紙の本
中曽根康弘のサクセスストーリー
2020/06/20 09:23
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:K2 - この投稿者のレビュー一覧を見る
戦後を代表する首相の1人である中曽根康弘のサクセスストーリーといった趣きの評伝。大衆を意識したパフォーマンスや、大統領的な首相像は、今日に繋がっているようだ。全体的に中曽根を肯定的に評価し過ぎているかもしれないが、彼の中に、政治家としての哲学や信念があったのは確かだと感じた。そういえば、国鉄の分割民営化は中曽根首相期だったと思い出す。
紙の本
まあまあ
2016/04/14 08:54
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぽくぽく - この投稿者のレビュー一覧を見る
中曽根らしく自画自賛に満ち溢れていますが、当人しかわからない事実(気持ちではなく)も多く、読んで損したということわないです。
紙の本
存命中の政治家を論ずる難しさ
2016/04/12 09:53
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふさ - この投稿者のレビュー一覧を見る
…を改めて感じた。保守反動の人という単純なイメージに、誤解があったことがこれを読んで分かった。しかし、三角大福という激しい権力闘争の渦中にあってその時々になぜ、どのように動いたかなど、同時代の政治家の回顧などをもっと織り込むことで客観的な動機を浮き上がらせるべきでは、と思う。新書本にそれを求めるのは酷かもしれないが、それならこのテーマで本を書くなよ、といいたい。
投稿元:
レビューを見る
保守最右翼のタカ派、最小派閥を率いた風見鶏というイメージを持つ政治家である中曽根康弘の評伝。読後、彼は外部環境やその他もろもろの要因を踏まえながらも、自分の信念とするところを実現するために動いてきたのがわかった。
投稿元:
レビューを見る
中曽根康弘。5年の長きにわたり、内閣総理大臣を務めた昭和を代表する政治家。特に評価されるのが外交手腕。米国大統領レーガンとニックネームで呼び合うほどの親密な関係を築き、中国や韓国との首脳とも会談を重ねる。好調な国内経済も後押しして、中曽根率いるジャパンの存在感は世界の中心を占めていた。
内政面でも中曽根のライフワークともいえる原発推進やNTT、JRなどの分社民営化を果たす。退任も鮮やかだ。首相候補に竹下登、安倍晋太郎、宮沢喜一の3人を競わせ、自身が最終決定を下すという形で後世に影響力を残した。
こうした中曽根首相の評伝を読んでみると、申し分のない首相人生に見える。心残りとすれば、憲法改正と消費税導入ができなかったことくらいか。しかし、彼が首相にまでたどり着くには、苦難の連続だった。
自身が率いる派閥は常に少数派で、自民党の大勢力に飲み込まれそうになるたび、わずかなスキマを慎重に渡り歩く。その姿は風向きが変わるたびにクルクルと回る「風見鶏」と揶揄される。特に年齢も初当選も同じ、田中角栄との関係には細心の注意を払う。大卒で国家官僚OBのオレが、なんで同期で中卒の田中に気を使わにゃならんのだという感情を抑え、田中の首相就任を全力でバックアップ。その恩恵で自らも首相に就任するが、閣僚には田中派をズラリと並べ、「田中曽根政権」と、これまた揶揄される。
こうした批判を受けつつも、中曽根首相は過去の苦労を糧に、時代の流れを読む能力に磨きをかけ、国内外に多くのコネを作り上げた結果、長期政権を維持できたのだろう。結果的に歴史ではなく政治史の中で中曽根が田中角栄よりも名を残したことは、ハッピーエンドとしてよくできている。
投稿元:
レビューを見る
んーやっぱり存命人物の伝記はいろいろオブラートにくるまなきゃならんのだろうな、というのが率直な感想。かくもアクの強い人物がここに書かれたようなキレイゴトだけで世渡りしてきたなんて誰も信じないでしょ。まあ通史としてはとてもよくできていているので、葬式の香典返しに遺族が配るのには最適な1冊。
