紙の本
どこまでも広がっていく文学世界
2023/09/07 16:46
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投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この『十二月の十日』は、アメリカの作家ジョージ・ソーンダーズが書いた短編集である。
2013年に発表されるや、全米でベストセラーとなり、
「短編小説の復権」とまで言われた作品。
日本では2019年の暮れに出版された。翻訳は岸本佐和子さん。
岸本さんの略歴を読むと、ショーン・タンの作品など日本でも話題となった
多くの作品の翻訳をされている。
この短編集には表題作「十二月の十日」をはじめ、10篇の短編が収録されている。
もっとも短い作品はわずか2ページのもの(「棒きれ」)から、
長い作品は65ページ以上ある「センブリカ・ガールの日記」まで幅広い。
おそらくアメリカでは短編集全体として評価されるのだろう。
この本の袖についている作者略歴によると、
ソーンダーズという作家は「奇妙な想像力を駆使して現代に生きるリアルな感覚を描く」とある。
これはある意味では、読者に「奇妙な想像力」についていくことを示唆している。
例えば、表題作の「十二月の十日」は孤独ないじられっ子の少年と自殺しようとしている男の
奇妙な出会いを描いた作品だが、
少年の視点と男の視点が交互に描かれるとともにそれぞれの独白についていけないと
作品の面白さを感じられない。
もしかしたら、世界はとてつもなく広くで、
ここからはじまる物語は果てしもないのだろうか。
そんな短編集を拍手喝采で迎えたアメリカも果てしもない国だ。
紙の本
バカSFというよりシュールなファンタジー
2019/12/24 23:34
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投稿者:オオバロニア - この投稿者のレビュー一覧を見る
アメリカの短編文学の急先鋒、ソーンダーズの短編集です。
アメリカ文学の何とも言えない馴れ馴れしさが苦手な人にはちょっと食傷気味な文章ですが、どの物語も似通ったプロットのない独創的な短編に仕上がっています。中でも「スパイダーヘッドからの脱出」は秀逸でした。
紙の本
新境地も
2021/07/29 22:52
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投稿者:ichikawan - この投稿者のレビュー一覧を見る
ジョージ・ソーンダーズといえば奇想天外という言葉がふさわしい作風で知られている。この短篇集もまさにこのイメージ通りなのであるが、またこれまで以上に社会派的要素もある。ソーンダーズ的世界を保ちながらこのような面も増してきたのは、現実社会がそうさせたというところもあるのだろう。
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この世界と地続きにあるどこかの国の
"弱い"人たちの頭の中を覗き込むような話たち。
その国はこの世界よりちょっとデストピアにすすんでいて、
人びとは私たちと同じようにお金のことや、道徳と現実の乖離や人からどう見られているかを悩みながら生きている。
うまくいかないことだらけで、頭のなかではピーっワードを叫んだり、くよくよしたり、ほとんどくじけそう。
それでも愛や優しさや思いやりが、最後の希望みたいに時々光る。その微かな光でまだ生きていけそう。
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ユニークな短編集。
こういう変な本、好きだなぁ。
登場人物がどれも個性的で、言ってしまえばダメな奴なのだが、どうも嫌いになれないタイプのダメさ加減だ。
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岸本さんの翻訳が秀逸で、読んでいる最中は吐き気がしたり爆笑したり落ち込んだりと終始忙しかった。おバカSF最高ですね。ジョージ・ソーンダーズもっと読みたい。
そして、これが好きってことは私も『ミッドサマー』楽しめる勢なのかも。(アリ・アスター監督はソーンダーズを好きな作家の一人に挙げているらしい!)
