読む前まで、タイトルに反発を感じましたが…。
2022/07/31 22:40
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投稿者:広島の中日ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る
これまでの人間が築き上げた倫理学について、歴史から紐解いた1冊です。倫理学の大半を紹介しているため、紙幅が厚くなっています。
正直、読む直前まで、「なんで『みんな違っていい』を否定するタイトルなのか?多様性が認められてきているのが現代なのに」と強い反発を感じました。ですがいざ読んでみれば、むしろ私の見解の方が甘ったれていたのに気づきました。
大学の講義にありそうな内容です。
他人と違っていても気にしない人は読んだほうがいいかもなー
2023/06/07 21:09
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投稿者:mtym - この投稿者のレビュー一覧を見る
自分の考えと異なる意見を耳にするとよく「人それぞれ」と考えることが多かった。そのほうが自分にとっても都合が良いことがあるからだ。「道徳的な正しさ」については合意をとるのは難しいが、思考停止にならないようにしたいと思う。不確かな情報を確認し、より「正しい事実」を知れるよう努力したい。
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投稿者:なつめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
相対主義と普遍主義の対立の問題から、生き方を考えるきっかけになりそうで、興味深く読むことができました。
正しさはみんな違っちゃダメ!
2024/02/22 05:21
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投稿者:future4227 - この投稿者のレビュー一覧を見る
2023年中学入試では東農大一、田園調布、東邦大東邦、豊島岡女子、洗足学園などで出題された。「みんな違ってみんないい」という言葉が独り歩きしてしまい、誤った解釈を元にゆがんだ価値観が蔓延するのではないかと警鐘を鳴らす本。集団生活を営む以上、みんながある一定の価値観や社会的制約の中で生きていく必要がある。その中で正しさを決めているのは多数決の論理。ただ、様々な立場や考え方の双方が話し合い、妥協点を見出し、お互いが納得することが大切。個性尊重と独善的行動を混同してはいけないと自戒しなければと思った。
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山口裕之(1970年~)氏は、東大文学部卒、東大人文社会系研究科博士課程単位取得退学の哲学研究者。徳島大学教授。専門はフランス近代哲学等。
本書は、昨今、「正しさはひとそれぞれ」「みんな違ってみんないい」「現代社会では価値観が多様化している」「価値観が違う人とは結局のところわかりあえない」という言葉が流布していることに危機感を持った著者が、そうした考え方の歴史的背景を含めて、本当に「「みんな違ってみんないい」のか?」について考察したものである。
内容は概ね以下である。
◆「正しさは人それぞれ」という相対主義的な考え方は、西洋が従来持っていた普遍主義(様々な問題について「客観的で正しい答がある」という考え方)に対する哲学的な批判を出発点として、多様性の尊重を求める市民運動が盛り上がり、それが政府主導の新自由主義に取り込まれて浸透していった。
◆言語や文化には多様性があり、それを尊重することは大切ではあるものの、「人それぞれ」というほどには人は違っていない。それは、人はみな、白紙の状態ではなく、同じような身体と感覚器官や脳を持って生まれて来るし、考え方、感じ方、振る舞い方など精神的な側面についても、かなりな程度、生物学的な習性が反映されているからである。
◆人はもともと、「正しいことと不正なことを感じる感情」の仕組みを持っており、それが道徳的な善悪の起源にある。しかし、そうした感情と「正しいこと・不正なこと」は同じものではなく、ある行為の「正しさ」は、それに巻き込まれる人たちが合意する(共通了解する)ことによって、はじめて正当化される。そして、人間は他の動物と異なり、合意をするために必要な言語を持っている。よって、「道徳的な正しさ」を人それぞれで勝手に決めてはならない。
◆物理学などの科学では、科学者が仮説を立て、実験をし、その結果を他の科学者たちが検討し、共有していくというプロセスによって「正しさ」が作られていく。科学に限らず、「正しい事実」を人それぞれで勝手に決めてはならない。
著者の言いたいことを突き詰めると、「正しさ」とは、人間の生物学的特性を前提としながら、多様な他者とコミュニケーションし、理解し合うことによって作られていくものであり、「正しさは人それぞれ」も「真実は一つ」も、そうしたコミュニケーションを放棄する言葉・態度でしかないことを認識し、コミュニケーションをする努力をしなければならない、ということであり、それについては共感できる。