投稿元:
レビューを見る
20160427-0514 田中・大平、と来て自分の中の政治家についての新書シリーズ3部作の最後は中曽根氏で締め。もし次があるなら、小泉純一郎氏かなあ。
投稿元:
レビューを見る
中曽根マシーン
中曽根は多くの時間を読書に費やした。
ジャンルは主に政治、宗教、歴史、科学であり、
小説では司馬遼太郎の本を愛読していふ。
水泳、ゴルフ、座禅を好んだ半面、「インドアの遊びをするなら勉強していたほうがいい」と麻雀を嫌った。
投稿元:
レビューを見る
鈴木善幸内閣のときになぜ第二臨調ができたのか疑問に思っていたが、行政管理庁長官が中曽根であったことを知り、納得した。
いわゆる「死んだふり解散」のとき、記者から、ほんとうに解散はないのかと問われて、能「羽衣」を引用して、「疑いは人間にあり」と答えたというエピソードが紹介されていました。
投稿元:
レビューを見る
「大統領的首相」を標榜して昭和の最後に約5年間首相を務めた中曽根康弘の評伝。中曽根へのインタビューや中曽根の著書・日記をベースとしつつも、同時代の他の政治家による中曽根に対する評価を記した史料等も用いながら、中曽根を現代日本政治史の中に位置付け、その半生をできる限り客観的に描いている。
中曽根の半生をたどることは、まさに戦後の日本政治史をたどることであると感じた。パフォーマンス重視や風見鶏という批判は、一面では当たっていると感じたが、傍流の小派閥の長として、首相にまでのぼりつめようと思ったら、ある程度は仕方のないことだったのだろうとは思う。
中曽根が政治家として優れている点として、野党時代や不遇の時代に勉強をに努めたり、外遊を重ねるなど、その後に表舞台に立つときに備えていたということが挙げられると感じた。
また、憲法改正にこだわるなどタカ派のイメージが強かったが、中国をはじめとするアジア諸国への配慮に心をくだくなど、いわゆるタカ派のイメージそのままではない一面も知ることができた。
新書ということで分量的に仕方のない部分はあると思うが、一つ一つのエピソード(三公社民営化、靖国公式参拝問題など)の掘り下げが少し足りないかなと感じた。また、まだ存命の人物という点で難しいのは重々承知だが、最後にもう少し著者なりの中曽根に対する全体的な評価を示してくれれば、なおよかったと思う。
投稿元:
レビューを見る
著者も最後に書いているが、まだ存命の政治家について業績をまとめることはとても勇気のいることだったと思う。まずその労をねぎらいたい。そして、吉田茂が戦後を作った指導者ならば、中曽根康弘こそが戦後を終わらせ、冷戦を勝利に導いた指導者なのだろう。
総理になる前に、これほどまでに海外を歴訪した指導者は日本では唯一無二なのでは無かろうか。そうやって積み上げた者があったからこそ、外交を得意分野とした総理たり得たのだろう。
しかしながら、対米、対中、対韓の全方位の外交を上手くこなしてきた『自信』が、これまでの総理と同じく靖国神社に普通に参拝すれば済むところをわざわざ諮問機関を作って『公式参拝』し、しかもその後の中国の反発に応じて以後の参拝をやめるという『靖国神社の政治問題化』といった禍根を招いたのは間違いないところだと思う。
このような致命的な失敗があったものの、三公社の民営化をやり遂げたなど、中曽根氏の功績が偉大なのは言うまでもない。
とはいえ、無理矢理引退させられるまで議席に固執しないで息子の中曽根弘文に議席を譲って自らは参議院比例区に転出するべきだったんじゃねえのかなあ?福田は息子も総理になったぞw
投稿元:
レビューを見る
運もあったにせよ長期政権を維持できたのは、政治的センスが高かったからということ。 ただ、国をどうしたいという信念があったというよりは政局を乗り切る器用さのほうが目立つ。自民党の一つ世代が上の代議員からはパフォーマーという評価で信頼を得ていない。 これを読むと、今振り返る形の小泉純一郎の評伝も読んでみたくなった。
