紙の本
物事を相対化させて捉える。そのための技術がリベラルアーツ
2021/08/15 20:19
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投稿者:わに♂ - この投稿者のレビュー一覧を見る
リベラル→自由、アーツ→技術
つまり、自由になるための技術(タイトル通り)
それがなぜ必要なのか、今だからこそ必要な理由を様々な分野で日本を代表する著名人と山口さんとの対談から紐解いていく。
ここで言うリベラルアーツを具体化すると、[歴史、古典、宗教、外国]が主である。
APU学長、出口治明さんとの対談では、学長自身が大切にしている「学びを得る手段」として『人、本、旅』を中心に話が広がる。前2つは1.5〜2次的情報。つまり人伝えで知る知識。それを旅(1次情報)で自らの血肉にしていく。
また、「美味しい料理と不味い料理どちらを選ぶ?」、なら「美味しい人生と不味い人生はどちら?」と言う話もとても面白かった。
僕がこれからする行動としては、まずは古典と興味のある時代の歴史を知ろうと思う。本から学び、旅で実感を得るつもりだ。
紙の本
この本はやはり多くの方にお勧めしたい★5つの本でした。
2021/04/29 14:52
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投稿者:オオハシ - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本はやはり多くの方にお勧めしたい★5つの本でした。 山口周さんの本は複数読み進めてきて、その考え方とか論調とかが自分とあっているというところはもちろんある。 今回の本は「対談」の形式をとりながら、まさに知と知のかけあわせを表現してくださっているような形態であり、非常に造詣が深く、勉強になった。
新しい本は、その瞬間の時代を反映していることは多いが「リベラルアーツ」という数百年、数千年という時間のヤスリにかけられて残っている「人間の叡智」(本書より引用)を学んでいくことは重要だ、というメッセージは大変有益なものであった。 また新しい本、ということで、昨今のコロナ禍を反映してでの考察がなされているという観点も興味深いし、複数の達人の皆様との対談から出てくる古典の数々の本にもまた興味も持たされた(あぁもっともっと勉強しないと…)。
またいつものように個人的な話をすると、「リベラルアーツ」に関しては、その言葉も少し気になっていた中で、自分の娘が学校で「リベラルアーツ」なるものを学んでいる講義があり、昨今の中学高校では、かなり興味深いことを教育しているのだな、と思ったところはある。 そんな中、アート思考とか(デジタルシンキングとか)STEAM人材の本だとか、そういうところを読み進めるにあたって、そもそもリベラルアーツというものは、リベラル≒自由になるためのアート(アーツ:わざ/技術)なんだな、というところが自分の中で腹落ちしてきたところはある。
そんな中、帯裏には 『過剰な情報に振り回されがちな現代社会。 私たちを縛り付ける固定観念、常識から解き放たれ、自らの価値基準を確立し行動するために必須の素養。』とある。 BeUniqueを自分の価値基準として生きてきた中で、大事にしたい本だと思った。 そして労働時間2000時間では勉強する時間はないじゃないか、という文言に、(ほかの人とは比べ物にならないほどの)手触り感を感じつつ、あぁ、古典は勉強していかねばだな、と自分を戒める。 新しい本かつ古典も勉強になるという、お勧めの本です。
以下、抜粋引用
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○はじめに
そんな中、再び注目を集めているのが、「リベラルアーツ」です。日本語では「教養」と訳されることが多いのですが、本来意味するところは「“自由”になるための“手段”」に他なりません。己を縛り付ける固定観念や常識から解き放たれ、“自らに由(よ)って”考えながら、すなわち、自分自身の価値基準を持って動いていかなければ、新しい時代の価値は作り出せない。そんな時代を私たちは生きています。
○P90
「ダイバーシティ」については説明するまでもないでしょう。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが説くように、本来のイノベーションとは、「既存知の新結合」です。さらに既存知間の距離が遠ければ遠いほどおもしろいイノベーションが生まれることも経験則として実証されています。この既存知間の距離を遠くするのがダイバーシティです。多国籍の人が集まれば、それだけいいアイディアが生まれる可能性が高まるということです。ラグビーワールドカップのワンチームが示したように、「混ぜると強くなる」のです。
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著者と著名人との「今後個人に求められるもの=リベラルアーツ」に関する対談集。それぞれの観点から話されている内容は非常に刺激的で、かつ、さらに深く知りたい、と思わせるものだった。考えを反駁・整理するため、それぞれの方の著書を読んでみたいと思う。
