投稿元:![ブクログ](//image.honto.jp/library/img/pc/logo_booklog.png)
レビューを見る
3つの長編小説から成る、ドイツ文学の大作。
第1部「1888年」は田舎出身の主人公による「ロマン主義」的心理の表出、第2部「1903年」の主人公は「会計係」を得意とし、やがていかがわしいビジネスにも身を乗り出す。これが「無政府主義」。
第3部「1918年」は第1次大戦下で、主人公は狡くてどうにもいけすかない男。しまいに殺人まで犯しながら平然としている。副題は「即物主義」。
第1部と第2部は写実主義的な小説で、平凡で退屈、けれどもまあまあ、それなりに事件はあるという、ありふれた生を描き出している。よく書けていると思う。
第3部は「実験的」で、めまぐるしく視点となる人物は変わり、場面が飛んで、突然詩や哲学的な論考がはさまれる。
この哲学的な論文というのが、「価値崩壊論」で、これが全編の背景をなす時代状況や、ある種のニヒリズムを直接的にあらわしているらしい。
しかし、このような哲学的論考を小説にねじりこんでくるというのは、どうも好きになれない。おまけに、著者はどうやらニーチェの影響を受けているらしいが、ルネサンスがどうだとか、近代とともに価値の崩壊が始まったとか、やけに歴史哲学的なゴタクがうざったらしく、思想内容も鋭いところを感じない。ただの素人である。
トーマス・マンやハクスリーも当時評価した作品らしいが、どうも私にはさほどの傑作とは思えなかった。
3編を通じていわば「裏主人公」といえる位置にあるらしいベルトラント、第1部では女たらしだったのに第2部では同性愛になっており、死んだはずなのに、転成したのか第3部で「ベルトラント・ミュラー」と名前を変え、くだんの哲学論文を書いたり、独白をこぼしたりする。この人物の扱いがどうもよくわからなかったので、たぶん私はこの大長編を十分に理解できなかったのだろう。
とはいえ、リアリズム小説としてはよくできているし、ヒトラー政権誕生の前年までに刊行された本だというのに、それをまるで予期しているかのような、殺伐とし緊張した時代の雰囲気を巧みに醸し出しているから、ひとつの時代の証言として、たいしたものだと思う。