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電子書籍

剣客商売 みんなのレビュー

  • 池波正太郎 (著)
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みんなのレビュー66件

みんなの評価4.6

評価内訳

66 件中 1 件~ 15 件を表示

紙の本剣客商売 新装版

2010/10/18 18:31

池波正太郎の剣客小説の集大成。剣客商売シリーズ第一弾

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る

すでに説明不要なほど、多くの人に知られ、そして虜にした「剣客商売」
このシリーズ第一弾を読み終えて、多くのファンを獲得した秘密に触れることができた。

第一に、どの話も序盤から物語に動きがあり、「このあと何やら起こりそうだぞ」と思わせて読者を引きつける魅力。

第二に、第一話『女武芸者』から、個性的で魅力的な人物を登場させ、豪華な印象を与えていること。
この第一話で主要な人物はほぼ登場するが、ここで言う魅力的な人物とは、言わずと知れた女武芸者『佐々木三冬』である。
男装を纏い、凛として颯爽、それでいて優美さが匂い立ち、道行く人々は振り返らずにはいられないその姿に、ファンとなる読者も多いのではないか。
加えて、老中・田沼意次の妾腹の娘という立場も、彼女の存在をいろいろと面白いものにしている。

第三に、シリーズものにしては、第一弾から「剣客商売」の世界が完成していること。
シリーズものの第一弾というと、物語の世界や人物像がしっくりしていない場合が多い。
その点、この「剣客商売」は、登場人物にブレや不明瞭感がなく、読み始めるとすぐに頭の中に物語の世界が広がる。

このように完成度の高い「剣客商売」は、主人公に秋山小兵衛、準主人公に息子の大治郎に据えた、親子二代の剣客小説。
内容を簡単に言えば『剣の道に生きる者たちのさまざまな生涯』ということになるだろう。
ここに登場する剣客たちの生涯は、生きるも死ぬも本人の才覚次第という剣客の宿命を背負いつつ、過去に負けた相手に勝つまで勝負を挑む者(第二話:剣の誓約)、大治郎の剣の冴えに勝負を申し込まずにはいられない者(第六話:まゆ墨の金ちゃん)など多彩で、彼らによって物語が作られていると言ってもいい。
その多くの剣客の生涯に彩られた「剣客商売」は、数多くの剣客ものを書いてきた池波正太郎の、剣客小説の集大成だろう。

* * *
主人公・秋山小兵衛は、道場をたたみ、剣術をやめた五十九歳の老剣士である。
近頃、剣術よりも女が好きになり、四十も年下の下女おはるに手をつけてしまうほどなのだが、無外流を使う剣の腕は超一流。
息子・大治郎には、道場を建ててやり、あとは自分一人の力でやっていくように、と厳しい顔をみせながらも、息子が夜襲されると知ると居ても立ってもいられず、場合によっては助太刀に出ようと、息子の道場近くに潜む(第六話:まゆ墨の金ちゃん)など、親ばかな一面も見せる。

息子の大二郎はと言えば、無名の剣客である自分が田沼意次主催の剣術試合に出場でき、剣術界に鮮烈なデビューを果たせたのは、父のおかげだと感謝し(第一話:女武芸者)、剣客としてのあり方に悩むこともある(第五話:雨の鈴鹿川)、実直で謙虚な人物。
しかし彼もまた剣の達人であり、前述の第六話『まゆ墨の金ちゃん』では、影ながら夜襲の顛末を見ていた父を驚かすほどの、剣の冴えを見せる。

そんな二人に加え、危機を助けてくれた小兵衛への深い思慕をみせる男嫌いの佐々木三冬、小兵衛が事件を解決する際の最大の協力者であり、かつての弟子だった御用聞きの弥七ら、登場人物たちの見せる個性もこの作品の魅力である。
また幕政を壟断したと悪評高い田沼意次が、剣術好きで好人物として描かれているのも目新しく、最終話『御老中毒殺』で小兵衛の活躍により距離の縮まった二人が、今後を大いに楽しみにさせる。

* * *
ちなみに、作中に無外流の始祖・辻平内とその弟子について軽く触れられているが、これを描いた短編「かわうそ平内(剣客群像に収録)」を読むと、無外流がどんなものか分かるだろう。

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紙の本狂乱 新装版

2003/07/05 23:46

影法師〈レクイエム〉

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:流花 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「これだけ世間から見捨てられた俺だ。このままいつまでも、こんな暮らしをしていられるか。こうなれば…狂い死にに死んでくれるぞ!!」
 石山甚市、35歳。両親に先立たれ、不遇な生い立ちの中で、剣を頼りに生きてきた。しかし、身分の低い石山が、身分の高い者たちをうち負かしてしまった時、すべての歯車が狂いだしたのである。『遠ざけられ、疎まれて…青春は踏みにじられ…いつも孤独…こういう若者が、どのように変形していくことか?…』誰もが、自分を蔑み、まともに扱ってくれない。…たった一人、まともに接してくれた豊田でさえ、周囲の圧力に耐えきれず、「出て行け!」と言う。そしてとうとう、そんな彼の姿を見て笑いを漏らした者から始まって…爆発したのである。小兵衛の差し延べた手も、あと一歩のところで届かなかった。
 自分が親切を踏みにじっているのはわかっている。挫折したり、狂ったりするのは、自分に責任があるはずだ。それもわかっている。しかし、それに耐えられない人間の弱さ。また、耐えていかなければならない運命の重さ。人は“平凡な人生”と簡単に言う。しかし、その“平凡な人生”を歩むことが許されなかった者たちの、悲痛な叫び声が聞こえてこないか?
 かつて、小兵衛も牛堀九万之助と勝負をしたことがある。勝った方が土井家の剣術指南役に、ということを二人とも知らずにである。『双方とも下段の構えで、睨み合うこと一刻に及んだ』とあり、結果は引き分けであった。九万之助曰く、「小兵衛どのが、引き分けにしてくれた」。二人とも指南役は辞退したということである。まかり間違えば、九万之助も、この手の犠牲者になってしまったかもしれなかったのだ。九万之助は、今でも道場を構え、弟子たちに“剣の道”を教えている。無用な立ち合いをせず、礼儀や心を大切にして…。
 挫折した人間、歯車を狂わされた人間が、いかにまともに生きることができないか。小兵衛は、そういう男を何人も見ている。しかも、己の手によって、その世界に突き落としてしまった男もいるのだ。彼らは、所詮、弱い人間なのか。やはり世の中、強い者が勝ち、弱い者は淘汰されていくのか。悪いのは彼らか? それとも、勝負、勝負と簡単に口にし、人を試すことを何とも思わない輩か? それとも、これぞと思った男を、徹底的に馬鹿にし、いじめ抜くことによって、己の保身を図る奴らか?
 “平凡な人生”を歩むことが許されなかった者たち。身の置き所を失くし、恨みをぶつけるところもなく、人生の歯車を狂わされた者たち。彼らへの鎮魂歌を歌い続けること…それが剣客の使命なのかもしれない。

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紙の本白い鬼 新装版

2011/12/16 16:06

まだ引っぱる饅頭の話

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

前の『剣客商売』第四巻『天魔』の後半の『鰻坊主』『老僧狂乱』から、まだしつこく、例の「饅頭」の話を引っ張っている。それに同じく第四巻『天魔』の『約束金二十両』のきつい突っ込み「秋山うじの孫女でござるか?」より少し婉曲な「先生御息女であられますか?」という突っ込みもある。しかし、この第五巻第一話の表題作『白い鬼』は、恐ろしく、そして、哀しい話でもある。

小兵衛の往年の弟子の愛すべき人柄が生き生きと描かれた後で、彼が死んでしまうのも哀しいが、その人を殺した憎むべき「白い鬼」が捕えられ獣のように泣き叫ぶ姿もまた、哀しい。美しい男が「白い鬼」になったについてはそれなりの、「かわいそうな生い立ち」もあるのだが、それにしても、許すべからざる残酷な所業を重ねるのを止めるためには、断固として一刻の猶予もなく、彼の息の根を止めねばならなかった。

>「小僧。逃(のが)さぬぞ」

小兵衛の「手段(てだて)をえらばぬ」闘いぶりが、意表を突き、かつ、鮮やかである。前の第四巻の表題作『天魔』では、大治郎が、相手の虚を突く戦法で勝った。小兵衛も同じやり方で闘おうと思っていたと言う。小兵衛にしろ大治郎にしろ、ただ単に鍛え抜いた強さばかりでなく、相手が魔か妖か怪かというような場合、地球上の物理の法則には従っているが剣法の常識を超えた方法で勝つところがすばらしい。

第二話『西村屋お小夜』は、『剣客商売』第三巻の表題作『陽炎の男』以来、久しぶりに、三冬の住む根岸の寮への曲者闖入である。前のときは、小兵衛に手紙を出したのに大治郎が駆けつけて来たことに不満を覚えた三冬であったが、今回は、自分から大治郎を頼って行っている。

吉川英治の『宮本武蔵』でも、武蔵に向かって、あなたともあろうおかたがなんというはしたないまねを、とかなんとか言って逃げたお通が、こわければもっと遠くへ逃げればいいのに、もどってきてようすを見ている場面があったが、今回、三冬も、似たような経験をする。といっても大治郎に襲われたのではなくて、顔見知りの男女の密会の現場を見てしまっただけである。それで夜も眠れなくなってしまった三冬。なぜ、みだらだ、いやらしい、と思うことを、大治郎に結び付けて、あの方もどこぞのひととめおとになればあんなことを……と想像するか? 前の『陽炎の男』では自分が何やら大治郎としている夢を見ていなかったか?

