創作とは思えない人間同士のやりとりの生々しさ
2023/05/24 10:46
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投稿者:オオバロニア - この投稿者のレビュー一覧を見る
カムチャツカ半島を舞台にした、幼い姉妹の失踪事件をめぐる群像劇。半島中の注目の的になった事件が、関係者とそうでない人々にその後どのように影響したのかを1ヶ月単位の章に分けて描いていて、創作とは思えない人間同士のやりとりの生々しさがあった。
経過していく月日を1ヶ月ごとに刻んだ上に、視点が変わる連作短編形式に落とし込むことで、承認欲求が充たされていく目撃者の興奮だったり、事件を機に親や恋人に過干渉されることを鬱陶しく思う女性の憂鬱まで表現される。物語としての奥行きがあるし、女性の苦しみを様々な切り口で取り上げている。
と同時に、カムチャツカ半島に根差す家父長制的文化、同性愛嫌悪、性差別、都会とイナカの隔絶を匂わせる描写が日本っぽいせいか、頭の中で情景を思い浮かべるほどに近所で起きた出来事のように感じられた。犯罪被害者支援センターの勤務経験と長期間のリサーチに裏打ちされた筆力の為せる業だと思う。
突然に起こることと、積み重ねられていくこと。
2021/08/06 14:34
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投稿者:名取の姫小松 - この投稿者のレビュー一覧を見る
ロシア東部、カムチャッカ半島で、11歳と8歳の姉妹が海岸で姿を消した。
事件か事故か?
舞台となる土地では、スラヴ系白人、先住民、移民が住んでいる。偏見や無理解、そして男女の差が存在する。
視点は様々に移る。しかし一貫して女性だ。幼い姉妹、その土地で働く学者、大学生、妻、母親。突然降って湧いた出来事に混乱する者、日々の暮らしにうんざりしながら抗いようがなく諦める者。
やがて、思いも掛けない切っ掛けが現れる。
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カムチャッカ半島での小さな姉妹の失踪とその後の数ヶ月間。
事件は地域の人たちに話題と影を与えながらも、人々の生活は変わらず進んでいく。
それぞれの悩みを抱えながら。
あるところでの話し手やその友人、恋人、兄弟が別の月では、ちがう表情をしたり、異なる向きから語られたり。
極東ロシアの一地域は、それでも広く多様で、かつ狭い。
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早川書房様より贈本いただきました。この作品は刊行前にゲラで読ませていただき、感想を送りました。
来る2/17に刊行予定で、まさに刊行前夜です(比喩ではなく)!
https://www.hayakawabooks.com/n/n62bdb5556fc6
『消失の惑星』というロシアはカムチャッカ半島を舞台にした小説で、著者はアメリカ人。モスクワに留学したあと更にカムチャッカ半島で調査研究をしてらしたそうで、そこで得たものを小説にしたそう。
ある夏の日に、二人の幼い姉妹が姿を消す。誘拐と見られるが大掛かりな捜索も手がかりが無いまま月日だけが経っていく。その月日を1ヶ月ごとに事件の周辺にいる女性たちの目線で、彼女たちの抱える問題が語られていく。
これを読むまで全く気付いていなかったけれども、カムチャッカ半島は日本のすぐ近くで(観光客も多い)、さらに原住民とそこに移植してきた白人たちが入り交じった社会を築いているのだ。この物語の主な舞台は、半島内の中でも中心都市となるペトロパブロフスク・カムチャツキーと、それより北にあるエッソという村だ。その対比はある意味原住民と白人の関係性とも感じられ、わたしたち読者はその空気をことあるごとに感じることになるのだ。
ロシアはあまりにも国土が広い。そのごく一部であるカムチャッカ半島でさえ広すぎる。移動の機会も限られ、そのため人間関係も固定される。人々はそうとは感じないままに逃れられない現実に真綿で首を絞められるように生き続ける。これは、登場人物表を見るとより明らかで、各人物に関係する人物がまた別の章に別の顔で登場することも多い。
読んでいて、正直気の滅入るようなところもあった。どうしてこんな選択をする、と歯痒く思うことも。しかし、ここに描かれた女性たちは、皆わたし、わたしたちでもあるのだ。違いが見えてくることで更にわたし自身の問題と固く結びつけられていることに気付く。自分だけじゃないし、多分彼女たちもそう。この物語は終わるが、人生は続く。そのどこかで問題が解消したり、少し楽になっているといいなとも思う。
異国情緒を味わいつつ、今同じ時を生きている誰かの息づかいを感じられる。世界は広く、そしてとてつもなく狭い。そんなことを感じる作品だし、他者を少しでも我がこととして考えようと思い立つきっかけとなる読書体験だった。
よい機会をいただき、ありがとうございました。
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「生きてゆく」ということは、
「いくつもの大切なものが失われてゆくのを見届ける」
という、絶望との戦いだ。
あり得たはずの未来が失われ、
見つけられなくなってしまう、
そんな毎日のつらさに抗い、
目を瞑らずに立ち向かう、
究極の強さだ。
それでもどうにか進んでゆく。
それこそが人生だ。
と認識させられた。
カムチャッカに生きる人たちの物語。
その薄暗くて、寒くて、過酷な土地で暮らす女性たちの物語。
幼い姉妹が消えた8月に始まり、
月ごとに紡がれてゆくストーリー構成もおもしろい。
慣れないロシア名前の登場人物たちもそれぞれに描かれているため、すっと入ってくる。
そしてループのように繋がり結末へとむかう。
美しくて、切なくて、悲しい物語。
最後はにすこし、希望が。
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幼い姉妹の失踪から始まり、まずはみっしりとした不安感に覆われる。しかし読み進むうちに、それも物語の断片であって、登場人物の誰もが、さびれた極寒の地で閉塞感や失望や喪失感を抱えて生きていることがわかってくる。群像劇から浮かび上がってくる、民族や貧困や女性の現況。
