物書同心居眠り紋蔵 みんなのレビュー
- 佐藤 雅美
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四両二分の女
2010/01/09 19:06
物書同心にもかかわらず事件を解決する紋蔵の行動が、窓際から解放する
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
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居眠り紋蔵シリーズ第六弾。
本書の最後の最後で、「物書同心居眠り紋蔵」というタイトルにも影響するような紋蔵の環境が一変する事が起きる。
それは本書を読んでからのお楽しみ。
この第六弾では、紋蔵の公儀に対する真面目さが描かれている。
『四両二分の女』や『銀一枚』で、犯罪によって得られた金を町奉行が掠め取るような事が起こる。
それに対して紋蔵は、上司の沢田六平に厳しく意見し、民意を計ろうと画策する場面が出てくる。
紋蔵の義憤と民意・公意が一致するかどうかが見物。
また本書で、紋蔵や金吾たちがほとんど登場しない『猫ばば男の報復』という作品がある。
事件の当事者たちだけで物語が進み、紋蔵と金吾は脇役的立場で、その事件を噂話のように話す程度なので、外伝のような印象を受ける。
『腐儒者大東桃昏(ふじゅしゃおおひがしとうこん)』では、聖人のように思われていた大東桃昏の変わり身が面白い。
『湯島天神一の富』は、一の富(宝くじ)を引き当てた娘と、それに群がる人々や思い違いによって起こる事件を描いている。
『名誉回復の恩賞』では、先に述べた紋蔵の環境が一変する事が起きる。
タイトルから良い事なのが、なんとなく推測できる。
紋蔵の環境が一変したあと、第七弾「白い息」での活躍が楽しみだ。
老博奕打ち
2010/01/09 19:05
居眠り紋蔵の特殊能力が事件を解決し、周囲がその力を当てにする
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居眠り紋蔵シリーズ第五弾。
全8話からなり、今回はシリーズを通している時間の流れの中での変化は殆どないので、各話完結の短編色が強い。
そして紋蔵の特殊能力?が、登場人物たちに認知されつつある雰囲気ができあがってきている。
『老博奕打ち』で定廻りの大竹金吾が
『紋蔵さんは見当違いなことをやっていながら、意外や意外、犯人を捜し当てたり、事件の真相を探し当てたりと、不思議な力を持ち合わせている』
と言いい、『烈女お久万』では江戸の演劇界を背後で牛耳る不動岩の話しとして、人宿を営む捨吉が
『不動岩は安藤覚左衛門さんから、居眠り紋蔵は厄介な事件を解決できるなにか異様な能力を持っている、とかねて聞かされていたそうなんです』
と、上司の安藤覚左衛門にはじまり、大竹金吾、不動岩、捨吉たちが、紋蔵の能力に気づき始めている。
読んでいる方でも、今回も見当違いに動いて事件を解決してしまうのか、難題を解決してしまうのか、と紋蔵の不思議な能力を期待しつつ、読み進めていることに気づく。
当人はそういう能力を知ってか知らずか、好奇心だけで事件を嗅ぎ回ったりして問題が解決してしまうから、また面白い。
このシリーズは、所かまわず眠ってしまう奇病以外、主人公に目立った特徴もないのに、読み始めると、すぐに紋蔵ワールドが頭の中に広がり、その世界に吸い込まれてしまう不思議な魅力を持った作品だと思う。
やっぱり紋蔵を取り巻く、特徴のある脇役の人物たちが、この世界を作っているんだろう。
お尋者
2010/01/08 19:05
紋蔵と脇役たちの漫才のような絡み合いが魅力
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居眠り紋蔵シリーズの第四弾。
居眠り紋蔵シリーズの第三弾「密約 - 物書同心居眠り紋蔵 -」では、ラストで紋蔵の父が死んだことの真相が明らかになり、紋蔵の苦悩とともに今までの紋蔵シリーズ最大の余韻に包まれながら終わった。
第四弾でも何かしらの続きがあるかなと期待していたが、あれはあれで終わった話だったようだ。
『安覚さん』や『奉行所』に借りを作ったという説明が出る程度だったので、少々拍子抜けした。
とはいうものの、相変わらず内容は面白く、関係なさそうな二つの話が交差して事件の解決に至ったり、以前の話で紋蔵家の一員となった『文吉』が活躍する物語ありで、ホームドラマ的な暖かさとミステリー的な推理を楽しませる内容となっている。
今回は作中に『お尋ね者』の語源になっている理由が書かれており、なるほどと勉強になった。
居眠り紋蔵シリーズが面白い理由の一つに、登場する脇役のキャラクターもしっかりと活躍していることだと思う。
特に定廻りの大竹金吾は本書でも活躍し、紋蔵との絡みも漫才を見ているようで面白い。
密約
2010/01/08 19:03
父の死に関わる密約が紋蔵の胸にもの悲しく迫る
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居眠り紋蔵シリーズ第三弾。
紋蔵の元に持ち込まれた本業とは違う依頼や問題を、紋蔵が直接解決したり、紋蔵が動くことによって結果的に解決したりなど、各話でそれぞれ読みごたえがある。
そして、この第三弾で新たな展開を見せる。
ある事件を追って知り合った島帰りの男から、紋蔵の父を知っていると聞かされる。
その男は、島で一緒になった浪人に、定廻りだった藤木紋蔵(現紋蔵の父)に世話になったと話すと、その浪人は『さるところの用心棒仲間が付け狙っているようだった』と言っていたと、紋蔵に話す。
今まで紋蔵の父は不慮の死となっていたが、ここで初めて、紋蔵の父が何者かに殺され、下手人も上がらなかったという展開がある。
各話の事件を追っている内に、父の死に関係している事柄がチラホラと現れ始め、やがて紋蔵は何者かに吹き矢で狙われてしまう。
そして紋蔵は一月の休暇を取り、父の死を追い始める。
読み終えたときは、う~んと唸りそうになったほどの展開を見せ、本書タイトルである「密約」の重みが増してくる。
