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紙の本
「昭和」から女達へ。
2009/05/31 21:12
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
岡山の小都市で一人の少女が成長し、恋をし、さまざまな人とのふれあいの中で人生について学んで行くというストーリー。歯科医だった父は早く死んで、母が水商売で三人姉妹を育て上げた。長女は勤め先オーナーの愛人に、次女は平凡な雑貨屋の息子と結婚と、家を巣立っていき、末っ子の霧子も看護婦になるために東京の学校へ進む。彼女の周囲を、診療所の研修医、霧子を養女にと言う陶芸家や門人達、東京の下宿先の叔父の家族などが取り巻く。
そういった人々の暮らしと人格を分析する眼の鋭さは、さすが藤原流かと思わせる。主人公霧子は、それらの人々の心のあるを一つずつ学び、糧にしていく。ただしそれらを、現状分析以上の生活プロセスに適用していくかは難しいことで、様々なシーンを照らしていくことで為そうとしているのだろう。
ただこういった環境にあるということ、さほど縁の深いわけでもない大人からなんやかんやと目をかけられるということは、直接には表現されていないが、霧子はそこそこは可愛い顔立ち、頭もそれなりに廻るということなのだろう。そこが無自覚に展開されているところには、読者としてはやや入り込みにくい、絵空事っぽい雰囲気を感じてしまうかもしれないが、むしろ主人公よりも周囲の人々に目を向ければ、多様で豊穣な世間のふところの深さに思い到る。霧子ほどは容姿に恵まれずに、成さぬ恋のためにまっしぐらに破滅へ向かっていく元同級生。家庭的な幸福から見放されて、事業欲に目覚めて要らぬ苦労と哀しみをしょい込む姉。娘達からは意志の弱い女の典型のように見えながら、思いやり深い性質で新しい幸福を手に入れる母。瀬戸内海の小島で長く医療活動をしている老医師とその妻。その島の公害問題に右往左往する人々。
舞台となっている昭和40年前後において、霧子のような人生はあるいはもっとも平均像に近い者だったのかもしれないが、平均ぴったりというのは必ずしも多数を示しているわけではなく、むしろそこから少しだけずれたところにいる、平均を目指しながらも思うにまかせない暮らしをしている人の方が圧倒的に多いわけで、そのずれ加減の方に共感が湧くし、その中の厚みがありそうだ。
物語の終盤では、破綻した結婚生活から戻った主人公が、次第に陶芸の世界に入り込んでいく。ここで作者自身がかなりのめり込んでいたらしい陶芸に関する蘊蓄と、日本文化や人生との関わりがみっちりと語られて、伏線が無いではないとはいえ、かなり唐突な展開になる。もし陶芸小説という分野があるとすればその面で傑作といえるかも知れないが、一般読者にはハテ何の話でしょうと目を白黒してしまいそうで、奇書めいた雰囲気を漂わせる。とにかく何か真摯に、社会や日本人の生き方について叫ぶような思いが込められていることには違いなく、教訓めいた奇麗ごとよりはずっと、引きずり込まれる迫力がある。小説の「巧さ」を謳われた作者が、そのスマートさをかなぐり捨てて描いた、すべての女達へ強く生きよという渾身の絶叫のように思えるのだ。