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紙の本
小説・震災後 (小学館文庫)
著者 福井 晴敏 (著)
二〇一一年三月十一日、東日本大震災発生。多くの日本人がそうであるように、東京に住む平凡なサラリーマン・野田圭介の人生もまた一変した。原発事故、錯綜するデマ、希望を失い心の...
小説・震災後 (小学館文庫)
小説・震災後
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商品説明
二〇一一年三月十一日、東日本大震災発生。多くの日本人がそうであるように、東京に住む平凡なサラリーマン・野田圭介の人生もまた一変した。原発事故、錯綜するデマ、希望を失い心の闇に囚われてゆく子供たち。そして、世間を震撼させる「ある事件」が、震災後の日本に総括を迫るかのごとく野田一家に降りかかる。傷ついた魂たちに再生の道はあるか。祖父・父・息子の三世代が紡ぐ「未来」についての物語—。『亡国のイージス』『終戦のローレライ』の人気作家が描く3・11後の人間賛歌。すべての日本人に捧げる必涙の現代長編。【「BOOK」データベースの商品解説】
2011年3月11日、東日本大震災発生。そして、世間を震撼させる「ある事件」が、震災後の日本に総括を迫るかのごとく野田一家に降りかかる。祖父・父・息子の3世代が紡ぐ「未来」についての物語。〔「震災後」(2011年刊)の改題〕【「TRC MARC」の商品解説】
人気作家が挑む、3.11以降の世界
『亡国のイージス』『終戦のローレライ』の作者、5年振りの現代長編!
未来を見失ったすべての人たちに贈る、傷ついた魂たちの再生と挑戦の旅路。
2011年3月11日、東日本大震災発生。
多くの日本人がそうであるように、平凡なサラリーマン・野田圭介の人生もまた一変した。
原発事故、錯綜するデマ、希望を失い心の闇に囚われてゆく子供たち。
そして、世間を震撼させる「ある事件」が、震災後の日本に総括を迫るかのごとく野田一家に降りかかる。
「どうだっていいよ。仮に原発がなくなったって、どうせろくな未来はないんだ」
「被災地の人たちには悪いけど、ここだけは無事に済みますようにって、本気で祈ってる自分が情けなくて・・・・・・」
「道筋だけ示しておいてやれ。目指すべきものが示されれば、放っておいても子供たちは歩き出す」
傷ついた魂たちに再生の道はあるか。
祖父・父・息子の三世代が紡ぐ「未来」についての物語――。
【編集担当からのおすすめ情報】
著者自らが「今まで自分が書いた作品の中で、一番読んでもらいたい大事な本だ」と言うように、本書は「未来に向けて、何かを伝え、引き継いでいく」という、福井晴敏作品に共通するテーマを強く感じさせてくれます。
勇気や希望を与えてくれる言葉がきっと見つかると思います。
【商品解説】
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紙の本
こんな時だけど、そろそろ未来の話をしよう
2012/03/27 11:19
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ひろし - この投稿者のレビュー一覧を見る
「こんな時だけど、そろそろ未来の話をしよう」。作中に何度かかかれたこの言葉が、この物語が言いたい事をを良く表していると思う。そしてとてもとても、同感させられる。震災直後から私がずっと感じ、訴えてきた事です。東日本大震災で、被災地の人々がどんな辛い経験をしたか。どんな苦しい状況にあるのか。それを私たちは決して忘れてはいけないし、受け止めなくてはなりません。でも、今尚お涙頂戴的にマスコミが探し出し来ては流し続ける悲惨な話や悲しい話とか。ネットで拡散し続ける、聞くだに辛い話。そういうのは、正直もういらない。さらに悲しい事実を探し回って、悲嘆にくれてる場合じゃない。人の不幸に涙して、自分の幸せ噛み締めてる場合じゃない。被災地の方々も、あの日に何が起こったのか、それから一年でどれほど辛い思いをしたか。今なおそれを聞いてもらいたいだろうか。いやきっと、これからどうして生きていくのか、国は国民は、何をしてくれるのかそれを聞かせてもらいたいと思ってるのではないだろうか。