が、一転、事件が起こると、果断に曲者を撃退する。強い三冬、かっこいい!

それで大治郎がまた、三冬の声や目つきがこれまでと違って来ているので、どぎまぎしてしまう。おもしろい。

まるで鬼平犯科帳のような事件の顛末だったが、西村屋のお小夜さんはかわいそうだった。なんて運の悪い人だ。

そして、とどめが、「存じませぬ、存じませぬ」と、若衆髷が崩れそうなほど首を振り、逃げ出す三冬と、なかなか気づかなかったけど、やっとわかって、粂太郎と一緒に居合をする大治郎だ。例の「饅頭」のときといい、二人でいろいろと「恥ずかしい」経験を重ねて、だんだん核心へ迫って行くようである。

池波正太郎の文章はユーモアとロマンスと緊迫感のかねあいが絶妙である。気持ちがいい。特に『剣客商売』は、『鬼平犯科帳』や『仕掛け人梅安』に比べても、明るい。悲惨な話も結構あるのに、救われる感じがする。

三冬の恋人が小兵衛から大治郎へとすっかり変わったこの頃、小兵衛の前に、三冬ほど女らしくもなければ美しくもない、しかし、負けず劣らず強く魅力的な女性、杉原秀が登場する。『手裏剣お秀』で、彼女を小兵衛と結びつけるのが、深川の鰻売りの又六であるところもおもしろい。又六は、深川の金時婆さんという力持ちのお婆さんとも知り合いだった。

おはるが、三冬よりもお秀のほうがずっと好きだ、と言ったのは、たぶんに、三冬への嫉妬がある。しかし、それを抜きにしても、そういう好みというのはわかる気がする。

かなり以前に、第二次世界大戦前の日本の女性の権利拡張運動を紹介した文章を読んだとき、ある工場へ、ふたりの女性運動家が来たが、一方の女性はどちらかというと華やかで豊かな感じ、もう一方の女性は質実剛健な感じで、後者の方が好ましいと、工場で働く女性が感じた、という趣旨のくだりがあった。ふたりとも優れた業績を残しているが、そのときは、そうだったのだ。

小兵衛と三冬が知り合ったきっかけが、彼女を襲う計画を知って助けに行くことだったように、今回も、又六から、お秀を襲う計画があることを聞かされて、助けに行く。ところで、お秀の住居兼道場のある場所だが……、品川台町の雉の宮って、藤枝梅安の住んでいるところと同じじゃない? どうやら、神社の南側と西側、ぐらいの違いらしいが……。まあ、時代も異なっていて、この頃、梅安はまだ、仕掛け人にもなっていないし、江戸にもいない……はずだ。

杉原秀はおもに近所の百姓の息子たちに剣術を教えているが、手裏剣の名人でもある。そして何よりもその性格が潔く、剛直である。今は亡き父と共に苛烈な体験も経て来ている。たとえていえば、杉原秀は、白土三平の漫画に出て来る女忍者や女武道のようで、佐々木三冬は、手塚治虫の「リボンの騎士」のサファイヤのような感じがする(サファイヤは原作の漫画よりテレビで放映された動画のほうがりりしく、三冬は後者だと思う)。

『暗殺』は、大治郎が暗殺者を返り討ちにしたら、やっぱりそれも暗殺? 小兵衛が六尺ゆたかな釜本九十郎の頭上を越えるほど跳躍してやってのけたことは、これも暗殺? スリル満点で、しかも、またまた大治郎と三冬の仲が進展しそうな気配にうれしくなる。

『雨避け小兵衛』は、非常に悲しい話である。最後に、小兵衛にとってのおはるの存在のかけがえのなさがわかる。

『三冬の縁談』について。こんなの、あの第一巻第四話『井関道場四天王』のときみたいに、小兵衛が、三冬の弟子の土田政右衛門でござる、って言って出て行って、田沼屋敷だとばれちゃうから相手の屋敷で試合して、負かしちゃえばいいじゃん……というわけにはいかないのか? ま、結局……第一巻第一話『女武芸者』で相手が三冬にやろうとしたことと同じようなことをやってないか? まあ、性格に問題アリの相手の自業自得だから、いいけどね……。

なんといっても、大治郎が悩み苦しむ姿がいい。でも、小兵衛じゃなくて、大治郎に、あの性格に問題のある縁談相手をやっつけてほしかったな。それに、三冬と既成事実を作っちゃってもいいのに……!

『たのまれ男』は、大治郎の弟弟子で人のいい小針又八郎の危機を救う。彼にたのみごとをした、気の毒な女性も、そのたのみごとも、結局、救われずに終わるけれど……でも、一つの悪事が露顕して退治されるから、それだけでもいいのだろう。それに、大治郎は三冬にも手を借りており、お互いに相手を頼り合うようになっているのがわかって、めでたい。

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紙の本辻斬り 新装版

2010/10/27 18:50

隠居した秋山小兵衛の、退屈しのぎに首を突っ込む厄介事の数々。剣客商売シリーズ第二弾。

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る

 剣客商売の世界には非常に落ち着いた雰囲気が流れている。慌てず騒がず驚かず、淡々とした印象を受ける。
 その印象はきっと、剣の道を極め、恐ろしいものなどない、落ち着き払った秋山小兵衛から漂ってきているのだろう。そして剣術界から身を引き、孫のような娘と所帯を持った穏やかな日々がある。
 しかしそうなってくると、刺激も少なく、退屈に感じるときもある。
 そんなとき、秋山小兵衛は色々な厄介事に首を突っ込むようである。

 気に入らない客を怒鳴りつけ追い返す酒屋『鬼熊』の主・熊五郎の、思わぬ姿を目撃した小兵衛が彼に近づく【鬼熊酒屋】

 ある夜、襲ってきた辻斬りを軽くあしらった小兵衛。彼らが大旗本だと知るや、からかってやろうと思い立つ【辻斬り】

 大治郎が教えを受けた老剣士の息子の失踪に、小諸藩士と、江戸で門弟二百を越える道場主がからんでいたことを知った小兵衛は、老中田沼意次と一芝居を打つ【老虎】

 大治郎の元に剣術の教えを乞う鰻屋の男が現れた。十日で強くなりたいという男に小兵衛と大治郎は修行をつける【悪い虫】

 小間物屋山崎屋の娘の人攫い騒動。彼女を助け気にかける佐々木三冬に、小兵衛は退屈しのぎに一肌ぬぐ【三冬の乳房】

 小兵衛が退屈しのぎに買ってきた絵師鳥山石燕による『画図・百鬼夜行』。ある日、おはるは物置小屋の前で妖怪・小雨坊を見たとおびえた【妖怪・小雨坊】

 隠宅が全焼した小兵衛は、やっかいになっている料亭『不二楼』の奥座敷にやってきた客の、横川御家人宅へ強盗に入るという会話を聞いた。小兵衛は、その家の養父の仕打ちにも耐える嗣子・小金吾を案じる【不二楼・蘭の間】


 小兵衛の退屈しのぎから始まった話だから、読者が退屈する訳がない。切なさ、清々しさ、やりきれなさ、さまざまな印象を残す魅力的な物語ばかりである。
 その中でも個人的に気に入っているのは、剣客とかけ離れた「画図・百鬼夜行」を物語の導入部として、剣客の宿命を描いた第六話【妖怪・小雨坊】の話。

 その鳥山石燕作「画図・百鬼夜行」は実際に700円で手に入る。書籍名にピンとこなくても、絵を見たことがある人も多いのでは。今後の購入候補の一冊。
『鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集』

