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ハーバード大学の人気講義で有名なマイケル・サンデル氏の「公共の正義」について論じた興味深い一冊です!
2020/04/21 10:14
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、ハーバード大学における大好評を博した人気講義で有名なマイケル・サンデル教授による一冊です。同書は、経済格差、幇助自殺、アファーマティブアクションといった多様で、難しい問題を取り上げ、その思想的背景を分析しながら、今日の私たちが生きる世界での「公共の正義」とは一体どういうものなのか、ということを分かり易く説いています。同書の内容は、「アメリカにおける公共哲学の探求」、「個人主義を超えて―民主党とコミュニティ」、「手軽な美徳の政治」、「州営宝くじに反対する」、「教室でのコマーシャル」、「公共領域をブランド化する」、「道徳性とリベラルの理想」、「手続き的共和国と負荷なき自己」、「成員資格としての正義」などから構成され、難しいながらも、読者に分かり易く伝えてくれます。ぜひ、一度、読んでいただきたい一冊です。
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カント、ロールズそしてサンデル
2017/10/13 10:50
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投稿者:とめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
様々な政治的制度や宗教観・道徳観、リバタリアンとコミュニタリアンの考え方の相違にも拘らず、”正は善に優先する”と哲学者らしく言い切っている。もう少し宗教観の強い人かと思っていたが。
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「白熱教室」への誘い
2011/08/11 15:44
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投稿者:碑文谷 次郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「白熱教室」で、様々な意見を巧みに交通整理してくれたものの、それであなたはどう考えるのか?という疑問には十分こたえてくれなかったサンデル教授が、本書では、その思想的基盤を十分開示してくれている。「正義(権利)は善(道徳)に優先するか」を一つのキーワードとして読み進むと、改めて「白熱教室」のテーマが理解しやすい。例えば教室で最初の議論である「暴走列車」。本書で、≪英語圏で支配的な正義の構想は功利主義だった。法律と公共政策は、最大多数の最大幸福を追求しなければならない、というものだった≫と、五人の線路工事人を殺すよりも一人の線路工事人のいる線路へハンドルを切る運転手の功利主義的選択への、やむを得ない不可避的同意の後に、善(道徳)の切り口から≪ロールズはこうした見方を、個人の権利を尊重していないとしてはねつけた≫と功利主義への批判を展開するのだ。
その一方で、リベラル派について、例えば≪コミュニティ内の行進可否≫という二つの係争を事例としてその限界を指摘する。≪ホロコースト生存者の多く住むコミュニティ内のネオナチ行進≫と≪南部の人種差別主義者の多く住むコミュニティ内のM.L.キング行進≫は許されるかという課題に直面し、両ケースともに言論の自由という正義(権利)の下に、行進は許されるべきだというリベラル派に対し、≪ホロコーストの生存者が共有する記憶は道徳的な敬意を受けるに値するが、人種差別主義者の団結はそうではない≫と断じ、「道徳的区別」を持ち込んだ判断の重要性を説く。
とりわけ印象深いのは、「信教の自由の権利」について、信仰の内容や宗教そのものの道徳的な重要性については判断せずに、自由で独立した自己が持つべき信教の権利を主張するリベラル派への疑問である。ここでも、サンデル教授は≪安息日に職場を休む権利と、フットボールの試合見物に休みを取る権利は同じか?≫という例えを出しつつ、≪宗教的信念は、その実践を通じて特定の社会を特徴づけるに際し名誉や評価に値するさまざまな存在や行為を生み出す≫という道徳的価値を力説して、正義(権利)という美名の陰でミソもクソも一緒に扱う過ちを鋭く衝く。本書を携えてもう一度「白熱教室」に通ってみたい気がする。
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少し難しいけどふつーに読める。1章は歴史絡みの話がカタイ(もっと池上さんの本とか読むかな~)
小論集なのでいきなり2章を読んでも問題はない。ただし、アファーマティブアクションや幇助自殺やもろもろの問題提起がすぱっと明快ではあるけど、あくまでそれを知るだけじゃなく、一章に提示されてるような自己統治の問題に繋げて考えなきゃ意味がない。
というか、アメリカの公共への市場進出は日本より先を行っててスゴイ。マクドナルドの教科書で学校の勉強…?日本もこうなる日が来るの?
