
・どんなに私たちが人生に絶望しても、人生が私たちに絶望することはない。
・人間は苦悩する存在(ホモ・パティエンス)である。本当の苦悩は苦悩を感じない、あるいは苦悩する理由を見つけられないこと。
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夜と霧とは”Konzentrationlager”のことで、ゲシュタボが敷いた暗号のうち、ユダヤ人を全て消せという指令の名前である。 何て言っていいか分からない。言おうとすると泣いてしまう。
強いて(禅宗ファンである私が)言えば、こんなに一切苦を追求し体現した人は二十世紀に他にいない。
アウシュビッツのなかで家族と妻と全てを失い、この、人類が恥ずべき歴史の中で、「人生に意味はなく、意味を問われるのはあなたであり問うの
は人生そのものだと」見出すのは、私の知る限り狂気だ。
私たちは、多かれ少なかれ狂気のなかで生き、そしてようやく閉ざした感情の中で自分を見つけ出す。
誰も笑えない事実をえぐり出す一冊。私は恐ろしい。
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「夜と霧」
第2次世界大戦のヨーロッパ。オーストリアのユダヤ人精神科医ヴィクトール・E・フランクルが、ナチスドイツの強制収容所の中で経験したことをつづったルポルタージュ。
死と隣り合わせの状況が終わりなく続く絶望的な環境の中で人の精神状態はどうなってしまうのか、そんな中で生きる価値・生きる意味をどのように見つければ良いのか、がテーマ。
Eテレ「100分de名著」で紹介されていて興味を持ったので、原著とNHKテキスト両方を読んだ。
以下、印象に残ったこと
1.生きる価値
・フランクル曰く、人間には下記3種類の「生きる価値」があり、それらを求めるからこそ努力したり困難に耐えたりできるようになるのだ、とのこと。
(1)「創造価値」… 仕事や創造活動で得られる達成感
(2)「体験価値」… 大自然に感動したり、他者と愛し合ったりする時の喜び
(3)「態度価値」… 与えらえた状況に対して、どのような態度をとるかという精神的態度の自由
・「態度価値」については、難しくてあまり理解できた自信が無いのだけれど、変えられない過酷な状況でも尊厳・良心・美徳を持ち続けることで自己を肯定し満足感を持つことに価値を見出すということなのかと感じた。東日本大震災のような大変な状況でも、人助けしてあげられるような人間はこれを持っているということ。そんな人間を目指そうということだと思う。
2.人生からの問いに答える
・この本で最も強いメッセージは以下の言葉。
「人間は、人生から問われている存在である。人間は、生きる意味を求めて人生に問いを発するのではなく、人生からの問いに答えなくてはならない。」
人間にはそれぞれ与えられた使命があり、各人の元に既に届けられている。だから、あえて生きる意味を探す必要はなくって、与えられた使命に従っていけば良い。ということだと認識した。
この考え方って言い方変えたら、困難な状況でもそれがお前のやるべき仕事なんだから現状に満足しろというブラック企業な運命論のように思えなくもない。
少なくとも、最近の自己啓発本の「自分のやりたいことをやれ」「新しい世界に飛び込め」的なこととは逆の考え方だ。
今の自分にとっては、どちらが必要で有意義な意見なのか、まだ良く分からないのだけれど、この言葉も心に刻んでこれから生きていこうと思う。
3.フランクルがこの本に込めた思い
・この本を読んで一番驚いたのは、ナチスドイツへの恨みつらみやユダヤ人特有の悲劇に関する記述がほとんどないこと。
究極の人権虐待を受けながらも憎しみの感情を押し殺し、ユダヤ人とナチスの間のあの時代特有の関係性、感情的なことをなるべく除外して、人間が絶望の中でどのような精神の動きをするかという普遍的なことだけが書かれている。
フランクルが目指したのは、世界の誰もがいつの時代に読んでも共感できるような本だったのだろう。
初稿は、1945年4月にナチスから解放された後、9日間で書き上げたとのことらしい。
解放直後にそのような精神状態だった著者フランクルの執念・使命感の強さを感じ、そういうところにも���動した。
彼にとっては、この本を執筆して世に出すことこそが生きる意味だったのだろう。