なぜリベラルアーツが必要なのか、という問いに対しては「自分の頭で判断するための教養や知識、美意識を身につけるため」という答えとなり、非常にしっくりくる。
自分自身や社会に閉塞感を感じている人にはおすすめの一冊。
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山口周氏が様々な視点からそれぞれに造詣が深い方を招いて、リベラルアーツを推しまくる!という趣旨の本書。笑
テーマは7つ
歴史/論理的に考える力/宗教/禅
組織の不条理/幸福の研究/イタリア
山口氏の著書は何冊か読んでいるから、全体的な内容としては新たな発見はないものの。
先生らとの対談は、それぞれの専門分野について知らなかった、興味深かったことが沢山あったと共に、実生活に繋がっていることばかりで面白かった。
個人的に特に好きだったのは、下記3つ。
★論理的に考える力(出口治明)
産業構造が変化しているのに、働き方が製造業モデルから抜け出せていない。
日本人が勉強しないのは社会システムが歪んでいて忙しすぎるから。
多様性 意見や価値観が混在すると、数字やfactロジックで考えるから意思決定早い。
同質 忖度や空気をよむために意思決定が遅くなる。
★禅 人としてどう生きるか(平井正修)
ころころ転がるから心とも言うが、心は水のように形を変える自由自在なもの。
好き嫌いや損得、是非や善悪で呪縛して喜怒哀楽で固めてしまうから苦しくなる。
これらをほどく方法を教えるのが仏教であり、禅である。
・茶道、柔道、商道など「道」というものの真髄は、それらを通して人格を磨き完成させていくことにある。
→これこそ日本の美意識なのかも。ビジネスを通じて目指す目標のひとつになり得ると思った。
★組織の不条理(菊澤研宗)
・日本組織の不条理は、無知や非合理的考えが原因なのではなく、むしろ一人ひとりが見えないコストを忖度して損得勘定し、合理的に行動した結果。
・経済合理主義=目的合理性を追求することで、逆に不条理を招いてしまう可能性がある。
↓
脱するためには、損得計算に従う客観的な行動をあえて主観的な価値判断=価値合理性(真善美、美意識)によって制御して行為する必要がある。
↓
見えないもの(倫理、道徳、誠実さ)を見る力を養うことの大切さ
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この10年で読んだ本のトップ3に入る。
これからの自分、人、子供、未来に向けて行動するための軸が、今は細くても、残りの人生の時間を使って太く確かにしていくことが楽しみになる。
書籍も買ったけどたぶんデジタル版も買って持ち歩くべき。
そんな本。
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フランシス・ベーコンの”Knowledge is power”
本当に知識は力なり。この言葉が全てだと思います。
APUの出口さんとの対談で出てきた、人、本、旅を通じて学べ!これも簡潔で分かりやすかったです。
リベラルアーツは日本人にはまだ少し難しいようなそんな分野かもしれませんが、この本を読んだことですし意識的に自分を変えていけたらと思います。
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かなり面白かった。さまざまな分野の人との対話から、教養を持つことの意義がよく理解できた。
ためになった話、、日本のリーダーは客観性に依存していてもっと主観で判断すべき、とか、禅=マインドフルネス、誰もが根本的に仏をもってるとか、、ちゃんと理解したいと思った。
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この本を読む前は、周りの意見に左右されることもしばしばあったけど、リベラルアーツを学ぶことで、考え方の軸みたいなものを手に入れられるような気がした。
そんなことを気付かせてくれた本。
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リベラルアーツの必要性を改めて知った。
リベラルアーツは世界の状況が変わる中でも自分の価値基準を持って状況に振り回されないために必要だ。今しか役に立たないことが悪いというわけではないが、リベラルアーツを蔑ろにしている人は多いと思う。
今、必要な知識やスキルばかりを勉強していたが、
もう一度何を学ぶべきか考え直そうと思った。
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各界の著名人との対話の中で、リベラルアーツの大切さが伝わってくる。ここから、いかに我々はリベラルアーツを学ぶか、にシフトする必要性を感じた。