今回は特に以前の事件で知り合った人間が他の話でも登場しながら重要な役割をし、話の面白みがより増している。
そして『居眠り』と何かと侮られがちな紋蔵の、定廻りだった父の血を引いてか、父の真相を突き止める手腕も見所。
ラストはちょっと切ない。
物書同心居眠り紋蔵
2010/01/07 19:00
所かまわず居眠りをする奇病を持つ主人公が活躍するホームドラマ的時代小説
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居眠り紋蔵シリーズ第一弾。
表紙のユニークなイラストに惹かれて購入した。
一話完結の話が8話収載されているが、共通して進む時間の流れと出来事がある連作短編小説。
主人公の藤木紋蔵は所かまわず居眠りをしてしまうという奇病の持ち主ゆえに、物書同心以外の役に就かせてもらえない。
そんな居眠り紋蔵が、奉行内に持ち込まれる問題や、周囲に起こる問題を解決したり、巻き込まれたり、丸く収めたり、というストーリー。
捕物帖的なものが話の芯となっているが、紋蔵と彼を取り巻く人物達が頼み事をしたりされたりという交流が、この小説の面白さとほのぼのとした雰囲気を作り出している。
特徴的なのが、事件の解決がどことなく尻切れトンボのような印象を受けること。
あれ、これで終わり?という感じ。
しかし、それはミステリーやサスペンスものを読んでいるクセからくる物足りなさ。
この作品の良いところは、問題を白黒はっきり付けず、みんなが幸せになるような裁き(灰色)にしているところで、そこに人の温かさが感じられるのである。
最初にこの特徴に物足りなさを感じてしまったが、まったく関係ない二つの出来事が次第に絡み合いだして、事件の解決に向かっていく様子や、物語の世界に漂うほのぼのとした雰囲気にハマってしまった。
一心斎不覚の筆禍
2012/02/14 18:44
文吉と勘太が藤木家に帰ってきた。跡継ぎの心配はなくなったものの、紋蔵には新たな悩みが。
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物書同心居眠り紋蔵シリーズ第九弾。
相変わらず、江戸社会を知る楽しみと暖かな人間関係が心地よい。
さまざまな難題や事件が意外なところから解決する魅力や、御定書を材にした物語の生々しい時代感はいつもの通り。
そして今作では、かつて藤木家の養子となっていた文吉と勘太が帰ってきて、面白さは倍増している。
上の兄姉は養子や嫁に行き、藤木家に残るのは、十二の妙ひとりだった。
紋蔵や妻の里は、継ぐのも継がないのも妙次第とは言うものの、新妻と婿の事件があって、婿を迎えるなら慎重にならざるを得ない。
そこへ文吉と勘太が帰ってきて、跡継ぎの心配はなくなった。
ところが、二人の通う手習い塾のごたごたが起きて、紋蔵の悩みは増すばかり。
そんな子供たちの問題と絡み合いながら進んでいく物語は八話。
【女心と妙の決心】
新妻の複雑な女心を甘く見て痛い目にあった婿の顛末。
婿の顔が嫌だからと家を飛び出しておきながら、放って置かれると気にくわないという理不尽な女心。
理はこちらにあると思っていると痛い目に遭うという、男には悩ましい題材。
【江戸相撲八百長崩れ殺し一件】
三場所連続優勝と三十連勝が期待される羽黒嶽を破った浜錦の死の真相。
八百長相撲と浜錦の死の真相に驚かされるが、辞めてくれ戻ってきてくれと身勝手な手習い塾のお師匠さんには驚かされる。
相変わらず文吉や勘太には辛い試練ではあるものの、けっこう人気があるのが救いだ。
【御奉行御手柄の鼻息】
町方の捕らえた掏摸を、加役(火盗改)が横取りしたことから始まったごたごたの顛末。
鬼平のイメージもあって火盗改は凄腕警察部隊という印象だが、実際の火盗改の内証は火の車で……。
【文吉の初恋】
十一にして女より義を貫いた文吉の苦い初恋を描いた作品。
二人の将来を想像させる結末が良かった。
武州へ行くこととなったちよ。手紙を無視した文吉を怒っている。
ちよは、見送りの文吉に板橋までついてこいと無言で首を振る。
板橋に着いて文吉の帰り際、それまで文吉を無視していたちよは、目に涙を浮かべていった。
「(手紙の)返事を寄越すだけじゃ駄目よ。迎えにくるのよ」
何年も先のことで、互いの状況も大きく変わっているはず。それでも文吉ははっきりいった。
「必ず迎えにいく」
【天網恢々疎にして漏らさず】
天網恢々疎にして漏らさずを地でいってしまった悪人の話。
せっかく一度は天の法の網を抜けたのに、ごたごたを起こしたばっかりに……。
【一心斎不覚の筆禍】
講釈師・風流軒一心斎が『戦国乱世美談の真贋』なる正鵠を射た書本を書いたために招いた筆禍。
たとえ正鵠を射た本当のことでも、それによって人の心が傷つけば、その気持ちも本当のこと。
論理的に正しければ、すべてにおいて正しいとは限らない。
【糞尿ばらまき一件始末】
小間物屋の店先にばらまかれた糞尿と冤罪の始末を描いた作品。
糞尿ばらまき一件の顛末だけでなく、ライバル店に奉公に出された小僧失踪の顛末を見ると、人の欲や妬みはあらためて怖いと思う。
【十四の娘を救ったお化け】
ろくでなしの父に遊女奉公へと売られそうになった娘を救ったものとは。
それにしても、『生活レベルの低い者が養女を遊女奉公に出しても、実家からの奉公中止の訴えは取り上げない』という細かいことまで御定書にあるのには驚いた。
ちよの負けん気、実の父親
2011/06/03 10:51
ほんものの親、にせものの親
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あの変わり者の金右衛門とその娘のちよがレギュラー化して、うれしい限りである。紋蔵や大竹金吾が取り組む事件が、ちよや、金右衛門の妻となったくめの、なにげない情報提供で解決に導かれることもある。あの紋蔵の不倶戴天の敵黒川静右衛門が再登場する『中秋の名月、不忍池池畔の怪』以外は、すべて、実の親や養親と、子との、ほんものの愛情やにせものの愛情の物語、である。一つのテーマで貫かれているおかげか、これまでの居眠り紋蔵シリーズのなかでも、一、二を争うおもしろさである。