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著者は、ジョン・F・ケネディ以後、アメリカの民主党はジミー・E・カーター、ビル・J・クリントンしか大統領を輩出していないことから話を始める。その間、民主党の大統領候補はウォルター・F・モンデール、マイケル・S・デュカキス、アル・A・ゴア、ジョン・F・ケリー…といたが、彼らは魂や道徳に関する議論を避け、ひたすら政策論争に時間を割いた。しかし投票者の多くは、魂や道徳に関して投票行動を行っていることを説明する。
カーターは、前々大統領のニクソンのウォーターゲート事件の煽りで当選したとも言えるが、それ以後の大統領は共和党・民主党関係なく「魂や価値観」をちりばめた演説を行っている。特にジョージ・W・ブッシュが著しい。
リンドン・ジョンソン大統領以後、「偉大な社会」を掲げて政策を行って来たが、それ以後「手続き的共和国」というように魂や価値観に関する議論に関し、国家は関与しないという姿勢を見せて来た。しかしそうすると、メディアは政治家のあら探しや原理主義者の台頭など、その意味では下らなく、センセーショナルな報道が多勢を占めるようになる。まさしく今の日本に当てはまる。そのような中、全体主義を肯定するような思想も出てくる。その意味でサンデルは、これを肯定して来た「リベラリズム」は貧弱な思想だとはいうが、また同時に不寛容な思想もまた「見当違い」であるとする。
そこで彼がその一派であるとあるとされる「共同体主義」であるが、彼はそのロールズの正義論の偉大さを説明する。ロールズの生きた1970年代の英米圏の政治哲学は瀕死の状態であり、功利主義が多勢を占めていたそうである。しかし彼はそれは人権を侵害しているとはねのけ、生まれた地位による格差原理を肯定した。
彼はコミュニタリアンであると云われるが、そのコミュニタリアニズムがその共同体で主流となっている思想を肯定するという意味においては、彼は賛同しないとする。実際「共同体主義」を辞書で引くと、そのように書いてある。
彼は「正義と善」は連関していることについては肯定するが(相関していないと考えるのはリベラリストである)、そのコミュニティで広く支持されていることや共有されている概念を求めることは、サンデルは批判している。彼の主張は、さらに内在的であり、批判を広く支持し、その正義の目的に応じて正当化される、とする。それはアリストテレスの時代から云われていることである。
信教の自由や表現の自由は、信じることまたは表現することそれ自体の自己を守ることがリベラリストの主張である。しかし彼らはそれが正しいと思っているから、その行動を行う。ゆえにその目的の判断から、国家は逃れることはできない。なぜならば、その行動によって引き起こされる問題が、他に起因する同じような問題も存在するからだ。
この本は一部と二部は、「これからの正義の話をしよう」に焼き直しのような内容であるが、三部は彼の思想がそのまま顕れている。リベラリズムに関する記述は、ロールズ以外にもデューイなどの思想も紹介されているが、難解で理解に苦しんでしまった。
彼���テレビや講義で「何が正義なのか?」と問い続けているのも、この彼の「共同体主義(目的論)」に基づくものであり、彼の姿勢そのものが、彼の信念に基づいた行動であると言えると、私は考える。
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正義と善の関係性が問題のようだ。
アメリカの問題ではあるが、そのまま日本の問題である。いろいろ考えさせられた。
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「ハーバード白熱教室」と「これからの「正義」の話をしよう」で一躍有名になったサンデル教授の小論集です。
東日本代震災後に被災地でのモラルある行動や助け合いの精神が世界で評価されましたが、当の日本人からすれば「当然のことをしたまで」という感覚で世界の評価に対してピンとこなかった人も多いのではないでしょうか?近年、市場原理主義の弊害や格差の問題が日本でも話題になっていますが、本書を読むと本場米国での市場原理主義の先進性には驚かされます。また、英国の若者の暴動についても公共道徳が失われていることを原因に挙げる人もいます。
日本には英米よりも公共性が比較的強く残っているとはいえ、身の回りの出来事をみると同じような道を追いかけているような気もします。サンデル教授の本が話題になったのもそうした風潮を多くの人が感じているからではないでしょうか。この本は主に米国の状況に論じられていますが、今後の日本の社会を考える上でも示唆に富んでいます。
第一部「アメリカの市民生活」ではアメリカ政治史の中での公共哲学の位置づけの変遷が解説されています。どのように経済の拡大が公共性に影響を与えてきたかが論じられています。
第二部「道徳と政治の議論」はCO2排出権取引、法廷での被害者の発言権、妊娠中絶等、対立しやすい議論を通じて、これまでの政治哲学の問題点を指摘しています。観念的な議論になりやすい哲学を身近な話題を通じて考えることができます。
第三部「リベラリズム、多元主義、コミュニティ」は現代社会のベースとなっているリベラリズムの限界について解説するとともに他のコミュニタリアニズムとサンデル教授の違いについても触れています。
やや難解な部分もありますが「これからの「正義」の話をしよう」を先に読むと比較的分かりやすいと思います。
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マイケル・サンデルの論文集。エッセンスはアファーマティブ・アクションや同性愛、幇助自殺等であり、取り上げられている理論も主にリベラリズムやリバタリアニズムなので、「白熱教室」等で書かれているものとほぼ同様の内容を扱っている。しかしながら、口語体でない分だけ印象が違うし、また、より直接的なサンデル氏の意見を知ることができる。