僕が言いたいのは、これまで言いつづけてきたのは、集約すればただ一点。「子供たちにどんな未来を作ってやれるのか」。子供たちが子供らしい夢を持てる未来に、少しでも近づけてやれるのかどうか。これに尽きます。また考え深い子供たちは、自分の未来に暗澹たる気持 ちになってしまっていると思う。この情報化社会で、事実と虚言が入り混じった情報の波に翻弄されて、疑心暗鬼になりきってしまっているのじゃないだろうか。そういう子供によっては、自暴自棄にもなりかねない。そんな子達に、どれほどの未来の話をしてやれるのか。
そのテーマの元に、原発問題から発するエネルギー問題、被災地問題などを多面的に検証した上で、生の声で物語に仕上げてある。そして締めくくりには、それらを解決に導く、大きな一つの夢が提示される。でも夢は夢だけど、全員が全力で実現に近づけなきゃいけない夢。とかくあなたが親なら、読んでみてもらいたい一冊。とてもオススメ。
紙の本
“原発事故”という未曽有の災害が生み出した社会の“闇”を巡る話が主題
2016/11/17 09:58
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ナミ - この投稿者のレビュー一覧を見る
2011年3月11日の東日本大震災のことを描いた作品と思って読んだら、主題はもっと深淵なものであった。 “原発事故”という未曽有の災害が生み出した社会の“闇”を巡る話が主題であり、その意味で「震災後」という題名をつけたのかな。確かに、“原発事故”で多くの人々がこのままではいけないとは思いつつ、速やかに脱原発に進めないジレンマ。そのジレンマとそれを生み出してきた過去の歩みから抜け出せないために未来への展望・希望・期待を持ち得なくなった国民の苦悩を描きたかったらしい。確かに、避けて通れないにも拘わらず、容易に答えを見いだせない問題だけに実に衝撃的な作品である。ただ、一つ目の赤ん坊の写真を偽造してネットにばらまいた(フクシマベビー)中学生の父親が中学校の全校集会で社会の“闇”について話すという展開は何となく問題のすり替えのような気がしてスッキリとしなかった。
原発事故がらみで悪質なデマ情報をネットで流した中学生を糾弾する中学校の生徒・教職員・生徒の親・その他関係者からなる“講演会“から始まる出だしに少々面食らった。私の頭の中では当然、地震による津波被害のことが主題になると考えていたからである。原発事故は確かに地震による津波によって引き起こされはしたが、私にとっては”震災“の内に含めて考えることに何故か酷く違和感を感じるためである。何故なら、原発は事故を起こした時には、とてつもなく長い期間にわたって、甚大な被害を広範囲に及ぼすものであり、如何なる理由があっても事故を起こしてはならない類いのものでなければならないからである。最悪の想定では、某国による”軍事テロ“まで想定しておくべき種類の問題である。それなのに、たかだか”津波“によって、「電源がダウンしたため」の重大事故というのは余りにもお粗末過ぎはしないかと考えると、今回の原発事故は「震災の一部ではなく」、「本質的に事の重大さを軽視した、拙い自分らの技術を過信したことによる”人災“である」と思えてならないからである。どうも私の頭の中では、”震災“=”地震・大津波による災害“=”天災“と、”原発事故“=”人災“とは全く別の災害として整理されているらしい。さて、本書は意表をつく出だしから一転して時間を遡り、震災当日からの話を順に追う形になるが、さて私の感じる違和感と著者の言わんとすることとは交わっていくのだろうか。と思って読み進めたら、P-64に「以後、東北・関東各県で震度5クラスの揺れが頻発するようになり、それまで原発事故の陰で霞んでいた本来の”天災“、地震の脅威があらためて日本全土にのしかかってきた。」という記述を見て安心した。
しかし、本書で著者が描きたかったのは社会の“闇”、原発事故で蠢きだした人間の心の“闇”の問題だったらしい。うん、確かに言いたいことは分からないでもないのだが。展開としてどうもすっきりしませんでした。