紙の本
MWA受賞作、といっても日本人の体質に会わないものもあるのではないでしょうか、この作品集なんかはまさにそれで、多才は分かりますが、凄さが伝わってくるかって言うと、ちょっと・・・
2005/07/04 20:00
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
「日本でもミステリ専門誌などで短編が紹介されてきたカーシュ、彼の切れのある作品をMWA賞受賞作である表題作などを中心に纏めた傑作集」ミステリ。
単純に、ミステリといってもこの作家の場合は、広義のそれであって、本格推理を期待してはいけません。SF、ホラー、犯罪など様々な切り口の作品を集めたものです。内容は多岐にわたりますが、共通しているのは、極めて端正なつくりの小説ばかりということでしょうか。どちらかというと古典的な佇まいの作品ばかりです。
無人のポルコジト島で発見された白骨、船長は猿と人間を結ぶミッシング・リングと思ったのですが「豚の島の女王」。酒場で金が払えずに困っていた男、彼はエクアドルで賭けに勝つコツを会得したのですが「黄金の河」。インディオを救った囚人が、同房の男に騙されて「ねじくれた骨」。ジャングルで行方不明になった教授の仲間が語る恐怖の存在「骨のない人間」。
オショショコの壜に入っていた文書に書かれていたのは、失踪した作家の手記でしたというのが、表題作でMWA賞受賞作「壜の中の手記」。漁師の網にかかった怪物を、善意で救った牧師は、それは人間ではないかというが「ブライトンの怪物」。作り話の名人の骨董商が、苦し紛れに作った話は、贈られた者に悲劇をもたらすという指輪「破滅の種子」。本だけが楽しみの友人が、その宝を手放さざるを得なくなった。私が一肌脱いで「カームジンと『ハムレット』の台本」。
少女のそばで発見された老女の頭蓋骨には、極めて正確に長い針が「刺繍針」。時計収集で有名だったニコラス三世。王の下で時計の修理の才能を認められた男の善意「時計収集家の王」。ケント州の植物園の全焼、そのかげに秘められたもの「狂える花」。武器を売ることで巨万の富を築いた男サーレク、その彼が得れなかったもの「死こそわが同志」
わが国では三冊目の短編集。ベストミステリにも選ばれた、極めてオーソドックスな作品集で、エリン、ブラッドベリ、ダール、コリアなどといった奇妙な味の小説とでもいったらいいのでしょうか。なかなか最近の日本では読むことのできないような、起承転結がはっきりしたものばかりです。
西崎憲の作家論が親切で、カーシュの特質が良く分かります。彼は、1911生まれで1968に亡くなっているイギリスの作家。我が国では長編は訳されていず、短編が専門誌に掲載され、それが今まで短編集として2冊出版されているとのこと。先にあげた異色作家たちほど高名でないせいか、読んでいて新鮮ではあります。そのせいでも無いでしょうが旧作ばかり集めた本なのに、2002年度のベストミステリに選ばれています。ただし、私には、それは過大評価に思われます。希少価値と作品の本質は全く別物ですから。
紙の本
究極の<物語>、あるいは<物語>の究極
2012/01/23 19:38
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Yosh - この投稿者のレビュー一覧を見る
北村薫編の傑作アンソロジー『謎のギャラリー こわい部屋』(新潮文庫)に収められていた短編「豚の島の女王」で、ジェラルド・カーシュというとてつもない作家の存在を知った人は(筆者を含め)多数いると思う。そのカーシュの短編集が、晶文社ミステリの一冊として刊行された。
とにかく、<物語>の面白さ――着想の奇抜さといい、語り口の巧みさといい、オチのつけかたの見事さといい――を骨の隋まで味わわせてくれる。一時一世を風靡したラテンアメリカ文学のマジック・リアリズムで書かれた最上の作品--これに匹敵する極上の奇譚が、此処にはひしめいている。ブラック・ユーモア、シニシズム、ファンタジー等々、読む人によって名称は異なるかもしれないが、<物語>が持つ力を信じていた作家の気迫に押し切られるかのような、一種異様な力に満ちているのは確か。
ちまちましたリアリズムと縁を切り、暫しの間途方もない「作り話」に身を浸し、<物語>の面白さにとことん翻弄されたい読者には必読の書。
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奇想短篇小説の名手、カーシュの短編集。無数の短篇を残しているものの、邦訳書はたったの2冊。
しかも両方とも入手困難。
しかし、去年、ついに3冊目が発刊された。
カーシュの小説は、一言で言うと、驚くとか恐いというのとは違う、薄気味悪い話。
カーシュ自身が聞き手、と言う体裁のものも少なくなくて、昔ながらの怪談やほら話の系譜なのかな。
個人的に気に入ったのは、
密林の奥深くで信じられないもののの残骸と、不気味な軟体生物に出会う『骨のない人間』
18世紀に、漁師が釣り上げた、全身に不気味な模様のある、人間にそっくりな怪物の悲しい正体とは?『ブライトンの怪物』
