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紙の本
さりげない愛
2002/07/16 02:21
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投稿者:コーチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
イギリスの文豪サマセット=モームの代表作で、自伝的長編小説。
生まれつき足が不自由な孤児フィリップは、牧師をしている伯父夫婦に育てられる。成長した彼は画家を志し、パリに渡る。パリの芸術仲間とのボヘミアンな生活、とりわけ詩人クロンショーとの出会いは彼に大きな刺激をあたえる。しかし彼は自身の才能に自信をもてず、その道を断念し、医師をめざす。
ロンドンの医学校に入ったフィリップは、やがてミルドレッドという女性に熱烈な恋をする。しかし、わがままで浮気性の彼女は、他の男といっしょになってはフィリップのところへ戻り、また別れては戻り、とさんざん彼を悩ませたあげく、永遠に彼のもとを去る。
同時に、株に手を出し大損をしたフィリップは、ほとんど無一文となり、仕方なく一時的に学校をやめ、衣料品屋の店員になる。さらに旧友ヘイワードの死の知らせが舞い込み、彼は失意のどん底に落ちる。
人生の意味について考えるフィリップ。いったい人生は何のためにあるのか。人は何のために生きているのか。彼の脳裏に浮かんだのは、かつてクロンショーがペルシア織のぼろきれを示しながらつぶやいた「ここに人生の意味が隠されている」という言葉だった。
縦糸と横糸の交差からなる布地はわれわれ一人一人の人生である。ある者の人生は美しく華麗であり、あるものは平凡で、またあるものは惨めである。織物職人が自分の思い通りの布地を織るように、人は自分の好きな人生を歩む。しかしどれも一つの模様を織り成している。
フィリップは悟る。人生に意味や目的はないと。人は生きて死んでゆくだけである。人は自分の欲求にしたがった目的や意味を人生に対していだくかもしれないが、それらはすべて幻想にすぎない。ヘイワードのように、みじめな最期を迎える者もいれば、一生幸せにすごして終わる者もいるが、それぞれはただ自分のあたえられた人生を歩んだだけである。人生の不条理に怒り、絶望したフィリップはいつしかこのような考えに到達し、人生という重荷から解き放たれ、幸せを味わう。
物語は結局、伯父の死で遺産を手にしたフィリップが、無事医者となり、若く聡明な妻サリーを手にして終わる。全体としてウィットに富んだ青春物語で、青年期の苦悩と葛藤がさらりとした手法で描かれているが、この小説で何よりも感動的なのは、登場人物たちのさりげない愛であろう。
前半部、パリに旅立とうとするフィリップを伯母が呼び止め、ひそかにためてきたへそくりを手渡す。
「私いつでもあなたのために何かしてあげたかったの…私ね、あなたが小さかったころ、いけないことだけれど、あなたが病気になるのを望んだの。そうしたら私ずっとあなたのそばについて看護してあげたのにってね。でもあなたが今までに病気になったのは一度だけ。それも寄宿舎にいるときだったわ…これが私にとってあなたを助ける唯一のチャンスなの。いつかあなたが芸術家として大成したら、私のことを思い出してちょうだい」。
またサリーがフィリップに、愛を告白する場面。
「あなたが食べるものもなく、野宿をしていたあげく家にやってきた日のこと覚えてる? あのとき私、お母さんといっしょに弟のベッドを整えてあなたの寝床をつくってあげながら、あなたのこと好きだってわかったの」。
無意識を装いつつ、彼女らはフィリップのことをずっと愛していた。ミルドレッドとの泥沼のような愛と同様、この遠く見守る愛もまた物語の中心的なモチーフではないだろうか。人間の絆というタイトルが暗示しているのは、まさにさまざまな愛を契機とする人と人とのつながりである。
物語には、この他にもサウス医師、美術教師のフォアネなど、魅力的な人物が多数登場している。みな屈折しながらも、あたたかな情愛を内面に秘めた人々であり、彼らの不器用でさりげないやさしさもまた、感動的である。