最初の『真冬の海に舞う品川の食売り女』に出てくる、食売り女が客の悪口を言い合っていたら、全部、こっそり隠れた当の客に聞かれていた、という話は、どこかで聞いたことがあるな、と思って調べたら、只野真葛著『むかしばなし』に載っている話だった。それと、居眠り紋蔵シリーズ他佐藤雅美作品でよく紹介される江戸時代の法律のひとつに、養親が養女を売り飛ばし、実親がそれを知って養親を訴えても、養親は罪にならない、というのがある。その制度とからめて、『むかしばなし』の話をうまく取り入れているが、それが悲しい結末につながってしまう。
紋蔵の末娘の妙の三味線のおさらい会で、みわという少女が新たに登場する。みんなが晴着を着てくるおさらい会につぎはぎだらけの着物で出ざるを得ないほどの貧しい少女だが、三味線の腕は、天下一品、満場の拍手で、現代で言えばスタンディングオーベイションというところ。彼女は生まれ落ちたときから捨て子にされたり何度も劇的でかわいそうな運命に見舞われるが、金右衛門が金主となっている観潮亭で三味線を弾いてお金を稼げるようになり、単におとなの都合で翻弄されるだけでなく、自分の意志を貫ける足場を獲得するところがすばらしい。みわが観潮亭のスターになると、ちよが負けん気を出して、三味線ではかなわないから踊りで、とがんばり、ちよもまたスターとなる。三味線で身を立てることを第一に考えていて、進んで引き立て役を引き受けるみわと、スターになりたいちよとは、いいコンビになる。みわはしっかりしているけど、ちよは夢見る少女なところが危なっかしい。そう、そこをつけこまれる。それも、なんと、実の親に……。
少女なら誰でもシンデレラ願望がある……かどうかは知らないが、私も覚えがある。しかも、身近に実例が現れたら、なお一層、願望は強くなる。だけどそこに、実の親が付け込むなんて。最後に収録されている『ちよの負けん気、実の父親』で、ちよは、いい勉強ができたんだな、と思った。ほっとしたよ。
四両二分の女
2011/03/05 18:07
ちょっとどころか、かなり骨のある小役人
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
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前々作『お尋者』の巻頭、『まあ聞け、雛太夫』の雛太夫が、再度、『四両二分の女』の巻頭『男運』に登場。彼女は、自分に親切にしてくれた男が、立場変わって自分を頼ってくると、恩返しとばかりに世話をするうちに男女の仲になる、というパターンを、懲りずに繰り返している。そしてまた、悲恋に終わる。そしてまた、娘浄瑠璃としての名を挙げる。最初は、雛太夫の家にどかどかと踏み込んでいく、どあつかましい女どもに腹を立てながら読んでいたが、彼女たちが雛太夫の近所に住んでいたのも、全くの偶然というわけではなかったのだとわかったときは、捕物帳的おもしろさがあった。
居眠り紋蔵が、小笹の七蔵の話をじっくりと聴くことができて、よかった。ほんとうに雛太夫のことを大切に思っている、いい男だなあ、と思う。
雛太夫の恋をつぶした、夫婦者のいやらしさ、あつかましさは、前作『老博奕打ち』収録の『伝六と鰻切手』の伝六に通ずるものがある。同じような、長屋の住民の欲深で自分勝手な例は、『腐儒者大東桃昏』と『湯島天神一の富』でも繰り広げられる。どちらも、子供がおとなの身勝手さと欲ボケの犠牲にされそうになるが、対照的に子供に親切な人物として、儒者と、手習塾の師匠が登場する。儒者大東桃昏も、手習い塾の師匠勝馬龍水も、人から褒められようとけなされようと気にせず、自分の意思や主義を通し、損得抜きで行動し、しかも、ユーモアがある。世間にはくだらない儒者も多いことも解説されているので、余計に、彼らのさわやかさと痛快さが目立つ。
今回は、また、紋蔵が、いつもの沢田六平や安藤覚左衛門はもちろん、他の与力たちからも、無理難題を押し付けられる話が多い。それを紋蔵は、渋りながらも解決していくのだが、紋蔵の正義感が上司との対立を生むときもある。『四両二分の女』では紋蔵が内部告発をして世論に訴えるのだが、世間は紋蔵の意に反して、奉行所への批判よりも、興味本位な俗情に流された反応を示す。そのせいで、「四両二分」とされた女に悲劇が訪れる。これは、紋蔵にとっても、そして、紋蔵の意見を無視した奉行所の上層部にとっても、痛い出来事であった。最後に、将軍まで登場して、親を亡くした幼い子供に温情を施し、沢田六平や安藤覚左衛門も、紋蔵も、寸志を添える。人情味のある結末ではあるが、死んでしまった人は帰ってこないし、現代の世相にも通じる、やりきれなく、おそろしく、なさけない話である。
剣は達者な紋蔵だが、それでも、昼日中、往来で、わざと地廻りの親分に喧嘩を吹っかけると、これが予期に反して腕が立ち、内心、しまった、と思う話がおもしろい。そこへ仲裁に入る火消しの親分がかっこいい。この騒ぎは、ある与力が公正な裁判をおこなうために紋蔵に頼んで仕掛けた、苦肉の策なのだったが、居眠り物書同心がどうしてこんな目に遭わなければならないのか、紋蔵でなくても理解に苦しむところだ。
やはり、ほんとうは定廻りになりたい、という紋蔵の願望が全身からにじみでていて、いろいろな事件や難題を吸い寄せてしまうのだろう。定廻りの大竹金吾はそのあたりを見抜いており、しばしば、紋蔵をからかう。
『名誉回復の恩賞』は、役所と一部業者との癒着を、ふだんの紋蔵なら目を瞑っているのだが、義父の友人が嫌がらせにもめげずに商人としての意地を通したのを見て、彼の味方につき、そのために、役所の内外で悪評を流される。これまでにも、紋蔵のしたことが、何も悪いことではないのに、非難されることはあったが、今回は、寺社奉行所の役人や、将軍家とも天皇ともゆかりのある寺の坊主たちから、南町奉行所にクレームがつき、事態は紛糾する。それでも頑として筋を通し続ける紋蔵は、肝が据わっている。小役人ながら、ちょっと、いや、かなり骨がある。
そして、やはり、物事には裏があった。それに、いつもいつも紋蔵を怒っている沢田六平や安藤覚左衛門も、ほんとうは紋蔵の能力を認めていた。その御蔭で、最後には、名誉回復の恩賞として、いつもいつも紋蔵の全身からにじみ出ていた、定廻りになりたいビームが、うれし涙のオーロラに……!