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紙の本波紋 新装版

2012/01/25 18:34

一歩先に「老い」と「死」を迎える友の姿に、小兵衛は……

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

この『剣客商売』シリーズ第十三巻は、天明三年春の、桜の花が散りかける頃から始まっている。前の第十二巻第四話『十番斬り』の冒頭で、天明三年の年が明けて秋山小兵衛六十五歳、大治郎三十歳、おはると三冬は二十五歳、大治郎の一人息子で小兵衛の初孫でもある小太郎は数え年の二歳になったと述べられていた。小太郎は、この第十三巻第二話『波紋』で、間もなく満一歳になると述べられる。その頃には蛙が鳴いている。

史実では、既に天明の大飢饉が始まっていて、この年の前後数年間に何万人もの人が餓死する。前のほうの巻で、天候が不順であることや、田沼意次が進歩的開明的な政策をとっても、最も苦しんでいる農民を救うことができないので悩んでいる、というくだりがあったりしたが、その後、深刻な流民や疫病の話は出てきていない。江戸時代に大小の飢饉は何度もあり、一番有名なのが天明の大飢饉で、田沼意次が失脚したのも、『剣客商売』シリーズに登場する一橋家の陰謀や松平定信との確執だけでなく、大飢饉へ対処しきれなかったことが、背景にあると思えるのだが。

さて、第一話『消えた女』は、小兵衛の妻にして大治郎の母であったお貞が死んだ後、小兵衛が関係を持った女性にまつわる話である。小兵衛は彼女がなぜ黙って金を持って消えたのか、わからない。どうせなら有り金全部持って行けばよかったのにそうしなかった理由もわからない。そして、彼女と自分の娘かもしれないけどそれにしては年が合わない小娘が、目の前にいる。といっても、声をかけるには、距離がありすぎる。彼女は捕り物の囮に使われているのだ。危ないじゃないか、と気が気でない、小兵衛。

いつものようにスーパー老人小兵衛の活躍もあり、小娘のほんとうの父母が誰なのかもわかるが、それでもやっぱり、小兵衛は、愛した女がなぜ有り金全部持って消えなかったのかがわからない。でも、彼女は小兵衛を愛していたのだろうし、事情があったのだろうと、推測する。思いやる。蛙の鳴く声を聞きながら、黙って冷えた酒を飲む、小兵衛と弥七だった。

小兵衛って、年をとっても、「男」の部分が、ちっともなくならないなあ……。今更の感想だけど……。もっとも、おはるからは、子供を産ませろ、という不満の声も聞かれるから、たとえば、2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」の白河法皇などに比べると、やはり、もののけよりも仙人に近い。

そして、第十三巻第二話『波紋』である。秋山大治郎が路上で刺客に襲われ、もちろん撃退したが、敵は更に人数をふやして、道場を襲ってくる。これももちろん、三冬と協力して撃退する。このパターン、私の大好きなものである。今回は更に、心配してようすを見に来た小兵衛も協力した。なにしろ敵は弓矢も使うので、油断がならなかったのだ。

私は、もっと大治郎と三冬の活躍が見たいのだけど、『剣客商売』シリーズは、小兵衛が中心になる話の方が多い。そして、老人の述懐が多い。かつての弟子や友人知人が長い年月の間に転落してしまうことや、老いて貧しかったり、病にかかったり、鋭かった頭が衰えてきたりする、哀しみ、寂しさ、そんな話も多い。それでも全体に明るい雰囲気が残っているのは、軽妙な会話やユーモラスな場面がちりばめられていることと、やはり、小兵衛がスーパー老人で、しかも、そばにおはるがいてくれるから、なのだろう。なにも自家用運転手さながらに小舟を漕ぐだけじゃないのだ。武州の草加から野菜を売りにくる婆さんの身の上話を聞いたり、その婆さんはもしかしたら庭先ですれちがった男の母親かもしれないのに誰も気づかなくて、私なんか、ああー、親子の対面ができない、こんなんかわいそうや、あかんあかん、って思ってしまうのだが、それでもこの小説では、小兵衛が、冬より夏がいいと言うと、すかさず、

>「冬は炬燵があるものねえ」

と返したりする、おはるの明るさ、健康さが、全体の雰囲気を支えている。

第三話『剣士変貌』では、一介の剣士として生きているうちは剣の腕も人柄も良かった男が、道場主となったことが人間としての堕落のきっかけになり、ついには罪を犯すようになってしまっていた。一方、彼にねらわれた商人もまた、かつては穏やかな人柄だったのに、法律上はともかく道徳的には悪人に成り下がっていた。ちょっと成功したり、身内が死んだりという、それ自体は、いわば、ありふれた、あたりまえの出来事がきっかけで、人が(悪い方に)変わってしまうというのが、悲しくも、こわくもある。

第四話『敵』には、藩の財政の立て直しを請け負う「仕法家」というものが登場する。また、田沼意次が印旛沼の干拓や北海道の開拓に着手しようとしている、という記述もある。印旛沼の干拓は徳川吉宗も試みて、失敗した。この小説には出てこないが、田沼時代の後、水野忠邦も試みて失敗している。そして、意次の失脚は、この「干拓」の失敗の直後にやってくる。秋山小兵衛や大治郎や三冬たちにも、どんな運命の変化が訪れるか、私は心配でしようがない。

さて、『敵』では、財政手腕も人柄も優れた仕法家が暗殺されてしまう。田沼意次はこの事件を重く見ていた。秋山小兵衛と大治郎と、四谷の弥七たちが大活躍するのが楽しい。最後に、意次によって、徳川吉宗に関わる秘密が明かされる。意次は父の代に紀州から吉宗に率いられて江戸に来たから、こういう話も出来るのですね。しかし、結局、大きな政治的陰謀の話とかではなかったのは、ちょいと残念。

第五話『夕紅大川橋』では、小兵衛の親友内山文太の秘密が明かされる。それとともに、文太の「老い」が、小兵衛の胸をしめつける。そして、「死」。

小兵衛が、大川橋へ疾走していく。秋の日が沈もうとする頃、まだ大勢の人が行き交う大川橋で、小兵衛は、無頼者たちをたたきのめす。あっという間に走り去る小兵衛。人々は、天狗か、と噂する。

今まで、天狗になったり河童になったり、スーパー老人小兵衛は変幻自在に活躍してきたけれど、このラストは、遊びでもいたずらでもない。小兵衛もまた、「老い」と「死」の恐怖と孤独を実感したとき、もののけになるのだろうか。ほんの、いっときだけでも。

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紙の本狂乱 新装版

2012/01/08 15:29

曼珠沙華、散る

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

第一話『毒婦』で、小兵衛が羽織を頭からかぶって、暴れる酔っ払いを取り鎮める。それだけならただの気の利いた爺さんだが、気を失った酔っ払いを鐘ヶ淵まで連れてきて、知らぬ顔で介抱してしゃあしゃあと親切ごかしに身の上話を聞き出すところが、さすがのいたずら小僧的狸爺いである。

ところで、タイトルの毒婦とは、どんな女か。

>「……あの女の、どこがよかったのかのう。何人もの男が現(うつつ)をぬかすほどの美形でもなし、陰気で無口で、酒の相手にもなるまいし、抱いて寝たところで、つまらぬような……」
>「ですから、その陰気なところが、たまらねえのでございますよ、男には……」

ふむふむ。いるいる。よく、後宮もののドラマや小説に、いかにも寵愛を受けて当然と思える才色兼備の女性と、こういう、どこがいいのだかわからない女性とが登場し、しかも、最後には、どこがいいのだかわからない方が、最高の権力と財力を手にしたりする。この小説に登場する弁慶草は、ウェブで調べたところ、生命力が強いことからその名が付いたそうだ。だが、『毒婦』のヒロインは、とうとう、小兵衛に生きている姿を見せることなく終わってしまった。

小兵衛が、もはや、いつもの、といってもいい、述懐をする。おはるでさえ、肚の中で何を考えているのかわからないことがあると……。私としては、やっぱり、十七歳の娘に手を出したことに罪悪感があるのね、と突っ込みたいところだが、小兵衛に応えて、板前の長次もまた、妻のおもとに対して、同じ気持ちを抱くことがあるという。