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リベラルアーツを所謂一般教養と思っていました。
自分の専門とは関係ない学問とでもいうべきもの。
しかし、それが人間を成長させることは間違いありません。
ジェフリー•フェファーの研究を否定していたのは目から鱗でしたね。色々な視点を持たねば。
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この本はやはり多くの方にお勧めしたい★5つの本でした。 山口周さんの本は複数読み進めてきて、その考え方とか論調とかが自分とあっているというところはもちろんある。 今回の本は「対談」の形式をとりながら、まさに知と知のかけあわせを表現してくださっているような形態であり、非常に造詣が深く、勉強になった。
新しい本は、その瞬間の時代を反映していることは多いが「リベラルアーツ」という数百年、数千年という時間のヤスリにかけられて残っている「人間の叡智」(本書より引用)を学んでいくことは重要だ、というメッセージは大変有益なものであった。 また新しい本、ということで、昨今のコロナ禍を反映してでの考察がなされているという観点も興味深いし、複数の達人の皆様との対談から出てくる古典の数々の本にもまた興味も持たされた(あぁもっともっと勉強しないと…)。
またいつものように個人的な話をすると、「リベラルアーツ」に関しては、その言葉も少し気になっていた中で、自分の娘が学校で「リベラルアーツ」なるものを学んでいる講義があり、昨今の中学高校では、かなり興味深いことを教育しているのだな、と思ったところはある。 そんな中、アート思考とか(デジタルシンキングとか)STEAM人材の本だとか、そういうところを読み進めるにあたって、そもそもリベラルアーツというものは、リベラル≒自由になるためのアート(アーツ:わざ/技術)なんだな、というところが自分の中で腹落ちしてきたところはある。
そんな中、帯裏には 『過剰な情報に振り回されがちな現代社会。 私たちを縛り付ける固定観念、常識から解き放たれ、自らの価値基準を確立し行動するために必須の素養。』とある。 BeUniqueを自分の価値基準として生きてきた中で、大事にしたい本だと思った。 そして労働時間2000時間では勉強する時間はないじゃないか、という文言に、(ほかの人とは比べ物にならないほどの)手触り感を感じつつ、あぁ、古典は勉強していかねばだな、と自分を戒める。 新しい本かつ古典も勉強になるという、お勧めの本です。
以下、抜粋引用 (今回も皆さんにお伝えしたいことを意識していたら、かなり多めとなってしまった…)
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○はじめに
そんな中、再び注目を集めているのが、「リベラルアーツ」です。日本語では「教養」と訳されることが多いのですが、本来意味するところは「“自由”になるための“手段”」に他なりません。己を縛り付ける固定観念や常識から解き放たれ、“自らに由(よ)って”考えながら、すなわち、自分自身の価値基準を持って動いていかなければ、新しい時代の価値は作り出せない。そんな時代を私たちは生きています。
○P20
VUCAの時代と言われるいまでも、多くの企業がコンサルティング会社や広告代理店に巨額の費用を支払って、「何年先にどうなるのか?」という未来予測を依頼しています。はっきり言ってそんな発想が時代遅れなのです。未来を他人に聞くのではなく、「あなたは、一体どうしたいのですか?」と、そろそろ問いそのものを変えなければならない時期に来ているのだと思います。
○P90
「ダイバーシティ」については説明するまでもないでしょう。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが説くように、本来のイノベーションとは、「既存知の新結合」です。さらに既存知間の距離が遠ければ遠いほどおもしろいイノベーションが生まれることも経験則として実証されています。この既存知間の距離を遠くするのがダイバーシティです。多国籍の人が集まれば、それだけいいアイディアが生まれる可能性が高まるということです。ラグビーワールドカップのワンチームが示したように、「混ぜると強くなる」のです。
○P106
リーダーは組織を潰すこともできるし、トップダウンで世界を変えることもできる。人間社会を丁寧に見ていると、リーダーの役割の大きさに気づかされます。だからこそ、リーダーは謙虚な姿勢で、他人の5倍も10倍も学び続けなければいけないのだと思います。
○P116
この「開かれてあること」という知的態度は、現在のようにさまざまな定説や常識が急速に陳腐化していく時代にあって、個人の知的生命力の根幹をなすものだと言えるでしょう。200年前の啓蒙時代、リベラルの元祖とも言えるイギリスの哲学者、ジョン・スチュアート・ミルは代表作である『自由論』において、次のように指摘しています。