ところで、佐藤雅美の小説では、江戸時代のいろいろな制度や慣習がわかって勉強になるのだが、吉原以外の場所で売春をしているのが摘発されると、吉原に送られてただ働きさせられる、という決まりは、文政年間のこの頃まで、実際に施行されたことがなかった、というのは、驚きだった。なぜ実施されなかったか、というのは、紋蔵による説明を読めばなるほどと納得がいき、そんなのをよくもたとえば水野忠邦なんぞは天保の改革でびしびし実施させたもんだなあ、と思うのだが、それはそれとして、宇江佐真理の『髪結い伊三次捕物余話』にも、その制度が実施され、痛ましい境遇の少女がまきこまれる話がある。『雨を見たか』収録の『のうぜんかずらの花咲けば』である。
私は、佐藤雅美の南町奉行所の同心の居眠り紋蔵シリーズは文政年間の話で、宇江佐真理の北町奉行所の同心の小者の髪結い伊三次シリーズは文化年間の話だと思っていた。だが、まあ、近い時代ではあるし、あまり厳密に追及する必要もない。
向井帯刀の発心
2010/03/11 19:19
巧みな構成と展開、登場人物たちと織りなすホームドラマ的暖かさが魅力の作品
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
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居眠り紋蔵シリーズ第八弾。
居眠り紋蔵の魅力が帰ってきた。
前シリーズ七弾「白い息」では、念願の定廻りとなった藤木紋蔵が活躍した。
しかし、捕物的色合いが強くなり、紋蔵シリーズの魅力であった、紋蔵を取り巻く人物達との交流が魅力のホームドラマ的な要素が少なくなって、面白みが薄くなってしまった印象だった。
紋蔵が再び例繰方に戻った本作品では、彼を取り巻く難解な事件や、ユニークなキャラクター達との交流など、すべてがパワーアップしたように感じた。
五人一組の物書同心の一人、例繰方の藤木紋蔵は、訴訟や判決を下す吟味方与力の側で書記を行ったり、古帳を繰って判決の先例を探しだし、難しい判決の判断材料を見つけるのを勤めとしている。
どこでも居眠りするという奇病を持つ紋蔵は、外へ出すと世間に恥をさらすというので定廻りだった父のあとを継げず、例繰方に押し込められて三十年、役替もなく四十を越した中年である。
第三弾「密約」では、紋蔵があることをきっかけに、父譲りの手腕で父の死の謎に迫り、父を殺したのは一橋家の家老だということを究明。
ところが父殺害に関わる五千両猫ばば事件は、一橋家の殿や公方様にまで累が及ぶというので、一橋家と南の与力が取引をして事件をうやむやにしていた。
紋蔵は、同心を辞めてでも父の敵を討つもりだったが、家族を思い諦めるしかなかった。
第六弾「四両二分の女」では、ある事件で上役の意地の張り合いから、紋蔵の名誉に傷が付いた。
その名誉回復と、以前定廻りをちらつかせてやらせた仕事の件もあって、紋蔵は晴れて定廻りとなった。
前作第七弾「白い息」では、数々の難事件を父譲りの手腕で解決、付け届けの増加で実入りも大きくなり順風満帆の紋蔵。
しかし人生はうまく行かないようで、古帳から先例を繰ること三十年、古帳の生き字引的存在だった紋蔵が抜けた例繰方は、すったもんだしたあげく、失態を侵すところだった。
やはり例繰方には藤木が必要、補強のため左遷ではない、ということで紋蔵は例繰り方に戻ることになった。
本作品で再び例繰方に戻された紋蔵は、年度別に平積みされている書類の、事項別索引を作ろうと決意した。
ところが、『例繰方が手薄だ。支障が生じる。たのむ』と無理をいって戻させた年番与力で筆頭与力の安藤覚左衛門や、同じく年番与力で次席の沢田六平だったが、難題が持ち上がると、頭は紋蔵にいきつく。
結局、物語の初めから、例繰方の仕事があるにもかかわらず、以前のように関係のない仕事を押しつけられる紋蔵がいる。
紋蔵としてはやるせないが、読者にとっては大喜び。以前の濃密な物語が戻ってきたのだから。
藤木家には、妻里、長男紋太郎、次男紋次郎、長女稲、次女麦、三女妙、そして島流しになった旗本用人の子で我が子同様に育てている十一の文吉がいる。紋太郎はすでに養子へ行き、稲も嫁いでいる。
本作品では、請われて養子へ出した次男紋次郎、侠客・不動岩の伜の世話になるといって家を出ていった文吉、茶問屋を営む義父夫婦への次女麦の養子縁組など、紋蔵の跡取り問題に悩む様子が描かれている。
さらに、その家を出ていった子供達がきっかけで紋蔵の元に降りかかる難題や、勤めで命じられる難題が、それぞれ複雑に絡み合い物語が展開していく。
【沽券に関わる】ほど重要な、土地や家屋などの売り渡しの証文である沽券を使った詐欺事件と、紋次郎を養子に請い請われる様子を描いた『歩行新宿旅籠屋』
不動岩の元へ去っていった文吉を諦めきれない紋蔵と、偽金の入った五十両の包みを受け取ってしまい悩む不動岩を描いた『逃げる文吉』
火付盗賊改だった矢野彦五郎と、老中松平周防守の意地の張り合で泥沼化した相撲取りの銀購入問題と、吟味方与力・黒川静右衛門の息子惣太郎の紋次郎いじめに端を発した、紋蔵と静右衛門の確執を描いた『黒川静右衛門の報復』
有能優秀で次期筆頭と目されるが、人物に難のある黒川静右衛門が起こす騒ぎと、沈静化していた紋蔵との確執が再び再燃する『韓信のまたくぐり』
