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紙の本
稲の日本史 (角川ソフィア文庫)
著者 佐藤洋一郎 (著)
縄文遺跡から次々に見つかるイネの痕跡は、この時代、熱帯ジャポニカ稲作が営まれていたことを物語る。日本人とイネの関係をDNAから解き明かし、縄文稲作の多様性が持つ意味を、今...
稲の日本史 (角川ソフィア文庫)
稲の日本史
05/09まで通常924円
税込 462 円 4ptワンステップ購入とは ワンステップ購入とは
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商品説明
縄文遺跡から次々に見つかるイネの痕跡は、この時代、熱帯ジャポニカ稲作が営まれていたことを物語る。日本人とイネの関係をDNAから解き明かし、縄文稲作の多様性が持つ意味を、今日的な視点でとらえなおす。【「TRC MARC」の商品解説】
日本の稲作は、弥生時代以降に広まったといわれてきた。しかし遺跡に残る稲の遺伝子の解析などから、縄文時代にも稲作があったこと、弥生時代には縄文稲作の影響の上に水田稲作が導入されたという仮説をたて、稲作史研究に植物遺伝学の立場から大きな一石を投じた。水稲の渡来経路も朝鮮半島経由、大陸からの直接伝来、双方があった可能性を指摘、科学の目で日本の古代史に迫りつつ、縄文文化の多様性、おおらかな魅力を提示する。【商品解説】
目次
- 文庫版はしがき
- 序章
- 第一章 イネはいつから日本列島にあったか
- 先人の足跡を追う
- 縄文稲作を追い求めて
- インドシナに縄文稲作のあとを求めて
- 二つのジャポニカ
- DNAでみた二つのジャポニカ
著者紹介
佐藤洋一郎
- 略歴
- 1952年和歌山県生まれ。京都大学農学部農学科卒業、同大大学院農学研究科農学専攻修士課程修了。高知大学農学部助手、国立遺伝学研究所研究員、静岡大学農学部助教授、総合地球環境学研究所教授・副所長等を経て、大学共同利用機関法人人間文化研究機構理事。農学博士
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紙の本
科学捜査?!で日本の稲の出自に迫る痛快な書だった
2020/11/08 17:43
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:大阪の北国ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る
ラオス料理を食べに行った時のこと。ライスを注文すると竹で編んだ皿に笹の葉を敷き、その上に何やら手で握って盛り付けたような跡のついたひと塊のご飯が出てきた。運んでくれた店の人が、手でつかんで食べろという。武骨な給仕法に驚いたが、食べてみて更に驚いたのは、それが想像していた香りの強いパサパサした所謂タイ米(長粒種)ではなく、短粒でもちもちした美味しいもち米だったことだ。魚沼コシヒカリやあきたこまちの例を出すまでもなく、今の日本人が好むもちもちとした食感に全く合致している。ベトナムの北部山間部でも、現地の人々に人気の高いもち米や日本のもちもちしたうるち米のような高付加価値の品種を栽培して貧困を解消を図る国際協力機構の取り組みが進行していると聞く。
弥生時代からわれわれの日本文化を支えてきた水田による稲の栽培に先立つ縄文時代晩期の少し前に、既に日本には焼畑による陸稲栽培が伝播していたという。佐々木高明先生の仰る「稲作以前」に稲作が行われていたという論と共通する。
そして著者である佐藤洋一郎先生は、渡部忠世先生の提唱した栽培稲のアッサム=雲南起源説に対して、少なくとも日本の現有品種である温帯ジャポニカ種については長江中下流起源だという説をとる。その「実証方法」が痛快である。遺伝子を分析したDNA考古学である。標本の選び方や数量が研究としての多数であり、母集団を充分に代表しているかという問題はあっても、鑑識が動かぬ証拠で犯人に迫るような「科学的正確さ」を持って仮説を証明しうる方法である。
本書は単なる生物学的分析の書ではない。稲の歴史を通して、われわれ日本人の身の回りに普通に存在するモチ、雑穀と麹で醸す酒、絹、ウルシ、鵜飼など所謂照葉樹林文化の産物の来し方との共通点も視野にいれて展開する。そしてその方法が胸のすくようなDNA考古学である。文化という人文の世界に科学のメスが入った。爽快な読後感を味わった。
紙の本
既存概念からの脱出
2024/04/09 18:39
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Koukun - この投稿者のレビュー一覧を見る
ラオスの焼畑農業の場面がとても印象に残った。よく「日本古来の伝統 風習 慣習」と言われるが、家族制度などでもたかだか200年程度明治の頃の仕組みを「日本古来の」と言っているケースが多い。米づくりについても水田栽培が一般化するのはコメの生産高が「富」の基準となった江戸時代以降であり、それ以前はずいぶんと粗放なものであっただろう、という主張が説得力を持って展開されている。
紙の本
縄文のしぶとさ
2020/06/28 22:43
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ライサ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「日本人は何を食べてきたか」という本でも指摘されていたように、日本人が今のような白米や玄米を食べるようになったのは明治以降のことだとして、ではそれまで食してきた雑穀米に少ないながらも入っていた米とはどんな種類であったのかの手がかりになるのがこの本である
稲、バナナ、ゴマ、レモングラス、ターメリック、生姜……同じ畑からこれほど多様に収穫できるとは。そりゃあお上の命令がなければみんな縄文型稲作をやりたがるわな
歴史に残る名作
電子書籍
日本への稲作伝来が主題
2020/11/21 16:44
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ジョージア - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本への稲作の伝来を主題とする書物です。理系の研究者による著作だけあって,熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカの形態的な違いなど,興味深い内容が盛り込まれていました。時代が古代史に偏るのと,文庫本化に伴う改訂作業が最小限に止まったのが,少し残念でした。