「誰かある人の判断が本当に信頼に値するという場合、どうしてそう言えるのか。その彼が自分の精神を、彼の意見と行為についての批判に対して、開いたままにしていたからである。(中略)人間というものが、ある主題の全体を知ることに、幾らかでも接近しうる唯一の道は、あらゆる多様な意見を持つ人々がその主題について言いうる限りのことを聞き、あらゆる性格の精神が、その主題について考察しうる限りのことをすべて考察することだと、彼が感じていたからである。これ以外のやり方で、彼の賢明さを獲得した賢人は、かつていなかったし、ほかのやり方で賢明になるということは、人間性の本性の中にはないのである」
このミルの指摘を読めば、あからさまな反論や議論が歓迎されず、空気を読むことの巧拙が出世に大きく影響するような社会や組織が知的に停滞していくのは当たり前のことだろうと思わされます。
○P148
言葉によって、目の前で起きていることだけでなく、知覚できないこと、例えば、自分が参加していない会合で何が語られたのか、私が生まれる前に何が起こったのか、そういういろいろなことを理解できる。言葉を使うことによって、自分の世界を言葉の到達する範囲まで広げることができます。これは人間に与えられたとても大きな能力ですね。だから人間は、言葉を使って物事を考えることによって自分を超えていきたいと考えるわけです。
ただし、よく考えてみるとここには矛盾があります。言葉で考えている以上は、自分の頭で考えているわけだから、自分を超えてはいけないことになります。しかし、その言葉は自分の中から出てきたものなのか。何かの本に書いてあった、誰かが言っていたということであれば、他の人の頭の中にあった言葉が形を変えて自分の中に入ってきていることになります。 本当に自分を超える可能性というのは、そこにしかないのです。ですから、いまの自分を超えてもっと大���な世界に行きたい、より正しく、より多くの人々の役に立つことを考え、実行したいというのであれば、本などで他の人の言葉に触れるということが必ず必要になります。
○P170
お釈迦様は悟りを開いとき、「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」、生きとし生けるものはみんな生まれながらにして仏になり得るとおっしゃいました。しかし、いろいろな煩悩や固まった心が、内なる仏の存在に気づくことを妨げているのです。それらを修行によって取り除いていけば、いちばん底に仏が残るということに気づく。ここがやはり仏教である禅の精神の核です。
ころころ転がるから、「心(こころ)」なのだとも言われますが、心は水のように形を変える自由自在なものです。それを好き嫌いや損得、是非や善悪で呪縛して、嬉しい、悲しい、苦しい、といった状態で固めてしまうから不自由になる。その固まりをほどく方法を教えてくれるのが、仏教であり、禅であると考えています。
○P177
セルフアウェアネスとはつまり、自分の状況認識、自分の強みや弱み、自分の価値観や志向性など、自分の内側にあるものに気づく力のことです。現在、多くの教育機関・研究機関でもセルフアウェアネスの重要性は高まっており、例えばスタンフォード大学のビジネススクールでは、教授陣が構成する評議会において「これからのビジネスリーダーの素養として、最も重要な要素は何か」というテーマで議論したところ、満場一致で「それはセルフアウェアネスである」という結論に至っています。そして、これこそまさに平井住職のおっしゃられた「自分のことがわかる」ということなのです。
さらに加えれば「禅」と「マネジメント」と「リベラルアーツ」の三叉交差点で考えてみた場合、平井住職のおっしゃられていた「仏とはほどけること」という言葉も、私にはとても重いものに思えました。本書第一章において中西輝政先生は「リベラルアーツ」の「リベラル」を「縛りがないこと」と定義されておられます。「縛りがない」というのはまさに「ほどける」ということと同義です。国際政治と臨済宗という、まったく異なる領域で道を歩んで来たお二人が、究極の知性のあり方としてほぼ同じアナロジーを用いていることには驚かされます。
○P252
今回のパンデミックのように行動が制限されるようなことが起きたとき、普段から多様なものを受け入れて寛容性や臨機応変性を培っている人々は、「まぁこういうこともあるよね」と冷静に向き合える可能性が高い。物事は思い通りにならないとわかっていれば、もっと楽に受け入れられる。ところが、異質なものや自分の気に入らないものを排除することに懸命になりすぎると、生きにくくなるだけでなく、危機への対応力も下がると思うのです。
○P263
以前、早稲田大学の入山章栄先生とお話をさせていただいた際、先生は「創造性は人生における累積の移動距離に相関する」とおっしゃられていました。その言葉を今回、ヤマザキマリさんとお話をさせていただいた際に改めて思い出しました。これまでにも述べた通り、「リベラルアーツ」とは自分を縛る固定観念や無意識的な規範から自由になるための思考技術を指しています。これは密接に���自分がいまいる場所、時間における常識を相対比できるかという論点と関わっています。累積の移動距離が長いということは、「いま、ここ」という場所以外の場所をたくさん知っているということです。だからこそ「いま、ここ」でしか通用しない常識や規範から自由になれるのです。出口治明さんが学びの契機として「旅」を挙げておられるのも基本的には同じ考えによるのでしょう。