雷鳴に驚いた馬が、古道具屋に飛び込んでしまったことから明らかになる旗本向井帯刀の過去、養い親と貰い子勘太の不和事件、紋蔵のある行動から罪を徹底追及する黒川静右衛門とその結末を描いた『旗本向井帯刀の発心』
など、どれも初めはまったく関係ない事件や問題が、やがて絡み合いだし、最後には一つになる様子は爽快。
特に『旗本向井帯刀の発心』の複雑だが巧みな構成と展開は、天敵・黒川静右衛門との決着を絶妙に絡めており、紋蔵シリーズの中で最高の作品となっている。
読み終えると、巧みな構成と展開による満足感と、もっと読みたいという渇望感に襲われる居眠り紋蔵シリーズは、中毒性があるに違いない。
隼小僧異聞
2010/01/07 19:01
掛け合いと合いの手のセリフと人間くさい登場人物たちが魅力のほのぼの時代小説
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
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居眠り紋蔵シリーズ第二弾。
この作品の主人公は、居眠りという奇病を持ち、バリバリ働いて貢献している分けでもない。
しかし解説でも述べられているが、いわゆるヒーローではなく窓際同心だからこそ面白いのだと思った。
彼の醸し出すほのぼのとした雰囲気がたまらない。
本書に収録されている8話の物語の事件は、どちらかというと紋蔵の温情による解決が多く、四角四面に白黒つけるといったものではない。
それが他の時代小説とは違う、居眠り紋蔵シリーズの見所だといっていいかもしれない。
またこの小説で気に入っている部分に、掛け合いのようなセリフと、その間に入る『合いの手』のようなセリフがあるが、これが小気味いい。
「物書同心居眠り紋蔵」は池波正太郎や藤沢周平が描く世界とは違った色を放ち、それは何だろうかと考えていたら、登場人物達が妙に人間くさいということに気付いた。
人間くさく、より身近に感じられる登場人物達という感じか。
そう思いながら解説を読んでいると、まさに求めていたような言葉を見つけた。
『ホームドラマ的時代劇』
自分が感じていた感覚とピッタリだ。
ちなみに解説では、『「物書同心居眠り紋蔵」が人気となったのも、バブル崩壊後、ヒーローものでは茶の間との温度差が生じ、「ホームドラマ的時代劇」の方がより身近に感じられるからだ』と述べている。
この作品の良さを知ってもらうには読んでもらうしか方法はない。
隼小僧異聞
2011/06/25 10:11
さえない中年男の矜持とは
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
胸が塞がるようなかわいそうな話が二つある。『落ちた玉いくつゥ』と『隼小僧異聞』で、どちらも、両親を亡くした少年少女が、不運と不幸が重なり、犯罪を引き起こすに至る。居眠り紋蔵は、彼らを救うために奔走したのに、力及ばなかった。少年や少女を不幸に陥れる周囲の悪人や、悪人とまでは言えないが、不親切な人々に対して、怒りがこみあげる。
『落ちた玉いくつゥ』に登場するお喜代の話は、ちょっと、佐伯泰英の『鎌倉河岸捕物控』シリーズの第一作『橘花の仇』のしほの場合と似ている。仇と言ってもいい男が、お喜代にセクシャルハラスメントをする。紋蔵はわざとその男を挑発し、奉行所が捜査に乗り出してお喜代がだましとられた財産を取り返せるようにしようとしたのだが……。
お喜代にも、『鎌倉河岸捕物控』シリーズのような、親友たち、そのうちのひとりは後に夫になるが、彼らのような存在があれば良かったのに。
『隼小僧異聞』の文吉は、幼馴染とその母親が、とんでもない連中で、文吉を頼り、利用し、金をだましとり、泣き落として犯罪を行わせる。ちょうど『鎌倉河岸捕物控』シリーズの反対を行くような話だ。
同じ文吉というなまえの別の少年が、『物書き同心居眠り紋蔵』シリーズの次の作『密約』に登場し、その後ずっと重要な脇役としてシリーズを盛り上げ続けるのだが、この『隼小僧異聞』の文吉があまりにも不運なので、作者も救いを入れたくなって、もう少し幼い少年にして再登場させたのかもしれない。
他の作品は、紋蔵の心の暖かさが実を結び、ユーモアもあって、楽しめる話になっている。さえない中年男のはずの紋蔵が、いざとなると武芸の腕が立って、しかも、事を荒立てず、円満に解決する。母親の間男だ、と勘違いして刀を抜いて斬りかかってきた相手をとっさに受け止めるだけでなく、事を外に漏らすなと、その家の女中に言うところが、かっこいい。
紋蔵は、組織の歯車として忍従の日々を送り、スカッとしたかっこよさと対極にあるように見えて、なかなかどうして、しぶとく、したたかに、生き抜いている。成長して家を出て行く娘も息子も、幸福をつかんでいる。父親としては満点以上じゃないかと思うほどだ。
一見、ぼんやりした金持ちのぼんぼんだと思った少年が、とても心が優しく、年老いて病に伏せる乳母に「孝行」を尽くす話も、良かった。紋蔵にも人並に出世したい、お金をもうけたい、という欲望・願望はあるが、結局は、多少は法の目をくぐってでも、人々のささやかな幸せを守るほうを選択する。それが、紋蔵の人としての矜持なのだと思う。
向井帯刀の発心
2011/03/23 14:41
居眠り紋蔵シリーズ最大の危機!?