インチキ古物商の法螺なのかホラーなのか判然としない呪いの指輪をめぐる『破滅の種子』
辺りかな。
他のもみんな面白かった。
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古めかしさは多少あるが、古臭さは全くない。『豚の島の女王』が秀逸。切なく、残酷な物語。軽めのストーリーも組み合わせてあるので、最後まで楽しめる。
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これまた初のジェラルド・カーシュ本(短編集)。奇抜で特異なストーリーが多く、好みにもよるけれど、残酷な結末を淡々と展開させる手法に強引に引き寄せられた感がした。私的には「ねじくれた骨」と「骨のない人間」が特に秀逸で、「ねじくれた骨」の結末には、不幸と不条理の極みに触れた気がして我が身を洗浄したくなった。
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2002年11月30日 4刷、カバスレ、帯なし
2014年2月28日鈴鹿白子BF
357 2008年8月31日 登録 ダブリ本
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読み始めて、その話がどこへ向かうのかオチにわくわくする短編集でした。結末が破滅であれ円満であれ、そのどれもが後味の悪さを感じさせない不思議。次、次と話を読みたくなりました。ヒロシマの原爆を扱った話にはかなりびっくり。外国の方でもこういう風に話を書く方がいるなんて。ただ表題作の【壜の中の手記】がアンブローズ・ビアスの失踪の謎を題材とした不気味なファンタジーと紹介されていて、それに釣られて手に取ったのでほぼ「注文の多い料理店」だったときは思わず声だして突っ込んでしまいました。これはちょっとがっかり。
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屋根裏部屋に忘れられていた古いトランクから出てきたような奇妙に懐かしい匂いが漂う短編集である。舞台は大西洋上の無人島や、アマゾン奥地の流刑地、メキシコの僻村。登場人物は奇形のサーカス芸人、賭博師、詐欺師、骨董商人、武器商人、時計職人。彼等の運命を操るのはサーカス芸人が首から下げる小さな財布(グラウチ・バッグ)、脳味噌の形そっくりの木の実(ティクトク)、彫り物をした指関節の骨、細い三本の首を持つオショショコの壜、機械仕掛けで動く蝋人形、アラビア文字を刻んだ印章つき指輪等々。どれもこれも胡散臭そうな来歴を誇る。
名詞ばかりをやたら並べたには訳がある。これらの埒も他愛もないがらくたの集積に食指が動くかどうか、それがこの短編集を読むための読者資格を問うているからだ。書かれたのが数十年前ということもあるがSFとも怪奇小説ともミステリーともとれるジャンルの作品群を悪意に浸し寓意で染め上げ皮肉を塗したような味とでも言おうか。狂言回しをつとめる木偶の坊の語り手以外どれもこれも見事にねじくれた人物ばかりが活躍する。
手法としては使い古された感のある額縁形式をとることが多く、語り手が出会った奇妙な人物が語る体験談、或は彼が手に入れた珍しい壜やバッグに入った手記を契機として物語は日常から非日常の世界に入っていく。そしてこれもまた常套的な落ちが用意されることにより、読者は日常的な世界に無事に連れ戻される。ポオが書いた通り結末が先に用意され、そこから話を組み立てていった極めて作為的な構成によって成立する予定調和的な作品世界。
どれほど奇妙な話が語られようとも、額縁に守られた世界は根本的には揺るがない。退屈な日常は退屈であるがゆえに安定し快適である。綺譚はすでに過去の物語として閉じられ、日常を脅かしたりはしない。異様な物語はそれに相応しい場所(それはメキシコ高地であったり、アマゾン流域の密林であったりするが)を必要とする。それは、此処ではない何処かである。
肘掛け椅子に座って事件を解決する探偵のように、自分の世界は誰からも侵されることなく、他者の異常な世界に首を突っ込み、束の間の非日常的快楽を味わおうとする読者にはうってつけの作品集である。中では、アンブローズ・ビアスの失踪事件を題材に宮沢賢治の向こうを張る綺想を盛った『壜の中の手記』、ある流刑囚の皮肉な運命の物語『ねじくれた骨』、そして無人島に漂着した四人の人間の悲劇を神話的なまでに乾いた簡潔な筆致で描ききった『豚の島の女王』が心に残る。これらには日常性に首まで浸かった読者の心にも届く一抹の悲哀と苦味がある。
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不気味な短篇の数々。自分には合わないのか、思っていたほど面白くなかった。でも、カーシュが奇想と奔放な想像力の持ち主であることはよくわかった。