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VS中西
リベラル↔️disciplinary
リベラルとは縛りがないこと。リベラルアーツはさまざまな領域間を超えて思考する知的運動。歴史を学ぶことで今、ここを相対化できる。歴史には嘘がない。
VS出口
本を読み、人と話し、旅をしろ。本は古典がまず間違いない。多くの人に長く読み継がれているものは本物。人生いつでも学び続ける必要アズハル大学。
VS橋爪
宗教を学ぶことで世界各地の根底にある考え方がわかる。ビジエスの根底にも宗教。神を信じることが未来のために、という考え方につながる。自分の可能性を超えていくために人の言葉に触れる必要がある。
VS平井
とりあえず座れ。外に目を向けがちな時代に、禅によって自分とは何かを考えることが大切。仏とはほどけること。寛容性。
VS菊澤
理論理性と実践理性。リーダーには単に損得計算で正しい方を選ぶのではなく真善美の価値判断をすることが必要。見えないものを見る力を養う。
VS矢野
3つのP=過去のデータから未来を予測、予測した未来と現実の乖離を特定、乖離が起きているところに行動を起こす。
VSヤマザキ
欧米の罪の文化と日本の恥の文化。誰が言ったかではなく何を言ったかを見る目。寛容性。ヤマザキは旅の人、一次情報に触れている。
山口
リベラルアーツ=自由になるための技術。ソーシャルイノベーションを起こす武器としてのリベラルアーツ。イノベーションには相対化が不可欠。疑うべき常識を見抜く目を養う。状況の変化速度が早い現代でキャリアを守るためにリベラルアーツ、足腰が必要。世界的なコミュニケーションをとるためのリベラルアーツ。領域横断の武器としてのリベラルアーツ。リーダーは専門性の殻に閉じこもってはいけない。それぞれの専門性をつなぐために教養が必要。社会彫刻の武器としてのリベラルアーツ。
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リベラルアーツ…、それは自分の昔から最も苦手とする分野。。
至る所で、リベラルアーツの重要性が叫ばれる今日この頃、
まず概要を理解すべく、この本を手にとってみました。
山口さんの本は、これまで何冊か読んできましたが、
著者の教養の深さがにじみ出るような本になっています。
そもそも各分野に造詣の深い人たちとの対談というライトな構成なのですが、
なんせ自分の苦手分野だからか、理解が中々追いつきません。
最後の山口さんのまとめを読んで、
ようやく「あ~そういうことか」となることが何度もありました。
自分のリベラルアーツのなさを反省すると共に、
新しい分野に少し足を踏み入れた時の
ドキドキする好奇心を少しだけ味わうことができました。
対談相手もユニークというか、この人がリベラルアーツの人なの?って感じ。
日立のビッグデータの人とかテルマエ・ロマエの人とかってリベラルアーツの人なの??
最後の山口さんのリベラルアーツに対する解説もとても分かりやすかったです。
初心者はむしろこっちから読んで、
リベラルアーツに対する熱量を上げておいた方が良いかもしれません。
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GWに読んだ本。在宅勤務になって一年以上が過ぎて、すっかり本を読むペースも落ち、スマホから得られる情報に偏ってたのを反省させてくれた本。スマホのニュースや動画は自分の好みに合わせて微調整されて長く留まるアルゴリズムになってるのがわかっていてもみてしまう… そんな貴方におすすめです。(ほんとか?)
人間としての営みが何から発せられているのか?その結果何が起きて来たのか? 自分を作る環境は他の世界とどんな違いがあって思考の鋳型はどう言う傾向が有るのか?
いま、世界はコロナ禍の中、不可能と言われていたmRNAワクチンが開発され展開される国をよそに新たな二重、三重の変異種の脅威がインドを中心に猛威を奮っている。ワクチンを圧倒的な速さで国民に提供完了したイスラエルは、パレスチナとミサイル攻撃し合ってる… これはコロナとは直接関係のない争いだけど、人類の脅威と恐れられるコロナウイルスの対策をきっちりやる国がミサイル攻撃って… ミャンマーも軍事政権が国民を弾圧… それはそれ、これはこれって言う考え方のもとで動く人たちが地球上には沢山いるんだなぁって。
人類の課題を解決する為に発生したのが宗教だと思っているのだが、新たな問題をうんでいる宗教もある、そろそろ統一理論に向けての議論が必要なんじゃないかな。(理論の体系の無い国家神道は論外。神話枠)
リベラルアーツとはなんだ?と言う解説本では無いので、その手の情報が欲しい人は、著者の『独学の技法』がおすすめ。