紙の本
澄んだ綺麗な水
2023/12/12 13:57
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投稿者:ツクヨミ - この投稿者のレビュー一覧を見る
研究者であり、臨床もやっている、精神医学者のエッセイ。
どの章も長くないので、合間合間に少しずつ読んでいたら、いつの間にか読み終わっていた。冷たくておいしい天然水を飲んでいるようなのど越し。
でも語られているのは傷ついた心や、それによりそうことの難しさや、苦しみだ。
鬱屈している自分からすると、宮地先生の視野は、何とも透き通っていて、羨ましくなる。そういう方が、泥沼で藻掻く我々のために悩み考え、手を差し伸べてくれていると思うと、なんともありがたい気持ちになる。
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精神科医で研究者である著者のエッセイ。素朴な言葉で素直につづられる思索はこちらも肩の力を抜いて読むことができる。冒頭の「なにもできなくても」で語られる、「ちゃんと見ているよ、なにもできないけど……見つめているよ」という著者の姿勢がとても心地いい。そのひと、ものから尊重して距離は保つけれど、責任をもって見守ろうという努力。そう、努力が必要なのだ。精神科医という職業上、患者の苦しみに引きずられて疲れ、時には苛立ったりもするし、研究対象として患者のPTSDを取り扱うのに根本的解決は議論されない現状にむなしさを感じたりもする。そんな浮き沈みの中でも尊重する距離、見守りの姿勢のようなものをとり、考え続ける著者の温かい底力にこちらも励まされるようだ。近年、ネガティブ・ケイパビリティ(分からないことを分からないままにして抱えていく力)がたまに取りざたされるけれど、それってこういうことなんじゃないかと思わされる。
最終章の、ベトナム戦没者記念碑を巡って展開される「傷」との付き合い方を考える「傷を愛せるか」が良かった。傷は無視できない。愛さなくてもいい、ただ認め、包んでずっと抱えていかなくてはいけない。久しぶりに梨木さんの「裏庭」が読みたくなった。
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トラウマ研究の第一人者によるエッセイ。静謐で、淡々とした文章清冽な水に浸かるような心地だ。言葉の端々から、トラウマの研究者として、精神科医として臨床を行う彼女の、静かな眼差しを感じる。そっと相手を見てること。何もできなくてもいい、ただ見守るだけでいい。そんな優しさに満ちたエッセイだった。締めくくりの言葉も素敵。エッセイに引用されている天童荒太さんの「包帯クラブ」もまた再読しくなりました。
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タイトルと帯に惹かれて購入。
精神科医としての視点で紡がれる文章は新鮮で興味深かった
「喪失は簡単には埋まらないだろうけど、それでもいいよ。急がないで。ずっと見ているから、見ているしかできないけど。」
傷を負った人に対して、何もしてあげれないという無力感を感じることは誰しもがある。その時にただ目を逸らさずに見つめる、という姿勢は傷を負ったままの心を肯定し包み込む。心に留めておきたい文章。
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隅から隅まで誠実で、納得できる言葉に満ちたエッセイ集だった。例えばこれ。
「日本にも強く波及しつつある米国のネオリベラリズム(新自由主義)が危険なのは、弱みにつけ込むことがビジネスの秘訣として賞賛されることで、弱さをそのまま尊重する文化を壊してしまうからだと思う。」p.119
弱みにつけ込むことをビジネスの秘訣として賞賛するのが新自由主義!よくぞ言ってくださいましたと心の中で拍手してしまった。
ここまでさらりと本質を言いあてた文章に出会ったことがない。この方はとにかく言語化がうまい。プロのエッセイストなのかと思うくらい読んでいても面白い。細やかな思考に明晰な論理、生きる力強さを感じさせる無駄のない文章。自分のお粗末な文章力ではうまく説明できないが、何だか生きる力を分けてもらえたような気がする。
戦争の最前線みたいなすさまじい精神医療の戦地にいて、自らも傷つきながら病むことなく傷を見つめ続ける著者には敬意を表せざるを得ない。
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精神科医であり人類学者、社会学者である筆者の宮地さんが人々の受ける傷、傷ついた人の周りの人々、社会について書いたエッセイ集。
個人的な話をすると、私も大切な人を失うとか、幼少期から抱えてきた問題に起因する心の傷を(日常生活に支障がないレベルまで)治すことができず、医療やカウンセリングの力を借りている立場です。
元々は活発で自他共に認める行動的な人間でしたが、受けた傷によってこんなにも自分が脆く弱いものなのかと苛む日々を送っていました。そんな弱った自分には、世の中がひたすらにどんな人にも「立ちあがろう!声をあげよう!」と鼓舞ばかりしているように思えて、余計にしんどくなる一方だったのです。
これに対して、人は当たり前に傷つくということ、そしてそれを治せないとしてもおかしくはないということ、そんな人々の過程を見守る医療者やカウンセラーにすら無力感があるということを筆者は書いてくれています。
傷を愛せるかはその大小や深浅にもよると思います。それでも傷を認めて抱きしめてあげる、ただその事実を受け止める、見ているだけでもいいのだと教えてくれる1冊でした。
"喪失は簡単には埋まらないだろうけれど、それでもいいよ。急がないで。ずっと見ているから。見ているしかできないけど。……そう思った。"
(p.15)
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『傷を愛せるか』宮地尚子氏
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<本書より>※一部、内容を省略をしているものもあります。