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定廻りから例繰方に戻った居眠り紋蔵は、年度別に積まれている文書に事項別索引を作ろうと考えた。もっとも、居眠りの病があるものだから、なかなか、はかどらない。そのうえ、年番与力筆頭の安藤覚左衛門や同じく年番与力で次席の沢田六平が、またまた(×10?100?)、無理難題を押し付けてくる。
>「まだ文句があるのか」
> と沢田六平が頭を揺すった瞬間、縁側からの日を受けて、見事な禿頭がぴかりと光った。湯気を立てて怒るというが、あれはなにを根拠にいうのだろう。
>「笑ったな」
> 沢田六平は今度は本当に禿頭に湯気を立てんばかりだ。
紋蔵は笑った責任をとらされて無理難題を引き受けることになってしまった……orz
こうして、紋蔵は、はからずも、南町奉行所与力たちの淘汰や世代交代にかかわっていくことになる。最初は、町会所から融資を受けている与力同心たちの家計の逼迫状況を探ることから始まった。それが次第に、紋蔵の息子や娘たちの身の上にも大きな変化と危機をもたらす事件へとつながっていく。
数年前からめっきり物覚えが悪くなって隠居退隠を考えているという与力山田次郎左衛門から、学問好きの紋次郎を養子にと望まれ、返事を渋っているうちに、山田次郎左衛門が職場で恥をさらしてしまい、針のむしろだと嘆く彼につい同情すると、OKの返事と勘違いされて、あれよあれよと言う間に、安藤覚左衛門も沢田六平も、そして、彼らに次ぐ地位で紋蔵の理解者で支持者で姻戚でもある蜂屋鉄五郎も、大歓迎のうちに紋次郎の養子縁組の披露がおこなわれた。
そのうえ、麦は、紋蔵の舅姑から養女にと望まれ、似合いの婿まで紹介される。
これらだけなら、いいことずくめのように思えるが、そうは問屋が卸さない。
蜂屋鉄五郎に次ぐ地位で、有能優秀な黒谷静右衛門と、その息子惣太郎が、強烈な敵役として登場し、立ちはだかる。
まず、惣太郎が、同じ与力の息子たちを率いて、剣術の稽古に見せかけて、連日、紋次郎をいじめ、いたぶる。紋次郎は、ひたすら、耐える。
だが、文吉が、容赦しなかった。文吉はまだ十一歳なのに、藤木家を出て、不動岩五郎の息子の弟分になっていた。そして、文吉が、惣太郎に仕返しをしたことと、紋蔵が、例繰方としてみごとな仕事をしたところが、黒川静右衛門に「御用頼み」をしている大名の機嫌を損ねることになり、黒川父子から二重に憎まれ、恨まれる。
さらに、新たに引き取った駒吉という八歳の少年も、また、紋蔵が知り合った絵師赤松老人と旗本向井帯刀も、ことごとく、黒川静右衛門との対立に組み込まれていく。
文吉も駒吉も、罪人の子であったり、自身が罪を犯したりする。そしてまた、向井帯刀にも、本人には罪はないのだが、人には言えない過去と背景があった。紋蔵は少年たちをりっぱに育ててみせるとがんばり、赤松老人や帯刀との信義を守ろうとする。黒川静右衛門は、そういう、紋蔵の最大の長所を、最大の弱点とみなしてついてくる。罪人として問責し、向井帯刀と同じ罪で刑に処すべきと主張する。一方では、麦の祝言の日が近づいてくる……
最後は、不安と緊張の最大の盛り上がりで、そう来たか……、と感心する鮮やかさで、天罰覿面だあ、ざまあみろ、となり、実におもしろかった。
白い息
2011/03/07 14:54
居眠り同心捕物帳
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居眠り同心捕物帳である。念願かなって例繰方から定廻りになった藤木紋蔵の活躍がうれしい。定廻りや臨時廻りの「御成先着流し御免」についての説明はこれまでにも何度もあったが、今回は、定廻りになってまもない紋蔵がそのいでたちに気恥ずかしさを覚えるところから始まっている。
定廻りになって付け届けがふえ、収入が倍増して暮らしが豊かになったのはいいが、岡っ引き十数人とその手先合わせて数十人を抱えて、彼らのなかには破落戸あがりも多く、全員に悪さをさせずに食わせるように気を配らなければならないとか、寒風吹きすさぶときもかんかん日照りのときも外回りに出なければならず、毎月決まった休みがとれるわけでもないとか、定廻りになってみてわかる苦労もある。さすがに外を歩き廻っているときには居眠りをしないが、捕えた悪者を番屋で取り調べているときには居眠りをすることもあるとは、さすがというか、器用というか……。
>「旦那はしょっちゅう居眠りをなさってる。おれは一睡もさせてもらってねえ。不公平じゃねえか」
二晩と二日続けて無宿人の角次の取り調べをしたときには、こんなことを言われている。紋蔵は、拷問はもちろん、「石抱き」もさせないで動かぬ証拠と優れた推理で罪状を認めさせる同心として名を挙げたいという野心を持っていて、そのために余計に苦労している。
「石抱き」も拷問じゃないか、と現代の私は思うのだが、当時の役人は区別していたという。もっとも、「石抱き」もなるべくしないほうがいいとは、されていたそうだ。
『時の物売りと卵の値』や『坊主びっくり貂の皮』は、特に、紋蔵の推理が冴えていておもしろい。辣腕の寺社奉行脇坂中務大輔(脇坂安董)が、讒言によって一度は辞任させられたが数年後に再登用されて、「また出たと 坊主びっくり 貂の皮」という川柳が詠まれたという、史実の裏に、紋蔵の活躍があったとは!幕府の小判改鋳に乗じて贋造貨幣が出回った史実とも絡めて、紋蔵と岡っ引きたちとのチームプレーがぴたりと決まって気持ちが良かった。
紋蔵は部下が失敗したときにはちゃんと自分が責任をとり、一方で上司からは相変わらず無理難題を押し付けられ、中間管理職の悲哀と重圧によく耐えて、しぶとくがんばっている。定廻りとしての仕事に例繰方時代の経験を生かしているのはいいのだが、例繰方からも、手伝いを頼まれて出向いていき、ここで鮮やかに必要な資料を探し出したりするとまた例繰方に戻されるかもしれないし、同僚の顔をつぶしてもいけないからと、わざと資料を見つけるのを遅らせたりするのだが……。
『大坪本流馬術達者のしくじり』は、酔っ払い運転ならぬ酔っ払い乗馬もだめですよ、と言いたくなるような話だ。もっとも、酔っても乗馬の技術は確かだったのだが、酒乱とまではいかないものの狼藉を働いて人を失明させる。とんでもない話だ。だが、この馬術達者の旗本は、なかなか、好感のもてる人物だ。また、彼とやりあった火消したちや、町の顔役も、気分のいい人物で、この短編は、気に入っている。
