紙の本
一人の女との出会いが男を思わぬ道へ流していく6編
2010/01/06 19:16
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
各作品に共通していると感じたのは「一人の女と係わった男が思わぬ方向へ流されていく」ということ。
『しぶとい連中』はどこか顔をほころばせてしまう内容で、一番気に入っている。
『暁のひかり』
壺振りの市蔵が、まともな仕事で暮らすことができると思うのは、空気が澄んで冷たい暁のひかりが町を染め始める頃だけだった。
しかし病と闘っていた一人の娘と出会ったことで、その思いは膨らんでいく。
町を染める暁のひかりと、市蔵の中に生まれた気持ち(光)とが照応し、お加代と出会った市蔵の心の高まりとともに、その光が徐々に大きくなっていく情景が印象的。
『馬五郎焼身』
生真面目で娘を大切にしていた大男の馬五郎は、娘の死から荒くれだし、その風貌から熊五郎と呼ばれるようになった。
妻を追い出したあと、女に入れ込んだが貯めた金を持ち逃げされた馬五郎に、女の情報が入った。
馬五郎はいつまでも、死んでしまった娘が忘れられないのだ。
『おふく』
女衒に売られた幼なじみのおふくに会いに、造酒蔵(みきぞう)は明石屋へやってきた。
時間は経ってしまったが、簪(かんざし)職人となった造酒蔵は、初めて作った簪を持って、おふくをこの家からいつか連れ出してやると言いにきたのだ。
しかし、おふくは明石屋で人気となっていて、会うことはできず、造酒蔵はおふくを明石屋から抜けさせるには金がいることを知り、賭場の胴元の下で恐喝をするようになる。
それぞれの行く先の明暗が悲しくさせ、造酒蔵の一途な思いを描くある意味、純愛小説。
造酒蔵とおふくの思い出のシーンがとても好きだ。
『穴熊』
夜逃げしたお弓の行方を今でも捜している浅次郎。
女を売っている場所で、お弓に似た女性と会うが別人で、武家の者だと感じた女をなぜか浅次郎は気になっている。
賭場で嵌められ損をしてしまった浅次郎は、仕返しのため、偶然出会った浪人を誘い、賭場のいかさまを暴いて大金をせしめようと計画を立てた。
男なら気持ちは分からなくもないクライマックスが切ない。
浅次郎の気持ちの変化も切ないものがある。
『しぶとい連中』
熊蔵は川に身を投げようとしている親子に出会った。
凶暴な人相で母親を叱り飛ばし、身投げを思いとどまらせた熊蔵は、賭場で儲け、旨い酒を飲み、しかも人助けまでし、上機嫌で帰路へつくが、振り返ると、さっきの身投げ親子が付いてきていた。
どこまでも付いてくる身投げ親子をやっとの思いで撒いて家に辿り着いた熊蔵。
安堵でたちまち眠気に襲われ、いびきを立て始めた頃、家の表戸がそろそろと開いた。
ユーモア溢れる作品。熊蔵の災難物語といったところだが、思わずにやりとしてしまう。
熊蔵と身投げ親子の闘い?が見所で、子ども達の描写がリアルで面白い。
自分の身に起こったら恐い状況だと思うが、まったく違和感なく楽しめるから不思議だ。
『冬の潮』
市兵衛の妻はすでに他界し、嫁・おぬいの夫で息子の芳太郎は事故死してしまった。
しばらくすると内状に噂が立ち始め、おぬいを実家へ帰したが、以前のように茶屋で働きだした。
市兵衛は、澄んだ黒眸(くろめ)をしたおぬいが、金のために男に抱かれるのが辛かった。
以前のおぬいを取り戻そうとする必死の市兵衛、変貌していくおぬい、そして本心を抑えた市兵衛の建前が市兵衛自身を追いつめていく様子が描かれている。
長い間、潮のうねりに翻弄されてきた市兵衛の物語。
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暁のひかり
馬五郎焼身
おふく
穴熊
しぶとい連中
冬の湖
人足、荒くれなど、巷のはぐれ者達の哀切な息遣いを捕らえた短編集。
藤沢作品は 人情ものというか、お互い想い合ったいたわり合った夫婦とか
感動作品ばかりだと思ってました。
こんな 素晴らしい人達ばかり?