>「女の嘘は男の嘘と、まったくちがうものらしいのう」
>「嘘を嘘ともおもわないのでございますからね」

そうかもしれないが、男を惑わすのは女の嘘じゃなくて、男自身の欲望じゃないの? と、私などは思うのだが……。

第二話『狐雨』はとても楽しくて大好きな話だ。『鬼平犯科帳』にも同じ題の話があり、両方とも、狐憑きが出て来る。どちらの作品でも、池波正太郎はなんて狐憑きを表現するのが上手なんだ、と思う。別に、ほんものをみたことがあるわけではないが、『剣客商売』の白狐のしゃべり方といい、狐が憑いたときの杉本又太郎の振舞いといい、絶妙である。弱い侍が急に強くなって悪者をやっつけるくだりが、小兵衛もまっさおの人間離れしたダイナミックさと漫画のような滑稽さで、胸がすき、抱腹絶倒だ。

現代の日本にこんな白狐がいてくれたら、オリンピックで金メダルがとれるぞ。それにしても、小兵衛が、道場の隅に何かいる、と気づくのは、さすがの狸爺いだ。ただに鋭いだけでなく、「両手に茶碗を抱くようにしながら、目を閉じ」て考えたあと、なんかわからないけど、又太郎が強くなればよいのだと、微笑んで受け入れる、この優しさと知恵。

そして、第三話『狂乱』も、小兵衛の優しさと知恵が発揮されるのだが、これは対照的に、とても悲しい話である。この話に出て来る、甚市と小兵衛との関係は、よく小説やドラマにある、幕末の人斬り以蔵と勝海舟との関係に、似ている気がする。武士としては一番低い身分で、剣術が抜群に強く、教養がなく、内面はとても傷つきやすく寂しい男が、周囲から軽んじられ嫌われ怖れられ、相手を斬るつもりで出かけて行ったところが、かえって、暖かい心と聡明な精神に触れて感化され、明るい道へ踏み出せそうになったのに、結局は、暗く悲惨な最期を迎えてしまう。ただ、甚市は小兵衛によって、おだやかで美しく、「童児(こども)のような」相貌にもどっただけ、幸せだったのだろうか。小兵衛が甚市に出会う前に語られる、皆から嫌われる曼珠沙華(彼岸花)を、小兵衛だけは何とも思わなかった、という話は、後から見れば、暗示的だった。

第四話『仁三郎の顔』は、傘徳こと傘屋の徳次郎や四谷の弥七が知っている仁三郎の顔と、秋山大治郎の見る喜三郎こと実は仁三郎の顔とが、正反対なのだ。大治郎に命を救われた喜三郎は、まったく善良な商人(あきんど)そのものだ。そして、大治郎が「仁三郎」の顔を見る直前に著者は筆を止めている。とても気になる終わり方だ。

第五話『女と男』には、第一話の『毒婦』ほどではないが、悪女に分類される女性が登場する。少なくとも、おはるにとっては悪女だ。なにしろ、小兵衛が彼女の色香に迷いそうになる、いや、おはるにはそう見えたのだ。事件が解決してから約一年後、彼女に再会したときの、おはるの態度。

>「あの女の首を切っちまうんですか?」
>おはるが目をかがやかせた。

一方、小兵衛のために袖無羽織を縫って持って来た三冬に対しては、

>「あれまあ、よく出来ましたよう」

この違い。かつての三冬への嫉妬は影も形も無い。そして、鐘ヶ淵の隠宅の奥の間で、小兵衛は、瀕死の床についている愛弟子を、おはるとともに看取り、庭先では三冬が、六人の曲者を迎え討つ。三冬が凄い。かっこいい。

第六話『秋の炬燵』で、そのときの三冬を見せたかったと、小兵衛が大治郎に言うと……。

>「見なくとも、わかります」

だいたい、大治郎は、第四話『仁三郎の顔』でも、三冬の好きなお菓子を買うために遠回りしたので、喜三郎こと仁三郎に会ったのだし、三冬が結婚してから髪が伸びて来ても女髷を結わずに垂らし髪を紫縮緬で包んでいるのを、三冬らしくていいと言ったりして、すっかり愛妻家だが、更に、この『秋の炬燵』では、三冬の料理の腕を小兵衛から尋ねられて……。

>「母上のお仕込みにて……」
>にやりと笑った大治郎へ、
>「こいつめ」
>と、小兵衛が睨んだ。

単に、「母上のお仕込みにて」と答えるだけでなく、「にやりと笑った」、この「にやり」が何よ、かつて、三冬が彼女より腕の立つ武士と試合をすることになり、今度こそ負けて嫁いでしまうと心配し落ち込み小兵衛にさんざんどやされた、あの意気地なしの内気な草食男子の童貞のウブな男が!!小兵衛でなくても睨むわ。

『秋の炬燵』では、手裏剣お秀が、第七巻第六話『越後屋騒ぎ』の小兵衛を彷彿とさせる活躍を見せる。だが、この話も、あの越後屋の事件と同じく、解決した後、関係者の子供たちがかわいそうだった。小兵衛も、秋なのに炬燵を出してくれとおはるに言うほど、寒さを感じる。不機嫌になった小兵衛に、黙って煙草を銀煙管につめて差し出す弥七。

小説の時間はゆっくり進んでいる。この第八巻は、安永十年改め天明元年(1781年)夏から秋までの出来事の話だった。『狂乱』と『女と男』で、小兵衛は、不運な男に、せめて満足のいく最期を迎えさせた。助産ならぬ、助死とでもいえようか。

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紙の本隠れ簔 新装版

2012/01/06 14:46

死ぬまで仕合せな勘違いができるようになりたい小兵衛

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投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

『剣客商売』第一巻の書評で、私は、こう書いた。

>60歳間近で20歳になるかならずの女性と結婚するという……秋山小兵衛って、久米の仙人の「その後」みたいな暮らしをしている。これが15歳~18歳ぐらいの娘とそんな仲になったのなら、現代の法律では許されないということを別にしても、まず、全読者から、すけべ爺い、とののしられること必定である。19歳の心身ともに健康でかつ金持ちというほどでもないが経済的にも家族の愛情にも恵まれた家庭の娘が相手だから、おもに男の読者からうらやましがられ、女の読者からも許しを得ているのだ。

ああ、それなのに、それなのに、この『剣客商売』第七巻では、小兵衛は、おはるが十七歳で道場にやってきたときに、「手をつけた」と、なっているではないか。第一巻の記述と矛盾している。どういうことだ、すけべ爺い!!

と、言いたいところだが……。

第六巻が安永九年(1780年)秋~安永十年、天明元年(1781年)春の物語で、第七巻が安永十年、天明元年(1781年)春~夏の物語と、ここへきて、時間の進み具合が、ぐっと遅くなっている。なにしろ天明時代になれば、有名な大飢饉もあるし、田沼意次の失脚のときも近づいて来る。そうなれば、田沼家と関わりのある人々にもどんな不幸がもたらされるかわからない。だから、いたずら小僧的不良老人小兵衛を中心とする明るい世界を長引かせるために、このような書き換えをしたのだろう。(関係ないかもしれないけど……)

第一話『春愁』で、桜の花の盛りの頃、小兵衛は、かつての愛弟子の仇を討とうとする。しかし、その結果、かえって、愛弟子の裏切りに気づいてしまう。

>(ああ……わしも、いま、このとしになって、このようなことをおもい出そうとは……まだ、いかぬな。まだ、わしはだめな男よ)

遅桜の花びらをつまみあげたおはるに答える声も、沈んでいる。事件に関わった、二十年も親しくしている刀屋の孫助に、小兵衛は、人には誰でも「二つや三つは、他人のはかり知れぬ恐ろしいことがある」と、語った。

ちなみに、この刀屋の孫助は人相手相を見、小兵衛は九十歳過ぎまで生きる、という。何か、刀を扱う商売の人には霊感が働くという話が、江戸時代にあったのだろうか?宇江佐真理の『髪結い伊三次捕物余話』でも、刀剣骨董の店の主が、怪談じみた話を聞かせて伊三次をこわがらせていた。

第二話『徳どん、逃げろ』は、始めは愉快な話かと思った。小兵衛も、「こういうことがあるから、長生きをする甲斐もあるということよ」と言って、ひざを叩かんばかりにうれしがっている。

しかし、徳次郎にとっては、哀しい終わりを迎えた。こちらは裏切っていたのに、相手は真心を尽くしてくれた。小兵衛は、その真心を、「勘ちがい」によるものだという。

>「ごらんな。太閤・豊臣秀吉や、織田信長ほどの英雄でさえ、勘ちがいをしているではないか。なればこそ、あんな死にざまをすることになった。わしだってお前、若い女房なぞをこしらえたのはよいが、それも勘ちがいかも知れぬよ」