小説のなかでは説明されていないが、「大坪本流」などの、江戸時代に花開いた日本の馬術は、今はほとんど残っていないという。現在、流鏑馬などの行事で使われる馬術も、西洋馬術だそうである。日本では蹄鉄を使わなかったそうだ。また、去勢もしなかったので、暴れ馬には困ったという。『そそっかしい御武家』は、暴れ馬が建物の二階に駆け上がる、という、有り得ないような騒動が起こり、その影で犯罪がおこなわれていて、頑迷でずうずうしい馬子が捜査を撹乱する。腹の立つ田舎者だが、ずぶとく、したたかに立ち回り、最後には、あっぱれと言ってもいいような気もしないでもない。
『密約』にもあった、吹上上聴が、またも、おこなわれることになる。ここでまた、紋蔵が活躍する。御蔭で御奉行は将軍のおぼえもめでたく、紋蔵は、かつての例繰方の主としても、定廻りとしても、面目を施すのだが……。
やはり、例繰方に紋蔵がいないと困る、また、第二の紋蔵を育てたい、などの理由で、安藤覚左衛門や沢田六平が、紋蔵の良き理解者である蜂屋鉄五郎に、引導を渡してやってくれ、と迫る。
蜂屋鉄五郎が紋蔵を家に招き、酒食でもてなそうとしたとき、紋蔵も、これから何を言われるのか、悟っていた。お互い、相手の気持ちを思い遣って、苦い酒を、気持ちよく楽しそうに飲んだ、というのが、泣かせる。
紋蔵は、後輩が、紋蔵自身が手をつけていた事件を引き継いで手柄を挙げるのを気持ち良く受け止める。居眠り紋蔵は、地味に(ここ重要!)、いい男だよね……。
老博奕打ち
2011/03/04 19:45
伝六め!!
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>「ねえ、旦那。旦那は鰻切手、まだ使っておられないのでしょう」
>「鰻切手とは?」
>「あの日の帰り、すすきの女将が、一分の鰻切手です、落とされないようにと、旦那に差しだした切手ですよ」
この野郎!伝六、おまえなんか、馬に蹴られて死んでしまえ!ずうずうしい、あつかましい、何の縁もゆかりもないのに、捨吉が紋蔵に鰻を御馳走しているところに乗り込んできて、自分が被るべき責任をのがれたいがゆえに、無理矢理、理屈をくっつけて捨吉に相談をもちかけながら、しかも、鰻を奢らせたうえ、紋蔵の食べ残しまで、自分のために折詰にさせて、そのうえさらに、たまたま捨吉と話をしていたのが八丁堀の同心だと知って紋蔵の家まで来て、自分の話を聞くように押し付け、聞いたからには自分の頼みをきかなければならないとごね、紋蔵が断わると、逆恨みして、捨吉の子分を騙していかにも紋蔵が許可したように言いつくろって手伝わせ、伝六が身元保証人になってやったのに行方をくらました女を見つけ出してつかまえて番屋に突き出し、その女は夫のある身で夫以外の男の家にいたのでこのままでは二人共死罪になるので、紋蔵が余計なことをしたという悪い噂が奉行所内に広まり、そうと知った捨吉の子分が伝六をつかまえて紋蔵に突き出し、紋蔵は伝六を連れて密通した女の夫のところに案内させ、その夫というのは妻に養われていて、妻が死罪になると暮らしに困るので、紋蔵が妻を助ける工夫を授けてやったところが、その工夫では、その、妻に養われている男は、痛い思いをしなければならないので、ためらっていると、伝六が、言うことをきけば紋蔵が鰻切手で食べきれないほど奢ってくれる、おまえが食べ切れなければおれも手伝ってやる、と、どこまでもずうずうしく、口を添えるのだ!!
ここまでずうずうしく、あつかましいと、気持ちが悪くなる。周囲の出来事に聞き耳をたて目を皿にして、何が何でも取っ掛かりを作って人にまつわりつき、自分がとるべき責任をとることができないことをすまながりもせず、当然のように人に押し付けて労を尽くさせ金を出させて、相手がどんなに迷惑がろうがてんで応えない。気持ち悪い。こいつの気持ち悪さのせいで、他のおもしろい話の感想がふっとんでしまうほどだ。
この短編集の最初の作品には、同心の処世術が解説されている。
> 馘になっても食っていけるだけの賄賂を持ってこい、でなければ危なっかしくって賄賂など受けとれるか、受けとっても割に合わぬと手付はいったのだが、これがまさに紋蔵らが心しなければならない処世の基本だった。
ここで「手付」と言っているのは代官所の役人のことである。奉行所の与力や、定廻りや臨時廻りなどの町に出る同心は、付け届けを受け取るのは当然とみなされていたが、限度を越えて賄賂をとると、罰せられた。だが、与力のなかには、罰せられても、それまでに溜め込んだおかげで、職を離れても悠々と遊び暮らせるという、豪の者もいた。町に出ない、内勤の同心は、もっと厳しく、賄賂をとることを禁じられていた。
紋蔵は付け届けもなく賄賂もとらず、貧しいながらも、同僚と酒を飲んだりしてそれなりに楽しく暮らしているようだが、どうも、奉行所の役人などよりも、人宿の主の捨吉や、老博奕打ちの仁吉、掏摸の元締の喜助、江戸の演劇界を背後で牛耳る顔役の不動岩五郎、などの、「親分」と呼ばれる男たちのほうが、ずっとかっこよく、潔いように見える。文吉が、不動岩の息子を兄貴と呼んで、将来は侠客になる、と決心するのも、無理はない、と思われる。
しかし、紋蔵は、文吉にも、将来、同心の株を買ってやるつもりなのだ。不動岩のところに文吉が入り浸るのをやめさせるために、紋蔵は、わざわざ、仕事を休んで、まずは、妻の里とふたりで、文吉に説教し、文吉の決心が固いことを知ると、不動岩のところに出かけて行って、引っ越してくれ、と頼む。
これまた、当時の演劇界についての解説があるのだが、中村座、市村座、森田座の三座は、八丁堀を挟んで南北にあり、与力同心たちへの付け届けもしていた。不動岩も八丁堀に住み、筆頭与力の安藤覚左衛門ともツーカーの仲。
うちの息子の教育に悪いから引っ越してくれなどという頼み、きいて貰えるはずがない。ちょうどそのとき、大店の後家さんに囲われている役者の家が、町の素人火消したちによってぶっこわされ、騒ぎが大きくなって、不動岩と、火消しの親分とが、一触即発の危機に。双方合わせて何百人もの子分たちが戦えば死人が出る。この事態を、紋蔵の知恵で解決できたら引っ越すとの不動岩の申し出を、捨吉が紋蔵に伝える。
まあ、紋蔵はみごとに解決するのだが、それを喜んで、捨吉が鰻を奢ったところへ、伝六の登場だ。紋蔵は、鰻切手を仏壇の奥に隠しておいて、休みをとって家族みんなで食べに行こうと思っていたのに!伝六めー!!