投稿元:
レビューを見る
中曽根康弘はもともと海軍の主計係だった
前線の物資調達にあたる任務で、命の危険にさらされた経験もある
戦後は、反米・自主独立路線をとり
日米安保や新憲法に対する批判の急先鋒となった
ところが、国際社会が冷戦構造を形成していくにともない
むしろ親米傾向を強めていく
初入閣が科学技術庁長官だった中曽根の、原発・ロケット開発には
アメリカの協力が不可欠という事情もあった
しかしそうかと思えば
台湾承認に反対して中国との関係改善を唱えたり…
また翻って佐藤栄作と和解したことを機に
世論には、中曽根を「風見鶏」と揶揄する向きもあった
もっとも、本人からすれば
師と仰ぐ徳富蘇峰の教えに忠実だっただけかもしれない
政治は宗教ではないのだから
大局を見て妥協することも必要だというのが、徳富の考えだった
それがまあ無節操と言えないこともない
中曽根の初心である自主独立は、「自主防衛」に建前を後退させつつ
総理大臣になった後もブレなかったが
自民党内の派閥闘争に左派の支持を取り込んでいったことは
80年代以降、日本の政治に混乱をもたらしたと思う
加えて靖国の公式参拝だ
満を持してアメリカに物申すポーズが、結果的に中国への挑発となり
せっかく築いた日中の信頼関係に新たな禍根を残した
今はまだその時ではないと見て
妥協を続ける選択もあったはずだが
それをしなかったのはやはり、無節操というものだろう
翌年の公式参拝を中止したことで
内政干渉受け入れの前例を作ることにもなった
経済政策に関しては
日米貿易摩擦解消のための輸入促進と
規制緩和による内需拡大
こういった矛盾を同時に押し進めつつ
さらに民間の活力回復をうたった三公社民営化まで上乗せして
バブル経済と、その崩壊と、長きにわたるデフレスパイラルを
呼び込むことになった
三公社民営化は、もともと「増税なき財政再建」の方策として
議論されていたものだ
それで高額収入者の所得税を大きく下げたのはまあいいが
引き換えに、売上税の導入に踏み切ろうとしたことは度が過ぎていた
結局、中曽根退陣後の竹下内閣では
好景気のどさくさ紛れみたいに消費税が導入され
無節操は受け継がれていくことになる
想像するに
中曽根としてはおそらく
日本人の生得的な愛国心、情け深さ
ノブレスオブリージュに期待するところもあったのだろう
しかし現実には
過当競争のしわ寄せを底辺に押し付け
格差の拡大に進む道でしかなかった
中曽根康弘という人は、政治家としてリアリストを気取っていながら
本質的に空想的ロマンチストだったのだと思う
もしそうならむしろ
ファシスト扱いされようとも「本当の自分」を
押し出すことが正道だったのかもしれない
しかしまあ
当時そんなことでは、まず総理大臣になんてなれなかっただろうな
投稿元:
レビューを見る
カント読んでる政治家なんて日本に今いるのかな。
そういえば佐藤栄作も読んでた。昔の政治家には哲学があったんだなあ。
投稿元:
レビューを見る
広田弘毅を著した服部教授による中曽根康弘の評伝。読み応え十分。
毀誉褒貶ある政治家であるが(というか政治家なんて毀誉褒貶あるのが通常だが)、その哲学、知力、胆力、理念、実行力は、今の政治家からは感じられないものであり、その主義主張や行ったことへの賛否はおいて、類まれな政治家であったことを実感させられる。
アラブ訪問時(だったかな?)、会談相手が突如フランス語で行いたいと言ってきたが、フランス語通訳がいない状況で、フランス語だったら自分でできるといって会談してしまうって。宮澤喜一といい、中曽根といい、どれだけ語学に長けていて、どれだけ頭いいんだと、ただただ感嘆するほかない。
このような政治家がいない今を、残念と思うか、それとも、そのような政治家がいなくても何とかなっている状況自体を好ましいもの捉えるのが適切なのか…