小兵衛、やはり、十七歳の娘に手を出したことに内心、罪悪感があるのか? いや、作者はそんなことは書いていないけれども。

第一話、第二話と、人の裏表がもたらす悲喜劇が続いた。小兵衛は、人には裏があるから醜いとか信じられないというのではなく、そういうものとして、受け入れていこうとしている。ときには、進んで騙されようとしているようだ。小兵衛のそういう態度は、ときにはずるいが、賢く、優しく、謙虚である。

第三話『隠れ蓑』では、「噎せ返るような新緑のにおい」がこもる夜、隠れ蓑の花が咲く頃、年老いた僧と盲目の浪人の二人連れを、大治郎と小兵衛が、襲撃から救う。この年老いた二人連れの後半生こそ、だまし続け、だまされ続けて、信頼と献身とに貫かれた、苦難と愛に満ちたものだった。一度被った隠れ蓑は、死ぬまで脱いではならない。一度騙されたら、信じたら、死ぬまで騙され続け、信じ続けるのが仕合せだ。だが、一方が死んだ後、残された者は、何をよすがに生きるのだろう。

つい、「永遠の嘘をついてくれ」という歌を思い出す。「永遠の嘘を聞きたい」男が、遠くにいる友に、「永遠の嘘をついてくれ」と呼びかけるのだ。「隠れ蓑」の二人が、寄り添っていられたのは、「失明」という奇禍があったればこそ、だった。誰かを信じ続けるためには、何も見ないのが一番いいのかもしれない。

第四話『梅雨の柚の花』と、第五話『大江戸ゆばり組』の冒頭で、飯田粂太郎に続く、秋山大治郎の二人目の弟子、笹野新五郎に関わる事件が起こる。飯田粂太郎は三冬の紹介だったが、笹野新五郎は田沼意次の用人の生島次郎太夫の紹介である。大治郎はよくよく田沼家と縁がある。

笹野新五郎の顔を初めて見たとき、笑いをこらえて袂で顔をおおって逃げ出したり、後で大治郎に叱られる前に自分から謝ったり、新五郎の世話を実の親以上に焼く生島次郎太夫を見て、かつては「この男は体に血が通うておるのか」と思ったが見直したと言ったりする、三冬。夫婦のやりとりもほほえましい。

五月雨がふりけむる昼下り(旧暦だから五月雨は梅雨の雨)、墓地に咲く白い五弁の可憐な花の名を「柚(ゆ)の花」とは知らぬまま、新五郎が「さびしげ」と感じたのは、自身の出生の秘密を知らぬ彼がその花のようだからか、新五郎が愛する人のたたずまいがその花のようだったからか……?

第五話『大江戸ゆばり組』で、小兵衛が河童になって悪者の鼻をちょんぎったのはまたまたいたずら小僧的不良老人の面目躍如だったが、その後日談では、酸いも甘いも噛み分けて枯れきったような絵師川野玉栄に、すっかりとぼけられてしゃっぽをぬいでいる。上には上がいるものだ、と思う。

『大江戸ゆばり組』に出て来る、囲い者になって手付金を取って一晩で手を切る方法というのは、他の作家の小説にもあった。やはり、江戸時代の文献に残っているのだろう。

『越後屋騒ぎ』では、小兵衛のすばらしいスーパー老人ぶりが堪能できてうれしいが、事件の関係者の子供たちがかわいそうだった。

『決闘・高田の馬場』でも、小兵衛のいたずらスーパー老人的大活躍が、特に「いたずら」が堪能できて、しかも、大治郎も「共演」し、三冬とおはるも衣装方で活躍し、これは、文句なく、楽しい話だった。

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紙の本天魔 新装版

2011/12/03 12:34

秋山小兵衛、おはるに瞠目する

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投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

>「や!!」
>と、小兵衛が瞠目し、
>「お前も知らぬのか」
>「知りませんよう」

この場面が好きで、漫画のように、目の玉が二倍ほどになって飛び出ている姿を想像してしまう。ここへくるまでに、『鰻坊主』『突発』『老僧狂乱』と、三話も引っ張る作者。もっとも、間に入っている『突発』には、問題のその言葉は出てこない。だから、『鰻坊主』の話が、秋山大治郎と佐々木三冬とが誘い合って秋山小兵衛のところへききに行こうとしている場面で終わってから、どう落ちがついたのか気になって仕方ない読者は、一旦、肩透かしをくわされる。

そもそもは、小兵衛の悪友小川宗哲が、健全(すぎるかもしれない?)秋山大治郎をからかう……つもりもなくて、当然、知っているだろうと思って、まじめな顔で「とんでもないこと」を言ったら、健全(すぎる!)大治郎にはわけがわからず、意味をききかえしてきたので、笑い出して教えなかったのがいけないのだ。だから、大治郎は、三冬にもきくし、三冬もわからないので、飯田粂太郎「少年」にまできく。(きくなよ!知ってたらどうするんだよ!)

作者は、実にうまい。小兵衛がおはるに瞠目する場面よりも前に、大治郎と三冬に問題のその言葉の意味を教える場面があり、そのくだりの最後に一行、おはるはいなかったと、書いてある。だから私も、もし、おはるがここにいたら、さぞかし、大笑いしただろうなあ、と、思った。実は私も、問題のその言葉の意味を知らなかったが、なんとなく、文脈から想像していた。しかし、大治郎と三冬は童貞で処女でウブだから想像もできなかった……、という、小説的表現なんだろうと思っていたら、おはるまでも知らなかったということは……小兵衛と宗哲が不良老人だからいけないのだ!ということになるではないか!

そして、後できっちり、大治郎は小兵衛に仕返しする。すなわち、『老僧狂乱』の終章で、小兵衛が、何々の食べすぎは、「よほどに心ノ臓へひびくと見える」と言うと、すかさず、
>「父上も、お気をつけなされますように」
大治郎、よく言った!

この『剣客商売』シリーズ第四巻『天魔』は、『雷神』の話から始まっている。前の第三巻『陽炎の男』の最終話が、『深川十万坪』で、おはるの、
>「あれ、雷(らい)さまだ。梅雨が明けるよう」
というせりふで終わっていた。その雷(らい)さまが、とんでもないいたずらをする。

前に、Jリーグで、雷がひどかった時に、審判の判断で試合を中断したことがあった。そのとき、こわくて地面に伏した選手もいたという。だから、剣の試合でも、危険を避けるために、中断したり、地面に伏したりするのが、正しいはずだ。小説での勝ち負けの決め方に、私は異論があるぞ。

人のいい弟子落合孫六が、お金のためになれあい試合をしてもいいですかと尋ねたとき、小兵衛が、簡単に許しちゃって、その話を聞いた大治郎が不機嫌になっちゃって、そこまでならこの親子の場合、普通だけど、途中から現れた三冬が、大治郎どのはどうなさったのですか、と小兵衛にきいて、小兵衛が、大治郎の顔色を読んでくれたか、と喜び、それを三冬が恥ずかしがるのが、いい!『陽炎の男』のときから更に、三冬の大治郎に対する恋心が深くなっている。

で、大治郎のほうはどうなのか。これまでの話で、友人として好ましく思っているのはわかるけど、恋人としての想いは無いのか?

シリーズ第一巻から、無外流三代の辻平内・喜摩太・平右衛門のように、妻子を持たずに剣の道に精進した剣客たちが、何人も登場している。大治郎もそういう生き方をするのか?それとも、小兵衛のように結婚して家庭を持つのか?

秋山小兵衛の場合、第一巻の嶋岡礼蔵の話から、大治郎の母とは恋愛結婚だったことがわかるが、おはるについては、彼女を妻に迎える前に「手をつけた」という、その「手をつける」っていうのって、どうも対等でない雰囲気がある。まあ、今、おはるが幸せだからいいけれども。

少なくとも、大治郎が三冬に対して「手をつける」ってのは、無理だと思うし、私も、そんな関わり方はしてほしくないわ。これは、結婚前にからだの関係を持つな、という意味ではなくて、それはいいけど、大治郎と三冬の間は、対等であってほしい。

妻子を持たないといっても、女性と関係を持ち、子供まで生まれていながら、全く顧みずに振り捨てて、まるで独身のように剣の道に打ちこむというのは、ただの自分勝手であり、利己主義である。そんなので修行と言えるのか?