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江戸川乱歩みたいなちょっといかがわしいというか、怪しげな感じの小説ってなかなか最近は出ないわねぇ、って思うけど、これ、半分くらいは差別がどうとか、そういうのに影響受けてんのかなぁ、と。奇形がどうとか、そういうのって、今はなかなか小説なんかにできんだろうし。そうなるとやっぱり昔の小説ってのは貴重で、何故か昔の小説の危険な表現も、尊重して云々で訂正されないので、まぁ全部ひっくるめて興奮してしまかもしれんなぁ。
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面白かったです。Twitterて見た本が図書館にあったので借りてみたのですが、大好きな奇想でした。
不思議さも爆発していますが、人のおかしみや悲哀もあって良かったです。
「壜の中の手記」「ブライトンの怪物」「時計収集家の王」が特に好きでした。
ブライトン~はまさかの!そうつながるの?となりました。かなしい。
壜の中~と時計~は、わたしでは想像力足りないですが、がんばってみるとキレイなような紙一重のところがあってよいです。
紹介してくださって出会えて良かった。楽しかったです。
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『彼の立場にもなってみたまえ。広島で床に就いたときは一九四五年の八月で、次の瞬間――ドーン! そして気がついたら一七四五年八月のブライトンにいたのだよ。あの不運な男が口がきけなくなったとしても何の不思議もなかろう。そんな衝撃を受ければ、だれだって舌が痺れてしまうにきまっているじゃないか。恐ろしいことだよ、カーシュ君』―『ブライトンの怪物』
戦前戦後、英国及び米国を拠点に作家として活動したというジェラルド・カーシュの短篇は、どことなく星新一のショートショートを思い起こさせる。カーシュの短篇の舞台となるのは古き良き時代、あるいはほとんど全ての人々が等しく貧しく未来に対する期待が枯渇していた時代。そんな時代を背景に、時に空想科学的な物語の展開を用意し、最先端の科学技術をも越えた世界観を一瞬だけ垣間見せておいてどんでん返しのオチを付ける。しかも目の前でコインを何度も消したり取り出したりする奇術師のように、そんな掌返しを幾重にも重ねる。
翻訳者の一人西崎憲によれば、本書に登場する主人公たちのように作家本人も中々に波乱万丈な人生を送った人のようだが、レスリングを嗜んだり、従軍記者として記事を書いたり、糊口を凌ぐ為に新聞・雑誌に雑文を書いたりしていたらしい。そんな経験が元となった(作家本人は自身の作品を「全くの創作という訳ではない」とも言っている)逸話や登場人物たちの会話が、本書の彼方此方に見え隠れする。そして何より特筆すべきなのは、その皮肉屋ぶりだ。
『ピルグリムという男には、どこか黴臭いところがあった。人間に当てはめるなら、「みすぼらしい」という形容がぴったりだ。彼を見ると、自家製のジャムの壜の表面に黴がついているのをめざとく見つけた主婦のような気分にならずにはいられない。「味はいいけど、どうしたものかしら」と彼女は自問自答する。「でも捨てるのはもったいないから、貧乏な人にでもあげましょう」 ピルグリムも同様だと、私には思えた』―『黄金の河』
さっと読み飛ばしてしまうと、何を言っているのか掴み取りかねるような言い回しで、カーシュは世の中を、そしてそんな世間を生きる人々を皮肉って止まない。ある意味、世捨て人のような立場を貫く人々が本書の短篇に多く登場するが、そこに作家本人の世の中に対する姿勢が投影されていると見ることも出来るように思う。作家としての成功を目指しつつ、数々の職を転々とした後、一定の成功を手に入れたものの、二度の離婚、転々と居住を変える生活、飲酒による健康悪化、そして五十七歳での死、と、破れかぶれのような生き様から絞り出された皮肉には、一方でユダヤ系として戦争を潜り抜けたが故の苦渋が透けて見えるようでもある。それは詰まるところ、善人と呼ばれる人たちへの不信であり、ユダヤ教の教えるところの救済に対する不信でもある、と読んでしまうのは読み過ぎだろうか。けれど、こんな文章にカーシュの抱く苦悩が見え隠れするように思えないだろうか。
『ヒステリーにはほっぺたを平手打ちするのがだいたいの場合何よりの特効薬だが、一発で莫大な人数の顔を同時にひっぱたくなどという芸当がいったい誰にできよう。しかも���々が身を置いているのは、集団ヒステリーと盲信と妄想と、いつ暴走するかわからない危うい群衆の時代なのだ』―『狂える花』
因みに、表題作である「壜の中の手記」は宮澤賢治の「注文の多い料理店」を、そして短篇集の最後に配置された「死こそわが同志」はスタンリー・キューブリックの「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」を思い出さずにいることは難しい。キューブリックがキューバ危機を背景にブラックユーモアによる風刺劇を描いて見せたように、カーシュもドイツによるポーランド侵攻の前年、欧州を覆う不穏な空気を風刺するようにこの作品を書いたのだ。そして賢治のブルジョア青年が主人公の童話もまた「糧に乏しい村のこどもらが都会文明と放恣な階級とに対する止むに止まれない反感」から書かれたのだということは知っておいてよいことのように思う。