お尋者
2011/03/03 19:59
ちょっとだけ骨のある小役人
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『お尋者』という題で括られた短編集の巻頭は、『まあ聞け、雛太夫』なのだが、この言葉を聞くと、私は、宇江佐真理の『髪結い伊三次捕物余話』シリーズの『雨を見たか』に収められた、『おれの話を聞け』を連想してしまう。本人同士はわかれたくないのに、親族たちの手で無理矢理わかれさせられそうになっている夫が妻に「おれの話を聞け」と叫び、それを見ていた少年が、艶っぽい響きがある、などと感想を持つ。居眠り紋蔵、いや南の同心藤木紋蔵が、売れっ子娘浄瑠璃に「まあ聞け、雛太夫」と言ったときは、艶っぽいのとは逆の、野暮を承知で、有無を言わさぬ響きがある。
> それで、実はのう……と切り出すと、雛太夫の心にある大事なものが、ギヤマンの壺が粉々に砕け散るように壊れる。
「ギヤマンの壺が粉々に砕け散る」とはうまい表現だ。雛太夫が惚れた男は、ほんとうにかっこいい。ちょっと、池波正太郎の『雲霧仁左衛門』を思い出す。そんな男を諦めさせるなんて、酷じゃない?と、私は思うのだが、紋蔵も、かわいそうだと思いつつ、でも、やはり、真実を知らせたほうがいい、と、判断するわけだ。雛太夫は壊れたギヤマンのかけらを芸の肥やしにできるだろうか?
紋蔵は、上司から無理難題を押し付けられたり、妻の実家の両親からも面倒事を頼まれたり、友人知人からよろずもめごとを持ち込まれて迷惑しているように見えて、案外、本人が詮索好きのお節介であることを、後輩で切れ者の定廻り同心大竹金吾に見抜かれている。金吾も情報を提供することを楽しみ、協力し、ときには、法よりも人情を優先する紋蔵と喧嘩するが、結局、紋蔵と同じように人情にほだされてしまったりする。吟味方与力の蜂屋鉄五郎も、ふたりの良き理解者だ。
親友の捨吉の友人から、買った刀が盗物ではないかという相談を持ち込まれ、妻の母親から、仕立の注文に持ち込まれた反物が盗物ではないかという相談をかけられる。意外やその二つが一つの事件に結びつくという話の、『越後屋呉服物廻し通帳』は、前作『密約』で黒幕の黒幕がいたように、根の深いからくりをあぶりだした。
> 世に不条理は多々ある。長年お役所に勤めていると、まま不条理に出くわす。紋蔵ごときには手も足も出ない不条理にだ。そんな場合、忘れるしかないのだが、一件はおそらく、いつまでも脳裏にこびりついているに違いない。
犠牲者を出すような不条理に、紋蔵は何も好き好んで目を瞑るわけではない。一方で、市井の人々が不運なできごとや過ちから罪を犯してしまったとき、江戸時代の法では、厳格に適用すると何人もの人が死罪になったり、幼い子供の運命が過酷なものになったりする。紋蔵はそういう場合には、進んで見逃そうとする。そのために、一時は大竹金吾と仲違いするほどだ。
湯屋で板の間稼ぎに遭って茫然としている若い田舎侍。大名のお家騒動の一方に町奉行所が荷担するようなことができるか、と、与力同心一同が心を合わせて、御奉行の命令に反発したが、裏切り者が出て、その若い田舎侍が犠牲になりそうな形勢になり、紋蔵がひとりで大名屋敷に出かけて行く。
> 義を見てせざるは勇なきなりだ。『論語』などろくろく習っていないがそのくらいは知っている。
結果はともかく、紋蔵は自分がこういう性格だから、文吉の無鉄砲さが気に入っているのではないか。
文吉が出てくる話はすべておもしろい。捨子の行く末を心配し、捨子を隣町へ捨て移す者に怒りを燃やし、御飯ですよと呼ばれると一番に返事をし、弱いものいじめをする悪がき一派を相手にひとりで大立ち回りを演じて満身創痍となり、こっそり紋次郎の脇差を持ち出そうとして紋蔵に見つけられて医者に連れて行かれる。
文吉のために、紋蔵が、悪がきの親と対決する場面は頼もしい。一方で、文吉を他の息子娘たちと区別なく、厳しく躾けるところも、愛情の確かさ、暖かさを感じる。
友達が自分と同じような境遇に落ちたとき、文吉は、かつて紋蔵が自分に言ってくれたのと同じような言葉をかける。
> 「困ったことがあったらいつでも訪ねてきな。なんでも相談に乗ってやる」
居眠り紋蔵は、市井に埋もれた隠れたヒーロー、とまでもいえない。ちょっとだけ骨のある小役人だ。だからこそ、多分に勝手な上司たち、すなわち、筆頭与力の「安覚さん」や年番与力の沢田六平などとのやりとりにも、ユーモアが生まれるのだと思う。