それが、第二話『箱根細工』の話である。横川彦五郎は、良い師匠や友や弟子や隣人に恵まれ、礼儀正しく、潔く生きてきた。彼が生ませっぱなしにした息子は、父以外の人から剣を学び、父親に挑んで負けた。

その後の顛末を読むと、あのとき横川彦五郎は、なんとしてでも息子を追いかけてつかまえて鍛え直してやるべきだったのだ、あれは息子の方から父を訪ねてきてくれた、最後の和解のチャンスだったのにと、私は思う。

結局、大治郎が、父子ともども、死に立ち会うことになってしまった。それがせめてもの慰めだったと、横川彦五郎は言う。備前兼光の大刀を大治郎へ、波平安国の脇差を小兵衛へと、形見にする。こののち、小兵衛が波平安国の脇差を遣う話が幾つも語られて、藤原国助の大刀とともに、剣客秋山小兵衛の重要アイテムとなる。

大治郎は箱根細工をおみやげにした。「母上」こと、おはるに。これは、小兵衛とおはるとがいい夫婦になっていることを、認め、喜んでいると伝えるものじゃないかしら。だから、おはるは、涙ぐんだのでしょう。ここに来て大治郎も、小兵衛とおはるのような幸せな家庭を築きたいと思い始めたんじゃなくて?

第三話『夫婦浪人』は、けなげな男の一生の話だ。

>「弥五さん、御助勢」
と、小兵衛が言って助太刀に加わる場面が好きだ。それまでの小兵衛は、「女房浪人」の弥五七が、心変わりした「夫」と愁嘆場を繰り広げるのを、笑ったこともあったし、つきあってみて、彼の一途さに感心するものの、うんざりしたときもあった。だが、しまいに小兵衛は、誠実で勤勉で書と剣に優れた弥五七に、尊敬を抱くようになる。最後に、愛する人に去られ、ただひとりの友へと遺した手紙を、小兵衛が読んでいくときには、私も、じいんとした。

第四話『天魔』では、小兵衛と大治郎とが剣客として認め合う。第五話『約束金二十両』で、大治郎と三冬の仲が進展する。『陽炎の男』でも語られた三冬の妄想が更に過激になり、まことに健康である!そして、大治郎と一緒に老武士平内太兵衛との腕試しに出かけて行くが、ふたりとも、及ばない。上には上がいるものである。その後、太兵衛と小兵衛とが試合をする。小兵衛同様に小柄でやせた太兵衛に、もたれて昼寝する「憎々しいまでに」肥えた大きな赤猫や、何かと太兵衛の世話を焼く「物干しざおのような」小娘おもよが、おかしみとあたたかみをかもしだしている。

不良老人小兵衛は、おもよを鉄鍋で煮た大根みたいに太兵衛に食べさせて、「うまくてうまくて、たまらぬ気もちに」させたいようだが……。

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紙の本陽炎の男 新装版

2011/11/16 13:34

三冬にとっての「陽炎の男」

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『剣客商売一~剣客商売~』が、安永六年(1777年)十二月~安永七年(1778年)梅雨明けの頃、『剣客商売二~辻斬り~』が、安永七年(1778年)文月~安永八年(1779年)如月、そして、本作『剣客商売三~陽炎の男~』が、安永八年(1779年)三月~梅雨明けの頃までの話である。

安永八年二月下旬、将軍徳川家治の長男・家基が急死する。表題作『陽炎の男』は、それから二週間ほどたった、三月中頃に三冬の身に起こった異変を扱ったものである。三月といっても旧暦で、桜も散ってしまったと冒頭に書いてある。

秋山小兵衛は、前作『剣客商売二』で、鐘ヶ淵の隠宅が焼失し、未だ再建ならず、おはるとともに不二楼に寄宿している。相変わらず、いたずら小僧ならぬいたずら爺いで、不二楼の主人所有の、池大雅の絵に執心し、主人の弱みにつけこんで恩を着せて謝礼として手に入れている。このように『剣客商売』では田沼時代の実在の芸術家や作家の作品が短編のモチーフに使われるのも楽しみの一つで、前作『剣客商売二』では、鳥山石燕の〔画図百鬼夜行〕から小雨坊がフィーチャーされ、ために隠宅を焼かれてしまった。

『陽炎の男』で小兵衛は、三冬から異変を知らされると、大治郎に駆けつけるように割り振る。三冬の住む根岸の寮の下僕の嘉助も、そのほうがうれしそうである。だいじなお嬢様の危難に際して小兵衛のような(スケベ)爺いが駆けつけてくるよりも、若くたくましく独身の男性が来る方がいい、と思うのは、家族も同然の老僕の抱く親心というものだ。

家基の急死について、後になって、田沼意次が毒を盛ったなどという噂が流れたが、このときはまだそんな噂はなかった、と池波正太郎は述べている。かえって、意次自身も暗殺される危険があるとみなされて警固が厳しくなり、三冬も田沼邸に泊りこみ、江戸城への往復にも付添い、父を守った。娘ながら三冬、かっこいい。

山本周五郎の『栄花物語』でも、意次の若い側室が、意次を守るため、男装して鷹狩りに随行するくだりがあるが、彼女は武芸の心得が無いため、かえって敵に付け込まれ、意次の立場を困難にしてしまう。ドジ!と思ったものである。

その点、三冬は、『剣客商売一』の第一作『女武芸者』から、颯爽と登場し、強く、勇ましく、しかも……やっぱりドジを踏んで秋山小兵衛に助けられるけど、その御蔭で男性への愛に目覚め、やがて大治郎とも知り合えたのだから、いいとしよう。大治郎のことはまだ、ただの友達としか思っていないけど……。

初めは父意次に反発していた三冬も、小兵衛の御蔭で、だんだんと父を理解するようになり、父を守ることにかけては、ドジを踏まない。りっぱである。

『剣客商売』シリーズでは、三冬のファッションチェックも登場するたびに抜かりなく、季節ごとに、冬は薄紫の小袖と袴に黒縮緬の羽織、または黒の小袖と茶宇縞の袴にむらさき縮緬の頭巾を着用、夏は白麻の小袖に夏袴と、衣更えしているし、足元は冬でも夏でも素足に絹緒の草履である。

そして、本作の、『陽炎の男』では、春らしく、「若草色の小袖」である。髪も、いつもの若衆髷ではなく、

>洗い髪をうしろで束ね、紫の布をもって結んである。いつもよりは女らしい。

「若草色の小袖」も最初は下着も付けずに手を通して帯を巻きつけただけだった。どうしてそうなったかというと、入浴中に曲者が侵入したからで、曲者にとっては、

>全裸の若い女性が悲鳴もあげずに、むしろ、襲いかかるつもりの自分たちを迎え撃つかたちで飛びかかって来ようとは、おもいもかけぬことだったにちがいない。

仮に勇ましい女性が「迎え撃つかたちで飛びかかって」いったとしても三冬でなかったら違う意味だっただろうが、三冬だから文字通りの単純な意味で、曲者を撃退する。かっこいい!

とにかくかっこいい三冬が、この事件で、小兵衛から大治郎に愛の対象が移り、夢に現に妄想も抱くようになる。めでたい。

大治郎もだんだん小兵衛に似て来て、事件のたびに「秋山小太郎」だの「橋場弥七郎」だのと変名を使って潜入し、なかなか、芝居気たっぷりにやってのける。その調子で三冬に対しても、もうちょっと色気を出せ!

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紙の本剣客商売 新装版

2011/11/03 15:43

久米の仙人の「その後」の優雅な生活

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投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る

>「武芸はおこたらずに心がけ、ことに若者たちは別して出精すべきである。その余力をもって遊びごとをするのなら、別にさしとめるにはおよばぬ」

という、田沼意次が遺した家訓をもとに、池波正太郎が創り上げた田沼意次像が、『剣客商売』のバックボーンとなっている。なにしろ、第一作『女武芸者』のヒロインは、意次の妾腹の娘、三冬なのだ。彼女は、剣術の仕合をして勝った人に嫁ぐ、という条件を出している。

私が子供の頃、うちにあった赤穂浪士の講談本の『赤穂義士銘々伝』にも、そんな娘が登場した。彼女は薙刀で自分を打ち負かした男性と結婚し、夫が吉良家への討ち入りを果たした後、出家して貞女の鑑としての人生を全うした、という。

力比べや知恵比べに勝った人に嫁ぐヒロインは、世界中の昔話に存在し、有名どころはオペラ「ニーベルンゲンの歌」や「トゥーランドット」になっている。つまり、『剣客商売』は、人類の想像力の普遍的パターンにのっとって始まっているのである!