「弱さを克服するのではなく、弱さを抱えたまま強くある可能性を求めつづける必要がある。」
「エンパワメント」は人がもっている力をよみがえらせること。外から与えるものではない。
「傷ある風景から逃れることも、傷ある風景を抹消することもできる。でも、傷を負った、傷を負わせた自分からは逃れることはできない。」
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【A;購読動機】
自分自身の状態を定期的にスクリーニングしています。そんな折に「タイトル」と「装丁」をみて購読を決めました。装丁が「淡い。でも深い。」」印象を受けたため。そう、一言では言い表せない心の状態と近しかったため。
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【B;本書】
トラウマ、ジェンダー論を研究しながら、精神科医も務める著者のエッセーです。医師としての「こうしなさい」というメッセージがないのが良いです。著者自身の留学、医師としての日常、ご両親のことなどを記述しています。
読者側で、著者の暮らしや考え方を通じて、自由に考える余地に出会える書です。
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【C;読み終えて】
肉体の傷と心の傷。同じ傷でも処方の仕方は違います。前者は時間軸とともに治る傾向が強いに対して、後者は時間軸とともに改善するとは限りません。
タイトルの「傷」は、後者の「こころの傷」を指します。
自分の傷を愛せるか?の前に、「自分の傷を恐れずに見ていますか?受け入れていますか?そのうえで、無理をしなくてもいい。ただ、見ているだけで、待つだけでもいい。」というメッセージに出会いました。
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何度も寝落ちしながら読破。作者が日常で癒された事柄を徒然なるままに記し、トラウマ研究への姿勢を振り返り、自身を受け入れたい納得したいと願う過程が、共感を呼ぶのかな。
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【2245】医療人類学者にして、臨床にも携わる著者のエッセイ集。以前、同著者の『トラウマ』(岩波新書)を読んでいたことによる選書。
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心の時代とも言われる現代。一言で人は傷つき、心の中で葛藤や孤独を抱えている。
文章は一つ一つ丁寧で、弱きものに対象を向けたものになっている。
全体を通して、雑になっている人間関係や、なかなか人には打ち明けられない、というよりも深層心理の深いところにある心の傷をどう癒せるか、またそれを愛することができるのかという、深いテーマになっている。
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文章を書くときにさらりと書いて見過ごしてしまうような記述のひとつひとつに立ちどまって言葉を選びなおす筆者の真摯さを感じる。
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良いエッセイだった。温かく素朴で、言葉がきちんと必要十分な、重すぎも軽すぎもしない正確さで使われている。そのことがこんなに心地いいとは。
風景の描写も素晴らしい。バリ島とか。
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朝日の一面の「折々のことば」に登場したのを読んで,ひかれるものがあり図書館で予約していたのだと思う.
札幌出張の機内で読了.
著者の紡ぐことばから、ひとだけでなく、風景だったり、映画だったり、昔の思い出だったり、社会問題だったりの「声を聴いている」ことが伝わってくる.自分が間違っているかもしれないけれど,ちゃんと聴こうとしているよ,という決意が感じられた.中井久夫氏の著書をはじめて読んだときに感じた居心地の良さのようなものを感じました.
著者のホームページに毎年のおススメ本が4,5冊リストアップされていたので,気になる本を読んでみようと思います.
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なんども読み返したい本だ。おかげで付箋だらけになった。そんな付箋箇所から引用。 「女性のヴァルネラビリティー(脆弱性、つけ込まれやすさ)は性被害やドメスティックバイオレンス遭う可能性があるということだが、男性のヴァルネラビリティーは男らしくなければならない、強くなければならないという社会規範そのものだ」 そんなことが書いてあったと知人に話したら、「いや、最近は弱さを晒す人も増えてきたんじゃない?」と言われた。そう言われるとそうかなと思ってしまうのは僕のヴァルネラビリティーなのだろうか。
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優しい文体で好きだなぁと思った。
帯にあった「弱いまま強くあるということ」の言葉に惹かれて手に取った。
心の傷って負わされただけでなく、負わせた傷、何もできなかった後悔だって傷になるという視点はあまり無かったから確かになぁと感心した。
傷によってさらに強くなる事もあるけど、基本的には痛くて、みじめで、目を背けたくなるもので治らないものだってあるけど、包帯クラブの例にあった「何にもならないのはわかるよ。何にもならないことの証としてでも巻いていこうよ。」という傷を目撃して、手当てをしようと思うセリフがとても好きだなと思った。
何もできないしただ見ているだけしか出来なくても、気にかける事だけでもケアになれば良いなと思う。過去の傷はどれだけ経っても無かった事には出来ない、でもケアをし続けながら少しずつでも受け入れていく事が「弱いまま強くある」という事なのかなと思う。