サンデル氏のリベラリズムへの批判自体は説得力があると思うし、正義が道徳上の問題(善)に対して中立的ではあり得ないという点については大きく同意する。しかしながら、正義と善とは切り離せないものだ、というサンデル氏の見方は、理論的に力不足であるように思える。議論を重ねる、それは勿論良いとして、最終的に到達する道徳上の結論を導くための理論構成がもう少し明確にする必要があるのではないだろうか。リベラリズムの「中立的」(=何もしない)という取扱いがあまりに魅力的であるために、この「議論をする」メリットとその手法が明確でないと、リベラリズムの流れを止めることはできないだろう、というのが私の考えです。
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第2部「道徳と政治の議論」は軽めのエッセイ集で、楽しめるし、アメリカとの比較で日本のことを考えるヒントにもなる。
第3部はなかなか難解、なかでも28章「政治的リベラリズム」は著者の見解の中核と思われる部分であり、読むのに非常に骨が折れた。
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このサンデルという人、昨年NHK教育テレビで放送されて話題になったとか。見てなかったし、全く知らなかった。
最初一般的な倫理学を扱っているのかと思ったら、著者は政治哲学が専門なので、アメリカの政治状況が詳しく書かれている(第1部)。
第2部では宝くじ、幇助自殺、妊娠中絶、同性愛といったテーマを次々に扱っていき、ここが一番興味深かったが、どれもごく短い文章で、著者の独自の考えはあまりストレートに伝わってこなかった。
第3部でロールズが重点的に扱われる。
ベンサム、ミルのような功利主義的考え方(最大多数の最大幸福など)がアメリカ人の根本にあるように思うが、ロールズはそこに登場し、個人の「権利」を重視する新たなリベラリズムを主唱し、アメリカ社会に多大な影響を及ぼしたらしい。というわけで、ロールズ、偉いらしい。
ロールズについては『公正としての正義』という、日本オリジナルの論文集を読んだきりだが、『正義論』も今度読んでおこう。
この本は総じて、期待したほどの内容ではなかったが、冒頭の部分に最も刺激を受けた。
<政治が国民の人格を形成したり、美徳を涵養したりしようとするのは間違っている。そんなことをすれば「道徳を法制化する」ことになりかねないからだ。政府は、政策や法律を通じて、中立的な権利の枠組みを定め、その内部で人びとが自分自身の価値観や目的を選べるようにすべきなのだ。>(p.21)
このような考え方が、日本人には欠けている。要するに個人を尊重しないので、リベラリズムが存在しない。いつまでも穏健、保守的な共和主義思想のような感じ。
かくして日本では、「国旗・国家」の「強制」とか「道徳教育の推進」などという馬鹿げたことがまかりとおっているわけだ。この空気は「帝国」時代から変わっていない。
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難しいかもしれないけど『これからの正義の話しをしよう』の10倍おもしろい。「道徳の話をカッコでくくって」議論する風潮への批判は、今の(特に大震災後の)日本にも十分当てはまるかも。
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タイトルから想像してたのとちょっと違った。
というのはもっと漠然としたものだと思ってたら歴史とか判例とか使って哲学というより社会科学みたいだったから。
同性愛とか人工中絶が犯罪とみなされてたのが、それも選択とか、プライバシー権だとみなされるようになった経緯だとか、
宝くじはギャンブルなのに州が推進する矛盾だとか、ブルーカラーに売れるとかその広告だとか、興味深いことはいっぱい書いてあったけど欲を言えばもう少し著者の主観が聞いてみたかったかも。
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とても読み易い本です。
マイケルサンデル先生の白熱の議論を総括した内容となっています。
一章一章がとても短く、話がうまくまとまっています。
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道徳や宗教を徹底的に締め出したが故に、幻滅を呼び起こし、それが、公共問題の道徳的側面を扱わず、公務員の個人的な悪行に注意が集中するようになる。このようにして、政治論議がスキャンダラスでセンセーショナルで懺悔的なテーマになってしまう。日頃のくだらない政治家のスキャンダルはこのように生じて行ったというのが衝撃的だった。
また、ハンナ・アーレントが述べた「大衆社会の存立がこれほど難しいのは、そこに含まれる人びとの数が多いからではない。あるいは少なくとも、それが主要な要因ではない。人びとのあいだを埋める世界が、彼らをまとめ、結びつけ、また引き離す力を失ってしまったという事実が原因なのだ」というのは、サンデル教授が述べたとおり的を射ていると思った。これが、衆愚政治であったり、全体主義につながっていってしまう。今日の日本政治がダメな原因の一つなのではないだろうか。
『これからの「正義」の話をしよう』と『それをお金で買いますか』の元の作品になっている論文集なので、重複した記述や回りくどい言い回しなど、洗練さにかけていた。
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訳:鬼澤忍、原書名:PUBLIC PHILOSOPHY:Essays on Morality in Politics(Sandel,Michael J.)