さて「女武芸者」の冒頭は、若くたくましい剣士がみそさざいを目で追っている場面である。これがとてもすがすがしい。すてきである。彼のもとに、立派な風采の侍が、ある人物の両腕の骨を折ってもらいたい、と依頼してくる。ここから謎が始まる。そして、青年剣士、秋山大五郎こそ、三冬の夫になるに違いない、と私は読者として当然の期待をするが……物語はそう簡単に昔話風大団円へ向かわない。

60歳間近で20歳になるかならずの女性と結婚するという……秋山小兵衛って、久米の仙人の「その後」みたいな暮らしをしている。これが15歳~18歳ぐらいの娘とそんな仲になったのなら、現代の法律では許されないということを別にしても、まず、全読者から、すけべ爺い、とののしられること必定である。19歳の心身ともに健康でかつ金持ちというほどでもないが経済的にも家族の愛情にも恵まれた家庭の娘が相手だから、おもに男の読者からうらやましがられ、女の読者からも許しを得ているのだ。それだけでも贅沢なのに、小兵衛はそのうえ、三冬からも熱烈な慕情を捧げられるようになってしまう。それは、三冬を打ち負かしたからではなく、三冬の危機を救ったからであった。ここが、昔話的パターンからの分岐点である。

おはるという実質的恋女房のいる小兵衛は、三冬に対して、照れながら祖父のような慈愛を注ぐ。その「照れ」方がまた、まだまだ枯れていないすけべ爺い的な照れ方で、それは男として優しいのかもしれないが、贅沢な爺いだ。

大五郎と三冬とは、知り合った後も、あっさりしていて、さわやかなスポーツ愛好青年男女の友情、といった雰囲気である。

小兵衛はなまえのとおりに小柄で、飄々として身軽に飛び回り、知恵があり、軽妙洒脱で、女性関係と食欲を別にすれば、まさに仙人のように活躍する。近くの川から家の庭まで水を引いてあって自分の持ち舟をおはるに漕がせて出かけて行く姿はとっても江戸的で優雅で機能的ですてきである。

一方、田沼意次もまた小柄とされているが、風采があがらず、威厳をとりつくろおうとせず、気さくな人物とされている。特に、意次毒殺未遂事件では、自分の家の御膳番が実行役にされていたことを知っても、問責も処罰もせず、御膳番の家族にも何も気づかせず不幸にならないように配慮するという、小兵衛も感服するほどの、肝の据わった、度量の大きい人物として描かれている。三冬も、初めは、赤ん坊のときに人手に渡し、十四歳ぐらいになってから正妻の怒りが溶けたからと本宅に戻し、今さらながら父だと名乗りを上げると言う、身勝手さへの反抗もあり、世間の評判どおりの悪徳賄賂政治家として、意次を嫌っていたが、小兵衛との交流が深まるにつれ、父への理解を深めていく。

田沼時代の江戸の風物や情緒もこの小説の楽しみである。よく中洲の料亭が出てくるが、佐藤雅美の小説を読んだ人は知っているが、中洲の歓楽街は田沼時代に繁栄し、田沼失脚後、松平定信によって撤去されるのだ。また、当時の料亭には、隠し部屋があったというのもおもしろい。その機能と目的はまさに現代の監視カメラの江戸時代版である。隠し部屋にひそんで悪者の企みに耳を澄まし悪者の顔を確認するのは、小兵衛の弟子にして四谷の御用聞きの親分弥七である。

『剣客商売』は、テレビで放映されたシリーズもおもしろかったが、小説を読むと、俳優とは違うイメージが湧いてくるので、私は、テレビで見た記憶は消しながら読むようにしている。

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紙の本隠れ簔 新装版

2011/08/31 16:33

武家の苛酷な掟の果てに生まれる人の情

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投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書に収録されている七話の作品は、非常にバラエティに富んでいる。
●小兵衛が殺された愛弟子の敵を討つ【春愁】
●盗人に見込まれ、小兵衛宅に押し入る羽目になった下っ引き傘徳の顛末【徳どん、逃げろ】
●盲目浪人と彼を支える老僧の苛酷な掟と、それによって生まれた奇妙な情【隠れ簑】
●大治郎の道場へ通うこととなった男の秘められた真実と、亡き師にまつわる事件の真相【梅雨の柚の花】
●囲い女が一夜で手を切り、手付け金を手に入れる方法【大江戸ゆばり組】
●孫を誘拐されかかった蝋燭問屋越後屋の秘密【越後屋騒ぎ】
●大身旗本二人の立場をわきまえぬ行動から決められた、高田の馬場での決闘の顛末【決闘・高田の馬場】
 悲しく、楽しく、緊迫しつつも、脱力させられ、とにかく楽しめる。

 その中でも表題作【隠れ簑】は魅力的。
 武家の苛酷な掟に翻弄された盲目浪人と老僧の運命がとても哀れで、しかし、その苛酷な定めの中に生まれた人の情に、人間本来の姿が見いだされ、悲しくも暖かい余韻が残った。

 この物語を気に入った人なら、著者の作品『仇討ち』も、きっと気に入るはず。
 仇を討つまで帰国を許されない武家の苛酷な掟に身を投じる事となった者たちの、非常に人間味に溢れた物語の数々を収録している。

 また、ユーモアとペーソスが盛り込まれた【徳どん、逃げろ】も印象に残る。
 盗人・八郎吾に見込まれ、下っ引・傘徳は、小兵衛宅に押し入る羽目に。しかも傘徳は八郎吾に親しみを覚えてしまった。
 この八郎吾、妙に親しみを覚える人物に描かれていて、傘徳の複雑な気持ちに強く共感できる。なんとかして逃がしてやりたいなぁ、という気になってくる。しかし、その結末は、とても意外だった。

【収録作品】
 春愁、[徳どん、逃げろ]、隠れ簑、梅雨の柚の花、大江戸ゆばり組、越後屋騒ぎ、決闘・高田の馬場。

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紙の本隠れ簔 新装版

2003/07/07 17:24

影法師〈罪ほろぼし〉

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投稿者:流花 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 知らない者は幸せである。病で盲目となりながらも、28年もの間、“我が父の敵”と探し求めていた男。まさにその男が、長年影法師のようにぴったり寄り添い、身の回りの世話をしてくれた老僧だったとは。その老僧の腕の中で、「長い長い間…かたじけない」という言葉を残して死んでいった年老いた武士。その最期は、きっと安らかだったであろう。…「やっと終わった…」敵を討つことはできなかった。だが、長い長い辛苦の旅は終わったのだ。家族も青春もやすらぎも捨て、ひたすら敵を探し求めた歳月。貴重な人生を敵討ちに費やし、気がつけば棒に振っていた…しかし今、解放されたのである。そのことだけを思って、安らかな世界へ旅立って行ったのであろう。
…かたや、自分を敵と狙っている男が盲目となったのを隠れ蓑に、ずっと騙し続けた男。善良な僧を装って…。今、その騙し続けていた相手が亡くなったのだ。やすらぎは訪れただろうか。彼にとって、隠れ蓑生活は人生そのものになっていた。相手の男が亡くなった今、彼の人生も終わった。だが、彼は生きなければならない。今度は自分が騙していた人間の影法師に、ずっとつきまとわれて…。敵討ちは不条理である。追う者も追われる者も、人生をめちゃめちゃにさせられる。だが、その種をまいたのは、他ならぬ自分である。彼は、死ぬまで生きなければならない。それが、罪ほろぼしなのだから。
 「嘘も方便」という。人生において、嘘が必要な場合もある。無益な争いや、無駄な心配をさせずにすむように。『梅雨の柚の花』で、大治郎の道場に新たに弟子入りした笹野新五郎は、田沼意次の側用人生島次郎太夫の子であると知らされていない。生島は、笹野家の子となった新五郎の影となって、気付かぬように新五郎を守り抜くのである。
 騙している人間は、騙されている人間の影になる。影となって、密接にくっつけばくっつくほど、騙している人は苦しい。だが、それはしかたない。騙しているのだから。
 知らない者は幸せである。こんな愛嬌のある幸せ者もいる。傘屋の徳次郎を“筋の通った盗人”と勘違いし、二人で盗めをしようと誘ってきた男。しかも押し入る先が、鐘ヶ淵の小兵衛の隠宅というのだから、笑ってしまう。話に乗った(ふりをする)徳次郎。しかし予想外のことが起こる。「徳どん、逃げろ」。…彼は斬られ、彼の死んだ兄に似た徳次郎の腕の中で息絶えた。昔の女房の話なんかしながら…。