ただ、内容・展開に関しては、思想史や物理学などの説明が妙に専門的・詳細な一方で、それらから著者の最も言いたいことが導き出されるプロセスが短絡的な印象があり、残念である。(特に、ジュニア向けということを考えると、前者の説明は平易にして、後者のプロセスをもっと説得力のある記述にするべきと思う)
(2022年7月了)
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第3章が特に響いた。一部要約。
「正しさは人それぞれ」
「絶対正しいことなんてない」
「何が正しいかなんて誰にも決められない」
こうした言葉は、より正しいことを求めていく努力をはじめから放棄する態度を示している。
「正しさ」は、どのようにふるまうことが道徳的に正しいのかについての共通理解のことであり、ひとつの行為に複数の人間が関わる時、はじめて作られていくもの。ある行為の正しさは、それに巻き込まれる人たちが合意することによって正当化されるもの。
人類全員の合意はないかもしれないし、その意味では「絶対正しいことなんてない」のかもしれない。しかし、「より正しい正しさ」はある。
人間は、他人の感情や考えを聞き、事実と論理にもとづいて思考することで、共有できる「より正しい正しさ」を作っていくことができる。
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みんな違ってみんないい。
相田みつをさんには悪いけど、
耳ざわりのいい言葉には注意が必要だ。
「みんな違ってみんないい」を便利に使ってないか。
そこからさらに踏み込まず、互いを理解することから逃げていないか。
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「正しさや正義は人それぞれ」という、冷笑的とも言える(?)態度を批判する書籍。
大多数の人間は共通の感覚器官を有して事象を知覚するため、各人の感じとる認識というのは、言うほど異なっていないのであり、異なっていたとしても、理解可能な範囲の差異である、だから人それぞれなどと言うのは良くないし、感じた差異についての意見を交わすべきだ、というのが大意。
一見、実在論の立場を取りそうな論旨だが、科学哲学における実在論関連の議論をもとに、人間の創造性がなければ実在は確かではないという立場もとる。
※自らの哲学的立場をある程度平易に明示しているのには、知的な誠実さを感じる。
本書全体の細かな箇所を見ると、読者側で十分に吟味し批判していくべき箇所も多々あるように思われるが、それでも、私が昨今ずっと抱いている問題関心にを鮮やかに指摘しているように思われるため、その点とても共感して読んだ。
問題関心というのは、世の中の事象に対して冷笑的な立場(この書籍が言うところの「人それぞれ論」)と、自分とは異なる立場の人たちに罵詈雑言を浴びせる立場とは、実は共通した根底があるのでは?というもの。
特に論争等が発生している際の「人それぞれ」というのは、無関心や、議論に参加することの面倒臭さを表しているように思え、分断を深めるという意味合いで、相手に罵詈雑言を投げかけるのと大差がないと考えていたが、この本を読んで、両者に共通するのは、他者に対する想像力の無さなのではないかと思った(想像力のなさの根底には無関心もある気がするが、どちらが根源なのかはわからない)。
本書の話ではないけれど、「寛容vs不寛容」の話と大きく関わる部分があるとも思った。議論をしていて、相手に心底納得することができない場合でも、ある程度の礼節を持って接することができる。嫌な奴でも、共存することはできる。ただし、その際に「人それぞれ」論者になってしまうと、最初は摩擦を避けられて楽かもしれないけれど、いずれ大きな分断を招いてしまう。そういうことなのではないかなと感じた。
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「正しさは人それぞれ」「みんな違ってみんないい」は対話を終わらせる、というのが良い表現。
確かにそのとおり。
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ちくまプリマーだけど歯応えあり。
「『正しさは人それぞれ』や『みんなちがってみんないい』といった主張は、多様性を尊重するどころか、異なる見解を、権力者の主観によって力任せに切り捨てることを正当化することにつながってしまう」
「これらの言葉は、言ってみれば相手と関わらないで済ますための最後通牒です。みなさんが意見を異にする人と話し合った結果、『結局、わかりあえないな』と思ったときに、このように言うでしょう。『まあ、人それぞれだからね』。対話はここで終了です」
「最近、SNSなどで、自分の気に入らない主張に対して罵詈雑言を吐き、誹謗中傷を行う人がいることが問題になっていますが、そうしたふるまいは『正しさは人それぞれ』と表裏一体のものだといってもよいでしょう。『正しさは人それぞれ』は、自分自身の正しさの根拠や理由についても考えない態度を助長する」
結構、序盤からグサっと刺さった(笑)
でも、この本は丁寧に読みたくなる、理解したくなる本だ。
私が感じていた、多様性をスローガンに掲げるときのうさんくささは、ここに基づいているのかな。