被害者が「消費されやすいことを警戒」する筆者の姿勢は、失踪や犯罪の物語とは明らかに一線を画している。
暗く陰鬱なトーンでありながら、遠い奥底に、人の強さも感じられる気がする。
私は『二月』に最も掴まれた。
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ジュリアフィリップス「消失の惑星」https://hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014751/ ロシア崩壊後のソ連の小さな町の話。少女失踪事件を軸に、原住民差別、女性蔑視、警察やマスコミの対応などなどが描かれる。なんかどこも状況は似たり寄ったりなんだな。タイトルと装丁がいい。カムチャッカは道産子には身近なのだ(おわり
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幼い姉妹の失踪から始まる物語。だけどその事件のことはあまり語られず一章ずつ語り手を変えながらその人物の生活、不安、怒り、悲しみが描かれていく。失踪のことは語られないけれど常にその空気は感じられて読み手も不安なまま読み進めていく。その緊張感に圧倒される。何かを、誰かを失うということの痛みや悲しみが迫ってくる終盤は苦しくなるほどでなかなか冷静には読めないほどだった。久々に深く入り込んで読んだ感覚があった。
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二人の少女が誘拐事件がバタフライ効果のようにさまざまな女性の生き方に変化を与えます。登場する女性たちは、みんなそれぞれの形で苦しみを抱えています。カムチャッカの豊かでありながらも過酷な環境の描写や女性たちの心的描写がとても丁寧に書かれていると思います。本の手触りがとても良いのでそれも含めて星5つです!
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3月のサヴァブッククラブでの選書作品。
自分では手に取って読まないであろう物語に今月もまた出会えました。
すっごく面白い作品!
まずはGoogleマップでカムチャツカ半島を検索して、どんな土地なのか想像しながら読む。これがまた物語に深みが増して良い。
ロシアの文化と歴史にあまり明るくないが、これを機に学んでみたいなと思うほどに興味深い。
習慣とか先住民への差別とか田舎独特の閉鎖的な空気とかどこかわたしたちの国にも通じるものがあって、女性の生きづらさもあって、遠い国(実際にはカムチャツカ半島は日本からさほど遠くないが)のことなのに身近でもある。
『近くにいる人を愛するのは難しい』みたいな表現にすごくハッとさせられました。
これがデビュー作なんて嘘でしょ!?と驚愕です。
世の中には才能溢れる人がたくさんいるのね…
ラストがまたいいんですよ。このラスト好きだなぁ。
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ロシアのカムチャッカ半島で起きた幼い姉妹の誘拐事件。半島で暮らす人たちの日常、差別や生きづらさなど、重い感じもあったが、カムチャッカの美しい自然や丁寧に生きている文化など、そこに暮らす女性の強さも感じた。ラストには光がさす。
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装丁と同じ、全体的に灰色の雰囲気の物語だった。でもただ暗い話っていうわけではなくて…いや明るくはないけど、なんだろうな。色がない?寒いからかな。
静謐?どこか淡々と描かれる喪失と孤独。閉塞感の中で生きる…というか息をしていく…みたいな。
姉妹の失踪を背景にしながら語られる「消えてしまうには理想的な場所」での女性達の日常。
各話ももちろん面白いけれど、それぞれの物語を読んでいると浮かび上がってくる、差別意識や社会情勢、特に印象的だったのはソ連崩壊後に資本主義へと転換した影響みたいなものかな。
各話が緩やかに繋がっていくのはもうお見事という感じ。ラストはちょっと急展開に感じたけれど、嫌な感じではない。好きなのは二月かな。突き落とされたけど。
「すぐそばにいるものを愛するのは難しい」
この言葉がこの作品を象徴しているわけではないけれど、なんかもうこの言葉に出会えたってだけで、この作品を読んだ価値はあったと思える一文だった。
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すごかった、と思う。
すごくずしっと来たものもあるけれど、ロシアという国の中の人種の関係性に無知なので理解できていないところもあるかと思う。
でも、それでも女性という立場だからこその何かを感じる。わかる、とは、私の知識では安易に言えないけれど。私の語彙力ではうまく言葉にできないのがもどかしい。
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ロシア連邦カムチャッカ半島南部のペトロパブロフスク市での姉妹(11才と8才)の誘拐事件を発端に、極東ロシアの先住民に対するスラブ系移住民の中傷と偏見のなか、自立心に富む女性のやるせない〝喪失の悲しみ〟に傷つき打ちひしがれながら、儚い希望への心情が切々と語られる緊迫感の連続する物語です。半島中部の街エッソであった女子の行方不明事件が、物語冒頭での誘拐事件と絡み合い、最終章に至るくだりでの〝救出〟を待つ少女たちの姿に期待を抱かずにはいられませんでした。
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非常に評判の高い作品。
とてつもなく閉塞感が強くて、人生が重くて、どないしようかと思ったけど、それでもどんどん先を読まされてしまうリーダビリティはすごい。これは翻訳の力によるところも大きいだろうと思う。
カムチャツカ半島というのは、そうなのか、ロシア本土とは陸路がないんだ! そもそも閉ざされた土地なんだね。それは知らなかった。ゆるくつながった連作短編のなかで、人々は、ここではないどこかへ行くことを夢見ながらも土地にしばりつけられ、そのなかで、あるいは愛する者を失い、あるいは失うことにおびえ、それでも生命力をかきあつめるようにして生きている。
すごく好き、とか、感動とかいうことではなく、からみつくように頭に住みついてくる小説だった。