現代では描きにくいから昔の時代にもってきた?というようなのが 読んだのでは多かったです。
この本は、なかなか 切ない気持ちになります。
人生、そう上手くはいかないよね、みたいな。。
特に 「おふく」の、主人公は 何ともいえませんね。何やってんだ俺、と、むなしく思ったんじゃないでしょうかね。
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相変わらずの面白さ。
市井の人々がやはり一個人として生きているという印象を受ける。
火の中の子供を救ったことで自分の心も救われたり・・・と
話全体としてはどれもやりきれない思いの残る作品。
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「らしい」と言えば「らしい」のかもしれないけど…
溺れている人を、助けの手が差し伸べられそうなところでさらに押し沈めるような暗さがどの作品にもある短編集。
全編この暗さはきつい。
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◇六篇
「暁のひかり」
「馬五郎焼身」
「おふく」
「穴熊」
「しぶとい連中」
「冬の潮」
解説:あさのあつこ
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短編小説が六つ、入っている。
いずれも何かがきっかけで堅気な生活から足を踏み外してしまった男や女の話しである。
この中で、印象に残ったのが「馬五郎焼身」。
過去に幼い娘を妻の過失で亡くすという悲しみを背負った馬五郎。
それから馬五郎は荒れ始め、妻はなんとか彼に許しを請おうと耐えるが
馬五郎の心の傷は癒えず・・・。
二人は別れ、馬五郎は一人の女に入れあげたりして依然荒んだ生活を送るが、心の底には常に深い悲しみがある。
いろいろあって、昔の妻と再会するんだけれど そのとき馬五郎は思う。
「女ってえものは、強えや。」
本当にそうかもしれないな、と同感。
女は過去にどんな罪を背負ったとしても、したたかに生きてゆく生き物である。
反対に男は、どんなに強そうなことを言っても案外精神的に弱い。
最後に馬五郎は、通りがかった火事で逃げ送れた子供を助けるため、単身火の中に飛び込んで 子供を助け出す代わりに真っ黒になって焼け死ぬ。
しかし最後の記述を読むと
「馬五郎は冷たい土に、顔を横向きにして腹這ったまま死んでいた。顔も背も焼けただれていたが、
火に照らされたその骸には、どことなくひどい仕事を終わって、身を投げ出して眠っているような安らぎがあった。」
馬五郎はこれでやっと長い苦しみから解放されたのだ。
自分でもわけがわからなくなるほど、時の流れと心の傷が馬五郎を変え、歪めていた。
過去の傷さえわからなくなるほど。
それでも、ずっと刺さっていたそのトゲが抜けたとき。
馬五郎は本当の安らぎを得たのだろうなぁと思う。
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初期の短編集です。
デビューから3年目くらいの本だから、ちょっと切ないストーリーが多いですね。
直木賞を受章する前は、うっ屈した思いをぶつけながら書いていたそうなので。。。まだその流れが残っていたのかもしれません。
でも、なんでもない動作の描写に心情がにじみ出ている、その、なんともやさしい感じがあるんですよね。
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壷振りの市蔵は、賭場の帰り、大川端で竹を杖に歩く稽古をする足の悪い少女に出会う。ひたむきな姿に、ふとかたぎの暮らしをとりもどしたいと思う市蔵だが、所詮、叶わぬ願いだった―。江戸の市井を舞台に、小さな願いに夢を見ながら、現実に破れていく男女の哀切な姿を描く初期の傑作短篇6篇を収録。
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表題作のほか、「馬五郎焼身」 「おふく」 「穴熊」 「しぶとい連中」 「冬の潮」
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どの物語も、はみ出し者たちが主人公だが、彼らの悪に染まり切ってはいない、やるせなく哀しい心情がさらりと描かれていて、ほだされる。そんな彼らの前に現れる女たちもまた、それぞれの立場なりの屈託を抱えて日々を暮している。全編を通して静かな情が流れているような一冊である。
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これね、巻末のあさのあつこさんの解説も良かった。私が今、この作家に夢中な理由のすべてが書いてあった。そうそう、そうなの!って感じで(笑)。
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暁のひかり
馬五郎焼身
おふく
穴熊
しぶとい連中
冬の潮
江戸の市井を舞台に、小さな願いに夢を見ながら、現実に破れていく男女の哀切な姿を描く初期の傑作短編6編を収録。
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良かった。
ハッピーエンドではないところが、また。
最後、あさのあつこさんの解説も、良かった。
若いこれからの人たちに、ぜひ読んで欲しい。
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6話の短編が、書かれている。
どれも、まともな人生を踏み外した者が、少しの間、夢を見る。
だが、世の中そう甘くはない。
思う通りの人生を描きながら、どうにでもなれ!と、やけっぱちになりながら、生き抜いていく様。
人の世は悲哀に満ちている市井の話を、描いている作品ばかりであった。
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内容(「BOOK」データベースより)
壷振りの市蔵は、賭場の帰り、大川端で竹を杖に歩く稽古をする足の悪い少女に出会う。ひたむきな姿に、ふとかたぎの暮らしをとりもどしたいと思う市蔵だが、所詮、叶わぬ願いだった―。江戸の市井を舞台に、小さな願いに夢を見ながら、現実に破れていく男女の哀切な姿を描く初期の傑作短篇6篇を収録。
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藤沢周平の短編集。いずれも訳ありの男が主人公で(わりと賭場に絡んでいる人物が多い)、解説で作家のあさのあつこ氏が記すように、いずれの話も“身に沁みてくる”。静かに、でもしっかりと心の芯に届き、語りかけてくれる、そんな珠玉の作品ばかりです。
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「暁のひかり」「馬五郎焼身」「おふく」「穴熊」「しぶとい連中」「冬の潮」の6篇。何れも江戸を舞台にした市井・渡世ものです。
表題作「暁のひかり」の冒頭、賭場帰りの壺振りの市蔵が、朝靄の中で歩行練習をする少女おことに出会うシーンはとても清冽で記憶に残る作品です。少し堅気の世界に未練を感じる市蔵ですが、やはり最後は暗闇の中に沈み込んで行ってしまいます。このあたりは初期の藤沢さんのもつ「どうしようもない暗さ」です。
「穴熊」の武家の妻女・佐江と「冬の潮」の亡くなった長男の嫁のおぬいはよく似た設定です。主人公たちは女性を苦界から引き揚げようとしますが、清純だった女性は男を知ることで淫乱に染まってしまって居ます。
「しぶとい連中」はこの時代の周平さんの中では珍しい諧謔な作品です。身投げしようとした母子3人を拾ったアラクレ者の熊蔵が、家に居ついてしまった母子に懐柔されていく様子が面白い。
江戸の街で、少し道を踏み外した者たちが、わずかな願いを抱えてうごめく悲哀。
まだまだ暗さを抱えた作品群ですが、最初期の「身を持ち崩した主人公が最後に堕ちて死ぬ」というパターンから、最後まで死ななかったり、死ぬにしても前向きになったような気がします。
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余りに繰り返し読んだ挙句、ストーリーが完全に頭に定着してしまい、2009年を最後に再読を封印してきた藤沢さん。
先日から封印を解き、全作品を出版順に読み返しています。これが5作品目です。