本当に当事者側に立つこと、でも組織やグループとしてそこを含めて機能させることは、難しいことなのに、その一言で分かった気になってしまう。
かくいう私も、正しさはその人の持つ背景を通して培われるものだと思っていたし、その背景は時代や文化によって異なると思っていた。
けれど、人はそう「それぞれ」でもないのだという投げかけを、もう少し咀嚼してみたいと思う。
より正しい「正しさ」のためには、合意形成という手続きが欠かせない。
この合意形成も、最近よく聞くようになった。
感情に正しさの根拠を求めてはいけないという言葉は、このことに結びついてくる。(難しいけど)
対話でなく感情の対立で終わりがちになるのは、私かあなたか「どちらか一つ」だと思い込んでいるからであって、「正しさ」となると、より自分の深い所に結び付いてしまって上手くいかない感じがする。
「より正しい正しさ」という言葉を、キーワードとして持っておく。
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「多くの人は「人それぞれ」の相対主義か「真実はひとつ」の普遍主義かという二者択一に陥りがちですが、相対主義も普遍主義も相手のことをよく理解しようとしない点では似たようなもの」
だからこそ、その間の道をどちらかに落っこちないように気をつけながら進まなくてはなりません。」
本書は著者が「徳島大学総合科学部の授業をしながら考えてきたことのまとめ」だし、ちくまプリマー新書なので、本来の想定読者は若者たちかもしれないけれど、親世代かもしくは祖父母世代である私にとっても発見が多く、著者に励まされながら「間の道」を少しずつ進む読書は楽しくとても勉強になった。
(読書会Hさん推薦本)
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https://x.com/nobushiromasaki/status/2001889966096617662?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
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「正しさ」には「事実認識の正しさ」と「道徳的な正しさ」があるが、「正しさはひとそれぞれ」でもなく「真実は一つ」でもなく、共同作業によって「正しさ」というものが作られていくということを説明したもの。
「事実認識の正しさ」に関しては、科学者のコミュニティーの中で、可謬的ではあるもののプラグマティックに真理は収束していくと言えるだろう。しかしながら、「道徳的な正しさ」に関してはそうとは言い切れない。実際、正義対正義の衝突により戦争が起きているし、国連の常任理事国ですら中露と英米仏で対立し「正しさ」が割れているのがその証左である。著者は民主的な価値観が世界的に「正しい」としているが、それはあくまでも西側諸国の価値観でしかない。ましてや、世界を見渡せば民主主義国よりも権威主義国の方が多いのが現実である。よって、この辺には著者のバイアスと相互理解への楽観があるように思える。
個人的にはメインの3~4章よりも、1~2章の普遍主義から相対主義の「人それぞれ」論に至る思想史的展開が興味深かったので、この辺を学術的に膨らまして、プリマーではなく「ちくま新書」から出版されることに期待したい。
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「正しさは人それぞれ」「みんな違ってみんないい」というような相対主義、「真実は一つ」という普遍主義のいずれをも退け、考えの異なる者同士がともに生きていくために、「正しさ」とは何か、それはどのようにして作られていくものかを、様々な学問のこれまでの議論を概観した上で考察。
本書の結論としては、「正しさは人それぞれ」でも「真実は一つ」でもなく、「正しさはそれに関わる人々が合意することで作られる」というものである。
元来自分は相対主義的な考えを持っていて、それこそが「正しい」とも思ってきたが、本書の中で、「正しさは人それぞれ」という相対主義は相手を思いやっているようで、相手のことを理解し自分のことを理解してもらおうとする努力を放棄しているだけという趣旨の指摘を受け、確かにそのとおりだと顔をはたかれたような衝撃を受けた。
本書では、筋道だって、「人それぞれ」というほど人は違っていないということ、そして、「道徳的な正しさ」あるいは「事実認識の正しさ」を人それぞれで勝手に決めてはならず、他者との関わりの中で「正しさ」というものが作られていくということが論じられており、納得性が高かった。
ただ、実際に「正しさ」の合意形成を図っていくのはすごく困難な道のりだとは思う。しかし、それを安易にあきらめて「正しさは人それぞれ」に逃げるのはやっぱり違うなと認識した。
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初心者向けの哲学の本として、わかりやすい。ポイントが太字で書いてあり、概念がひとことで簡潔にすぐ説明されている。哲学を復習するにはベストな本である。
徳島大学の授業をもとにしたと記載している。2025年に再度読んでみた。