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紙の本待ち伏せ 新装版

2003/07/07 17:16

三冬浪漫〈夫婦〉

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投稿者:流花 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「恋はゲームじゃなく、生きることね」…こんな歌があった。すべてが輝いていた恋の季節を経て、男と女は結婚し、夫婦となる。結婚するということは、「この人と生きる」ということである。喜びも悲しみもともにし、同じ人生を歩む。二人の人生は一つになるのである。大治郎とともに、人生を歩み始めた三冬。そして、二人の人生が一つになった証として、子どもを授かるのである。
 ここに、もう一組の夫婦がいる。佐々木周蔵と、りくである。周蔵は、主人の汚行を一身に引き受け、「敵持ち」として逃げ回る生活を送ってきた。りくも、「敵持ち」という重荷を背負った周蔵とともに、同じ人生を生きてきた。ある日、周蔵と間違えられて大治郎が襲われる。それを知った周蔵は、大治郎に迷惑をかけてはいけないと、わざと討たれるのである。討たれた直後、大治郎に発見され、無言の帰宅をする。こうなることを覚悟していたりくは、動転するどころか、血に汚れた大治郎を気遣い、着替えや風呂を用意するという気丈さをみせる。しかし、大治郎にすべてを語り、大治郎が周蔵宅をあとにすると、りくは号泣するのである。外にも聞こえるくらいの大きな声で。敵持ちということは、いつか討たれる日が来るということである。しかも、主人の身代わりにである。こんな理不尽な処遇に甘んじながらも、周蔵とりくは、一つの人生を生きてきたのである。支え、支えられながら、二人で生きてきた人生は、ある意味、幸せだったのではないだろうか。いつかこんな日が来ることはわかっていた。だが、夫の死が現実のものとなり、夫に与えられた運命を思ったとき、夫があまりにも哀れに思えてならなかったのであろう。そして、このようなかたちで自分たち夫婦を分かつ、武士の世界の理不尽さを思うと、切なくて、切なくて…。その切なさを、どこにぶつけたらよいのか…。りくの涙は、堰を切ったようにあふれてくるのである。
 もう、恋の季節は終わった、大治郎と三冬。夫婦となったからには、どんなことがあろうと、これからは二人で世の中の荒波を渡っていかなければならない。そんな二人に、あまりにも悲愴な夫婦の人生を見せてくれた、佐々木周蔵・りく夫妻。
 『冬木立』の中で、小兵衛がこう言う。「初めての男に、おのが躰へきざみつけられた刻印は、おきみにとって、よほど深かったに相違ない」。三冬は顔を赤らめ、うつむいてしまう。大治郎は傍を向いて、咳払いをする。溜め息を洩らして立ち去った小兵衛を見送る大治郎と三冬は、声もなく顔を見合わせた。…「私には、三冬しかいない」。「私には、大治郎さましかいない」。…「この人と生きる」。夫婦とは、理屈を超えた深いもので結ばれているのだ。
 しかし、しかしですよ、大治郎さま。三冬さまは懐妊したことを、一番最初に大治郎さまに言いたかったと思いますよ。というか、私たち読者も、その時大治郎さまがなんて言うか、聞きたかったですよ! 大治郎さまって、こういう時、いっつもタイミングが悪いんだから!!

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紙の本新妻 新装版

2003/06/22 22:12

三冬浪漫〈大治郎さま!〉

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

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 とうとう来てしまった! 三冬ファンなら、誰もが夢見ていたであろう、その日が。そう、三冬が大治郎の妻となる日が。
 しかし、ただでは妻とならせないところが、心憎いではないか。“三冬さま危機一髪”のところを救い出す…そんな演出があってこそ、妻となる喜びも大きいのである。やはり“大治郎さま”は、助けに来てくれるのである。そればかりか、“大治郎さま”の苦悩も、見事に描かれていて、「三冬うれしい」!
「三冬どのは、練香の在処を曲者どもに洩らすまい。そうなれば、どのような拷問に合うやも知れぬ。それが…それをおもうと、私は…」(絶句)
「そんな悠長なまねをしていて、どうなる。三冬どのは、どうなる!!」
「長次。たのみがある。秋山大治郎が一生一度のたのみだ。聞いてくれるか…」
(三冬どのは、もはや、この世の人ではないのではないか…?)
 堅物で、不器用で、三冬への気持ちなど、とうてい口に出すことなどできない大治郎だが、『品川お匙屋敷』では、ここぞとばかりに、大治郎の気持ちが噴出されている。この救出劇を受けて、田沼意次が、「三冬めを、妻に迎えていただけぬか。」と申し出るのである。…でも、三冬ファンとしては、ちょっと物足りない。聞きたかったなぁ。そう、大治郎さまのプロポーズの言葉。…池波正太郎さん、そんな構想はなかったの?
 機は熟していたのかもしれないが、何かあっけない感じは否めない。だが、池波正太郎さんは、ちゃんとフォローしている。次の話、『川越中納言』の中で、小兵衛に、こう言わしめている。「…三冬どのが他の女性より特に優れていると申すのではない。ただ、大治郎にとって、かほどに似合いの妻を得たことが仕合わせと申したのじゃ。」…とは言っても、新婚早々、大治郎を旅に出すのは、ちょっと意地悪ではないか。その旅先で知り合った、大治郎と同姓同名の男の妻が、まさに本書の表題作の『新妻』なのであるが…。『「秋山殿の新妻が、夫をはげまして自害したことを聞かなんだら、私は、秋山殿を助けたかどうか…?」「大治郎さま…」「何です?」「その、おこころが、三冬うれしい」膳を押しのけるようにして、三冬が大治郎の胸にすがりつき、「ようなされました」「む…」…三冬を抱きしめた大治郎が…』ちゃんと新婚ムードは用意してあります。…三冬さま、やっぱり夫婦は、いつも一緒でなくてはいけませんよね。いつもそばにいるからこそ、生きているからこそ、励ますことができるのですよね。

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紙の本剣客商売 新装版

2003/06/15 13:05

三冬浪漫〈幻影〉

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

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 「女武芸者」。この、男臭さがぷんぷん漂う『剣客商売』という本のイメージからは、一見無縁のように見え、しょせん殿方はクノイチがお好みなのねと感じさせる題名のついた話が、本書の第一話である。
 “女武芸者”佐々木三冬。十九歳。かの老中田沼意次の妾腹の娘である。他家に養女に出されていたのだが、十四歳の時に田沼家へ引き取られた。しかし、賄賂の横行する政事の渦中にいる田沼の威勢を汚らしく思う三冬は、田沼のもとに寄りつこうともせず、七歳のときから習い始めた剣術に一層のめり込み、男装をも始める。そして、井関道場の四天王と称されるほどの“女武芸者”となる。
 『髪は若衆髷にぬれぬれとゆいあげ、すらりと引き締まった肉体を薄むらさきの小袖と袴につつみ…さわやかな五体のうごきは、どう見ても男のものといってよいが、それでいて、「えもいわれぬ……」優美さがにおいたつのは、やはり、三冬が十九の処女だからであろう。』三冬は、本書『剣客商売』第一話「女武芸者」の中に、こう描写されている。
 時は、安永六年(1777年)。ここで、ふと、ある幻影が頭をよぎる。江戸から何千里も離れた異国の地で、ブロンドの髪をひるがえし、軍服に身を包み、革命の渦中に身を投じていった、あの“男装の麗人”オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。そう、あの『ベルサイユのばら』の主人公である。奇しくも、三冬とオスカルは、洋の東西こそ違え、同時代を生きた“女武芸者”だったのである。
 現代なら宝塚のスターに憧れるように、少女は、“男装の麗人”に憧れてしまうものである。そう、三冬も、オスカルも、少女から慕われる。しかし、興味深いのは、この二人の《“男装の麗人”にして“女武芸者”に心を奪われる男》の存在である。そう、それは、オスカルにとってアンドレであり、三冬にとっては言うまでもなく……。また、この二人の男性というのが、なんと似ていることか。無口で、控えめで、堅物で…。そしていずれ、オスカルも三冬も、この男たちに惹かれていくのである。
 時はあたかも、賄賂が横行し世に悪政といわれる田沼の時代。そしてかたや、王制の崩れさろうとする、フランス革命前夜。洋の東西こそ違え、奇しくも同時代に、“女武芸者”として生きた二人が、どんな男性と出会い、どんな恋をし、どんな運命をたどるか。そんなことに思いを馳せるのは、あまりにも少女趣味であろうか。
 この『剣客商売』シリーズのトップを飾って登場した“女武芸者”佐々木三冬。ここに、作者池波正太郎さんの隠された思いがあるのではないか。剣の道を探りながら、人の道を辿る。そんな剣客の一人として、この“女武芸者”の辿った道が、私たち読者に教えてくれるのではないか。女の幸せとは何かを。

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