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道元の冒険 (新潮文庫)
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紙の本
井上ひさし全書評 3
2010/07/18 20:48
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:稲葉 芳明 - この投稿者のレビュー一覧を見る
1971年4月上演の『十一ぴきのネコ』と1971年9月上演の『道元の冒険』の2篇を収録。上演劇団はともにテアトル・エコー。
『道元の冒険』は、第十七回岸田戯曲賞受賞作。曹洞宗の開祖道元と、現代日本の色情狂患者の二人を一人の俳優が早替りで演じ、他の俳優も複数の役柄を兼ねることで、二つの全く異なる時代・人物が二元的に同時進行する。「表裏源内蛙合戦」も分身の劇だったが、本作はその手法を更に推し進めかなり複雑な劇構造になっている。筆者は2008年に、原作に目を通したあと蜷川幸雄演出・阿部寛主演の舞台(東京:シアターコクーン、大阪:シアターBRAVA!で上演)を見たが、正直一回観ただけでは理解しきれなかった。仏教用語や過剰な言葉遊びが本作には氾濫していて、目で(文字を)読むならともかく、耳で聞くだけではとてもこの情報量を処理しきれないのだ。これでもかこれでもかと、挿入歌やパントマイム的笑いが投入されるが、これだけ過剰にやられると、芝居全体を味わう余裕と全体的を概観する視野が持てなくなったのは筆者だけか?実験的精神に満ち、趣向満載の意欲作・大作であることを重々承知の上で野暮を言わせてもらえば、道元という大宗教家の実像(メインディッシュ)に辿り着く前に、芝居に仕掛けられた趣向(前菜)でお腹一杯になってしまった感あり。
『十一ぴきのネコ』は馬場のぼるの絵本『11ぴきのネコ』(こぐま社)を脚色した「子どもとその付添いのためのミュージカル」である。腹をすかせた十一匹の野良猫が、遥か遠い湖に生息していると伝え聞く幻の大魚を求め、「にゃん太郎」をリーダーにして一緒に旅に出る。ようやく大魚を捕獲したものの、一夜明けてみると、全員が夜のうちにこっそり盗み食いしていたため骨しか残っていなかった――。ここまでの大筋は原作を踏襲しているが、この後に、十年後のネコたちの姿を描く「エピローグ」がつく。このエピローグは作者のオリジナルだが、何ものにもへこたれない限りなく陽気で明るいネコたちの冒険が、一転して重くシリアスなドラマへと変貌する。 「野良ネコユートピア」の発展と繁栄は当然の如く戦後日本史に重なり合うが、貧しくはあったが希望に溢れていたネコたちが、豊かにはなったがどこか空虚さとニヒリズムを湛えたネコに「転向」する展開に、井上ひさしの性(さが)というか、とことん楽観的には成り得ない作者の批判的精神が読み取れる。にゃん太郎の悲しい末期、そしてそれを看取るもう一人のネコの姿が深い余韻を残す。