紙の本
危うさの中で
2019/09/29 06:44
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投稿者:豆 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この作品の特徴の一つはやはり「危うさ」だと思います。
誰もいない世界で二人きり。
一見呑気で楽しげでもありますが、一歩間違えば悲劇しかありません。
二人とも元気だからいいですが、例えばどちらかが大きな怪我をしたり、病気になったらどうするのでしょう?
この世界には都合よく食べ物を用意してくれる便利ロボットもいなければピンチの時に集まってくれる仲間もいません。
そんな危うい状況の中何となくほのぼのと話が進んでいる所もこの作品の特徴で魅力かと思います。
電子書籍
また一人
2016/01/16 22:33
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投稿者:ヒケシ - この投稿者のレビュー一覧を見る
登場人物が現れましたが、やはり旅は二人だけで続けられるようです。
都市は階層をなしていて、対岸には別の都市もあるそうなので二人の安住の地がどこかにあるのかもしれませんね。そこにたどり着くのがこの話の目的なんでしょうか。
紙の本
「この都市と共に死んでいくだけだ」
2018/04/29 10:31
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投稿者:きん☆ぎん☆すなご - この投稿者のレビュー一覧を見る
チトとユーリは、数少ない人と出会い何を学び何を感じるのだろう。座して死を待つか、出て活路を見い出すか。補給して、移動しての繰り返し、「人は何故…」って疑問に行き着くんだろうなぁ。
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まるで てんとうむし号 のような飛行機だ。
まぁ、あの設計では翼が本体重量を支えられないだろうな、とは思ってた。
鳥人間コンテストでよくある墜落パターンだよね。
(とはいえ、鳥人間コンテストってある時期から極端に航続距離が上がったから、今はそんな初歩的な墜落の仕方をする飛行機はないのかもしれないけど。)
あの 1903 と描かれた図はライトフライヤー(西暦 1903 年)なんだろう。
でも書かれている言語が違っているっぽい。
とすると、前の時代の人間が、更にその前の歴史資料から引っ張ってきたってことなのか?
しかも西暦のみが書かれている(旧暦とかいう表現になっていない)ってことは、その時代も西暦の続きで年をカウントしてたのかも?
そう考えると、あのカメラの情報から、舞台は西暦 3230 年になるのか。
しかも 8 月 6 日、広島平和記念日。
今すぐに現代文明が滅びたとしても 1200 年ほどしかないってことは、次の世界の人類は意外と早く滅びたのな。
所詮は借り物の文明の上に築かれた世界ってことなのかな?
もちろん、どこかの時代でカメラ内時計がリセットされて再カウントしてる、みたいなことがあるかもしれないけど、それならチトが疑問に感じると思うんだよね。
その辺りに一切触れていないって事は、あの年号はあの時代に通用すると考えられる・・・。
なんてことを妄想しながら読むのに最適。
芋が四角いのは運搬・保管がしやすいように品種改良されたからなのかな?
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この多層都市の残骸になんで、あまり人がいないのかそれをつきとめてくれるかな。チトとユーリはどこから来たのかも。気がついたときにはひとりで生きていたってどんな気持ちがするだろう。そんなことを考えた。
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"「まぁ私たちにも昔はあったけどね…家
でもなくなっちゃったからなぁ…」"[p.52]
ゆるりゆるりと。
カメラの日付……3230年?
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少しずつ明らかになっていく世界観ですが、文明崩壊の原因は未だに分からず。気になります。昔家があったという二人ですが、そうなると、文明崩壊はつい最近起きた、と考えられるのでしょうか。でもそうすると、読み書きができないことだったり、知識関係の疑問点が結構あります。まあ、難しく考えず、彼女たちの旅を見届けたいと思います。
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文明が崩壊した終末世界でふたりぼっちになってしまったチトとユーリ。日々の食料と愛車のケッテンクラートの燃料を求めて廃墟を旅するふたりは、これまでいた都市の階層を離れて上層へと足を踏み入れる。夜の闇を照らす街灯、林立する奇妙な形をした石像……廃墟であることに変わりはないが、そこには初めて目にする景色が広がっていた。何もない世界だからこそ感じる想いや体験に出会える、新感覚日常漫画の第2巻!(Amazon紹介より)
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人間は絶望と仲良くなれるか。
廃墟と貸した文明の中をリッケンクラートに載って旅するふたりの少女・チトとユーリ。
一見デフォルメされた女の子のイラストで萌え系作品かな?と思ったけど、だまされるなかれ、とても哲学的な作品だった。
2巻は「家」の話とイシイの話が印象的だった。
チトとユーリが思い描いた理想の「家」。空想や幻でしかない理想の「家」でふたりが幸福そうに過ごす様子が描かれた見開きの画。胸が締め付けられて思わず涙が出た。
私は「あったかもしれない幸福な未来」(つまり失われたもの)や「過ぎ去った幸福な過去」(つまりもう取り戻せないもの)に弱い。どうしようもなく「美しさ」と「哀しさ」をみて感情が揺さぶられてしまうのだ。(と、今回初めて知った。)
イシイの話は「絶望と仲良くなったんだよ」というユーリの言葉が印象的。
イシイもカナザワ(過去話登場)も、孤独の中で「自分が生きていると実感できるもの」を見つけ出し、のめりこみ、それを失った。それはたぶん絶望だ。
でも絶望はこの作品において、薄ら明るいものな気がしている。それは仲良くなって付き合っていくものだと。うまく言えないけどイシイが笑っていたように。
私にはまだ「絶望と仲良くなる」ことがどういうことかわからないから考えていきたい。そう思った。
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なるほど、人がほとんどいないから静かなのか。
その静かさがうまいこと表現されてるな。
そしてやはり、
心に全く波紋を呼ばないというか、
どこにも共感するところがないというか。
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あとがきにぽつりと記載されていた「嗚呼…ただ生きる為に生きられたら…」という言葉。普段ぼんやりと考えていることを視覚的に突きつけられたような感覚に襲われ、どきりとした。
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かなざわの地図といしいの飛行機
どちらも絶望の中にも自分の生き様を描いている
チトとゆーりの二人の少女の世界観は。
哀しい絶望の中にも小さな幸せを見つけていけるのは、凄いと思う
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「文明が崩壊した終末世界。ふたりぼっちになってしまったチトとユーリは、愛車のケッテンクラートに乗って広大な廃墟をあてもなくさまよう。日々の食事と燃料を求めて移動を続ける、夢も希望もない毎日。だけどそんな「日常」も、ふたり一緒だとどこか楽しそう。一杯のスープを大事に飲んだり、まだ使える機械をいじってみたり……何もない世界だからこそ感じる想いや体験に出会える、ほのぼのディストピア・ストーリー。」