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紙の本

帰ってきた二村永爾。香港に渡った元刑事が追う幻の映画には何が映っていたのか。

2014/12/29 17:35

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

十年ぶりの二村永爾の帰還である。『THE WRONG GOODBYE』の一件で神奈川県警を辞めた二村は再雇用プログラムとかなんとかで嘱託となり、被害者支援対策室で詐欺被害者の愚痴を聞くのが仕事。そんな二村に、映画女優の桐郷映子のところに行くように命じたのは元上司で捜査一課長の小峰だった。父で映画監督だった桐郷寅人が香港で撮った幻のフィルムを買いにいったはずの男が帰らない。捜してほしい、というのが依頼の内容だ。

帯に「日活映画100年記念」とある。タイアップだからか今回は映画ネタが満載で、二村がこんなに映画に詳しかったのか、と首を傾げた。宍戸錠が実名で登場し、エースのジョー役で香港映画に出演するなどという設定は日活への配慮だろうが、それだけではない。宍戸といえば「エースのジョー」だが、殺し屋役は三作しかない。香港には同名の殺し屋がいてクレームがついたのだ。桐郷寅人が撮った幻のフィルムは実録物で、香港のエースのジョーを描いたものだった。

香港を舞台にしたハードボイルド小説。横浜、横須賀をホーム・グラウンドにしていた二村がノワール色溢れた香港を縦横無尽に走り回る。黒社会のボスや、映画のスポンサーといった湯水のように金を使う男たちを相手に、幻の映画に隠された秘密を奪い合う。そのフィルムには何が映っていたのか、というのが謎だ。幻の映画が、ヒッチコックの言うマクガフィンになっている。

香港といえば、ル・カレの『スクールボーイ閣下』に登場するジェリー・ウェスタビーまで登場するのには驚いた。なんと「サーカス」の一語までおまけつきだ。空を飛べなかった頃のクリストファー・ウォーケンだとか、メルヴィル以後のフィルム・ノワールは糞だ、とか映画ファンにはたまらない科白が続出の今回の作品、チャンドラーの『大いなる眠り』を思わせるジャングルのような温室まで登場させている。どうせ遊ぶのだったら徹底的にやろうと思ったのか、映画のみならず、スパイ小説やハードボイルド小説といった、エンタテインメント色の強い読み物好きには堪えられない趣向になっている。

車に拳銃、英領の名残りを残す香港ならではの料理、酒、葉巻、といくつになってもこういうものが好きな男たちにはたまらない薀蓄の総ざらい。ここしばらくハードボイルド小説から遠のいていた鬱憤を晴らすつもりか、或はまた、卒業したつもりでいたハードボイルド小説を書くことに対する開き直りなのか、二村はいつになく饒舌。宍戸錠とのやりとりも含め、ファン・サービスに徹している。本場の中華料理を楽しみに香港に渡った二村がなかなか中華料理にありつけないという、焦らしもまた、お約束ながら、読者を最後まで引きつけて離さない。複雑に入り組んだプロットは、旧満州国、八路軍、毛沢東などにより、時代の刻印を押されながら、日本と中国の二つの国を渡り歩く運命を負わされた人々の苦渋の人生を照射する。

相変わらず、センチメンタルで、簡単なことでは女に手を出さない、近頃稀なダーティーでないヒーロー像だが、舞台を香港という魔都に取ったことで、スマホで小峰と連絡は取りながらも、日本の湿った空気から解放された二村永爾が、のびのびと動き回るところは好印象。前作『ロング・グッドバイ』は相手役に不満が残ったが、今回は男性陣に魅力的な人物が用意されていて、それには満足させられた。美人女優は三人も登場するのだが、心に残るほどのヒロインとは言い難かった。二村の相手をするに相応しい年齢ではなかったのかもしれない。まだまだやれそうな二村永爾。次回の登場まで、今度は何年待たされるのだろうか。

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2015/01/02 17:45

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2015/01/20 18:04

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