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著者 ヘルマン・ブロッホ (著),菊盛 英夫 (訳)
夢遊の人々 下 (ちくま文庫)
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評価内訳
2011/08/07 19:30
投稿元:
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3つの長編小説から成る、ドイツ文学の大作。 第1部「1888年」は田舎出身の主人公による「ロマン主義」的心理の表出、第2部「1903年」の主人公は「会計係」を得意とし、やがていかがわしいビジネスにも身を乗り出す。これが「無政府主義」。 第3部「1918年」は第1次大戦下で、主人公は狡くてどうにもいけすかない男。しまいに殺人まで犯しながら平然としている。副題は「即物主義」。 第1部と第2部は写実主義的な小説で、平凡で退屈、けれどもまあまあ、それなりに事件はあるという、ありふれた生を描き出している。よく書けていると思う。 第3部は「実験的」で、めまぐるしく視点となる人物は変わり、場面が飛んで、突然詩や哲学的な論考がはさまれる。 この哲学的な論文というのが、「価値崩壊論」で、これが全編の背景をなす時代状況や、ある種のニヒリズムを直接的にあらわしているらしい。 しかし、このような哲学的論考を小説にねじりこんでくるというのは、どうも好きになれない。おまけに、著者はどうやらニーチェの影響を受けているらしいが、ルネサンスがどうだとか、近代とともに価値の崩壊が始まったとか、やけに歴史哲学的なゴタクがうざったらしく、思想内容も鋭いところを感じない。ただの素人である。 トーマス・マンやハクスリーも当時評価した作品らしいが、どうも私にはさほどの傑作とは思えなかった。 3編を通じていわば「裏主人公」といえる位置にあるらしいベルトラント、第1部では女たらしだったのに第2部では同性愛になっており、死んだはずなのに、転成したのか第3部で「ベルトラント・ミュラー」と名前を変え、くだんの哲学論文を書いたり、独白をこぼしたりする。この人物の扱いがどうもよくわからなかったので、たぶん私はこの大長編を十分に理解できなかったのだろう。 とはいえ、リアリズム小説としてはよくできているし、ヒトラー政権誕生の前年までに刊行された本だというのに、それをまるで予期しているかのような、殺伐とし緊張した時代の雰囲気を巧みに醸し出しているから、ひとつの時代の証言として、たいしたものだと思う。
2012/10/02 21:19
その他いろいろ思ったことを下巻のレビューに。 表紙はエゴン・シーレの絵である。あまり知らなかったのだけれど、その生涯が映画にもなっているみたいだ。さすが芸術家。いろいろ調べてちょっと興味が出たので機会があれば何か関連本でも手に取ってみたい。 ブロッホは古井由吉さんの翻訳(『誘惑者』)もあるようだ。最近読んだ『辻』の中に、「怒ると目が見えてくる/見えてきそうになる」というような箇所があり、不思議とひっかかっていた。そういえば古井さんには『忿翁』なんて著作もある。『夢遊の人々』の中にも「怒りが感覚を鋭くする」なんて箇所がある。どこか響き合っているような気が個人的にしたが、感覚としてはもう一つつかめないけれど、何か大事なことを言っているような気がする。なんだろう… これからも考えよう。
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