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アメリカ屈指の短篇小説の名手による四冊目の短篇集。作者は「作家志望の若者にもっとも文体を真似される作家」だそうな。この「若者に」というのが曲者で、一例を挙げれば、良識ある親なら子どもの目に触れさせたくないだろう言葉が、次から次へとポンポン繰り出される。ただ、使われ方に必然性があり、難癖をつけづらい。逆に、過剰なレトリックを駆使した華麗な文体模倣(「スパイダー・ヘッドからの逃走」「わが騎士道、轟沈せり」)もあって、作家志望の若者が真似したくなるのも分かる気がする。
「登場する人物は、ほぼ全員がダメな人たちだ。貧乏だったり、頭が悪かったり、変だったり、劣悪な環境下で暮らしていたり、さまざまな理由でダメでポンコツな人物たちが、物語を通じてますますダメになっていく」と、訳者あとがきにある。しかも彼らが住む世界では資本主義が暴力的なマシンと化し、人々を押しつぶしにかかる(「ホーム」)。人々はそこで、人間の尊厳を奪われ、とんでもなくひどい扱いを受けることになる。
一種のディストピア小説(「センブリカ・ガール日記」)なのだが、ソーンダーズには絶妙なギャグのセンスが備わっていて、言語を絶する状況下にある人物の苦境を追体験しながらも、ついつい笑いが止められない。脳内で暴走する妄想の数々や、どこから思いつくのか分からない突拍子もない商品名、それやこれやにニヤつきながら、地獄の底でのたうち回るダメ人間たちに送っても仕方のないエールを送る羽目になる。絶望的な話が多いが、作家の心境の変化によるのか、意外な結末に心癒されるものがあるのも確かだ。
人には人生のどこかで決断を迫られる時がある。そのとき、他人のために自分を捨てられるか、というテーマが何度も出てくる。隣家で少女が拉致されかけていたら人は何らかの行動を起こす。だが、親の躾けで自由な行動を禁じられている少年の場合はどうか。ナイフを持った男に飛びかかれば返り討ちになる危険がある。それは一人子の少年には許されないことだ。少年は事態の推移を想像し、彼我の成り行きを天秤にかけ、思案の果てに行動に打って出る。
ところが、少年の中に抑えつけられていた欲望が、爆発しそうなまでに膨らんでいた。自分を縛っていたものから解放されたことで暴走した欲望が過剰防衛の形をとって人を殺しかける。突然の危機が引き金となり暴発するのを自分では止められない。辛くも難を逃れた少女が決断を迫られる番だ。十五歳の誕生日を前に少女は自分のことをお姫様のように感じ妄想を膨らませていた。最善だと感じていた、自分と自分を取り巻くその世界が目の前で破綻しかけている。
人の心と体は自由なように思えるが実は自由ではない。体は心に縛られているし、どう思おうが夢ひとつままにならない。巻頭に置かれた「ビクトリー・ラン」は、自己が確立していない思春期の少年少女を襲う青天の霹靂を描いている。重い荷を引き受けざるを得なかった二人は結果的に新しい自分というものを背負い込む。自分の中に潜む暴力性や世界の持つ荒々しい手触りといったものを。しかし、それもまた、一つの成長の徴なのかもしれない。
掉尾を飾るのが表題作。妄想癖のあるいじめられっ子と、脳の中で進行する病のせいで家族に厄介をかけることを怖れる中年男の物語。二人が出会うのは冬の寒さに凍った湖だ。パジャマの上に羽織ったコートをベンチに置き、男は痩せた体を寒気に曝し、凍死しようと丘を上る。自殺では保険金が下りないのだ。脳内で地底人との戦いに躍起になっていた少年が対岸からそれを見て、助けようと凍った水面を突っ切ろうとする。ところが、案の定、氷が割れ水中に落ちる。丘の上からそれを見た男は、少年を助けようと氷の上に向かう。
「ビクトリー・ラン」と同じように二人の人物の脳内の妄想が同時進行でかわるがわる語られる。少年のそれは地底人と戦い、麗しの転校生の愛を射止める、いじめられっ子の日常から逃避するための昔ながらのおとぎ話だ。中年男のそれは自分の過去の回想と、脳内で勝手に聞こえる父親とその友人の話し声。男には継父がいた。素晴らしい父親だったが、脳内にできたものが大きくなるに従い、汚い言葉を吐き、家族に手を挙げるようになった。男は自分も同じ運命をなぞることを怖れている。だから死に急ぐのだ。
普遍的なテーマである「死と再生」の物語のスラップスティック版だ。水に落ちた少年が凍死するのを防ごうと、男は身に着けていたなけなしのパジャマとブーツを気絶している少年に着せる。そして、少年を支えながら歩き出す。途中で気がついた少年は走って逃げだす。パンツ一丁で寒さに凍える老人を見捨てて。死にかけているものが若い命を救うことで、命の尊さ、生きる喜びを再発見する。「生老病死」からは誰も逃れられない。惨めな最期をどう生きるかのシミュレーションとして滋味あふれる小品である。
短篇集は評価するのが難しい。内容にばらつきがあり、好みが分かれることもある。上に紹介した二篇は只々評者の個人的な好みで選んだ。文中に書名をあげた六篇の他に「棒切れ」「子犬」「訓告」「アル・ルーステン」の四篇を含む全十篇。ジョージ・ソーンダーズの独特の世界を味わうに充分な粒よりの短篇集である。原文のはじけっぷりを見事な日本語に移し替えた岸本佐知子の訳業にも触れなければならない。原文と読み比べてみたいものだ。
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「十二月の十日」
ジョージ・ソーンダーズ(著)
岸本佐知子(訳)
2019 12/20 初版 (株)河出書房新社
2019 12/31 読了
ジョージ・ソーンダーズ!
どこかで聞いた名前だなぁ…
と思っていたら
あの!「人生で大切なたったひとつのこと」の作者ではありませんか!
地元ラジオで印象に残った節をパーソナリティの方に朗読していただいた時に
あまりの感動に(自分が紹介している書籍に関わらず)絶句して言葉が出なくなったと言う。
本作はどうしようもなく…
人として…
どうしようもない人達の話が詰まった短編集だ。
そこには正直で優しくて愛に満ち溢れた人々が描かれています。
どうしようもないけど
どこかで間違えてしまっているけど
世界は愛で満ち満ちている。
そう信じたいと心から思わせる物語でした。
それにしても見事なのは
岸本佐知子さんの訳ですな。
2019年最後の本。
素晴らしい。
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不思議で不穏な余韻が残るダメ人間がダメダメになる話の数々。ダメ人間な俺には身につまされ、単純に面白がれない。けど、トークショーで間室さんがルシア・ベルリンより好きかもとおっしゃっていたのも頷けるような気がする。岸本さんが紹介されていた最初の短編集「パストラリア」は、ソーンダーズ曰く作風がもっと尖っているそうな。生前と性格が激変したゾンビ叔母が主人公の男性ストリッパーに浴びせる言葉がエグいとうい「シーオーク」が読みたい。
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なんだか、じわじわと考えさせられるというか、ああこのあとどうなったのかな、どういうことかな、やっぱりこういうことなのかな、彼は彼女はどんな気持ちだったのかな、と読後、ぼーっと考えてしまう。
うまく説明できないけど、どこかにいそうな人たちで、だからこそ、ずっと光の届く水中なのに、決して水面に上がれないような、そんな息苦しさもあった。気がする。
わたしはちゃんとこの物語たちを理解できてるのかな。そんなことを考えながらぼーっと、物語について、人について考えてしまう。
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これはまたいろんな意味ですごいな。
SF設定がくそみたいだけど、それが現代社会を痛烈に風刺するためのものだとわかるとほええええええと感嘆してしまうし、とくにセンプリカ・ガール日記はすごかった。
SGってなに?と思ったけどそれがなにかわかると背筋凍るしすごい嫌悪感。でもこれも移民への扱いを皮肉ってるのよね…
物語をこういうふうにかいて、こういう目的で『力』とするのは日本にはなかなかない感覚でおもしろかった。
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彼らなりに一生懸命生きているんだけど、その価値観は大事なところが欠け落ちていたりする。ザワっとしたり、考えさせられたり、怖くなったり。
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訳者の岸本さんも書いている通り『パストラリア』に似た短編集だった。
あらすじだけ書いたら、こういう作品は他にもあるかもしれないが、こういう書き方をする作家は他にいないだろう。また、岸本さんの絶妙な訳(ときどき筒井康隆が入るが)で、その世界観がよく伝わった。これ、他の人の訳だったら、随分違う印象になっていたのではないかと思う。
ディストピアものが特に良かった。「スパイダーヘッドからの逃走」は犯罪者が人体実験の被験者になることで刑を軽くしてもらえるシステム(そこは『時計じかけのオレンジ』に似ている)を通して人間にとって大切なものを考えさせる。かなり苦い後味だが、人そのものに対する信頼を感じる。「訓告」はホラーショートショートの傑作。「センプリカ・ガール日記」も外国人労働者問題をイメージさせる。しかし、それだけじゃないところが、素晴らしい。「センプリカ‥‥」で言えば、(先進国では)下流に近いところで、なんとか希望を持ちながら奮闘する父親の家族への愛情が切ない。「アル・ルーステン」もそう。「ホーム」の帰還兵も、暴力的衝動にかられながらも本当は寂しく、愛情深い人間であることがわかる。
かつてのソーンダースは徹底的に悪ふざけをし、ハチャメチャだった(そこが好きだった)が、この本では救いや愛情が感じられる。妻子への感謝が作者あとがきに書かれているが、ソーンダース、きっと凄くいい父親で夫なのだろうなあと思う。それでもこれだけブラックなのがいいじゃないの。
表題作で、エバーという重い病の男が生きることそのものを肯定しようとするシーンは、感動した。
安楽死とか尊厳死とか安易に言っている人は、読んで欲しい。
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そういえば、「短くて恐ろしいフィルの時代」を読んだ後も似たような感慨にふけったなと思い出して、どんなことを書いていたのか振り返ると、その感想にも「だからこそ敢えて聞きたいのだけれど、みんなは何が面白いと思うんだろう」とある。米国人が日頃から感じる無力感や不正義のようなものをジョージ・ソーンダーズがお伽噺風にして見せるのを、当の米国人が(それも本を買って読むような層に属する人々が)読んだとして感じる自虐的な(と言いつつそれは飽くまで自分自身が直接被る負の重しではない)感情が、適度に塗される滑稽さで受け止め易くされるのが面白いのか。
一つひとつの短篇が示す世界は、多少空想科学小説的であったりひどく単純化された視点からのみ綴られたりしてはいるが、ディストピア風の世界である。そしてそれはどこまでも現代社会に少しばかり色を付けて映した鏡像。その不幸、不運、がんじがらめの格差などから目を逸らすべきではない、と声高に言っている訳ではないけれど、リベラル風に単純に物事を切り取る様は、主張していることこそどこぞの大統領と全く逆のことかも知れないが、世の中に白黒付けようとする圧のタイプは同型で、潜んでいる白い嘘のようなものを感じてしまい手放しでは面白がれない。
岸本佐知子の翻訳するものは基本的に全て面白く読むのだけれど、ソーンダーズだけはどうもしっくりこない。
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頭の固い私には理解するのに苦労しました。
短編自体、実は苦手だったのに・・・
でもね、あとがきを読んだら一気に理解できた(笑)
海外小説ではあとがきって大事。
不思議なお話が多い中、タイトルの「十二月の十日」は好きかもって思いました。