紙の本
むしろ英語が遠く感じる
2002/03/22 10:18
3人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:山原水鶏 - この投稿者のレビュー一覧を見る
同じ日本人として、英語を極めた人々のエピソード集としては面白いし、「聞く」「話す」方向に向かうがあまり、「読む」「書く」を切り捨てようとする昨今の英語教育の傾向に対する筆者の考えにも共感する。
しかし、本書を最後まで読んで、「これなら自分にも!」という思いよりも、「彼らは特別なんだ」という思いのほうが強かった。それは、本書に出てくる人々が、どのようにして英語を極めていったのか、その具体的な歩みがほとんど記されていず、「彼らが英語を学ぶ前からすごかったから、英語を極められたのだ」という思いを払拭することができないのだ。むしろ同じ著者の『日本人と英語』の方が、具体的な示唆に満ちている。
本文中特に気になったのは、「ネイティブから英語をほめられたら、落ち込め」という部分である。そのような人間の生理に反することができたら、その人は聖人だと思う。「ほめられたら『自分の英語はまだまだ』と思え」といわれたほうが納得できる。
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過去の偉人の努力は並大抵じゃぁないね。
全員意外と初等から外国人の先生に教えてもらっていることをのぞいて、各自の努力の量が半端ではなくて、本当に語学習得はスポーツだ!といわれる齋藤さんの意見に賛同したくなる内容です。
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新書としては軽いものだが、なかなか面白い。
英語の達人(この達人というのは著者の基準に基づいているが)の半端ない勉強法がさまざまなエピソードを交えつつ書かれている。大いに刺激を受けることは間違いない。
同時に今まで半端な勉強しかしていなかったのかもしれないと内心忸怩たる思いであった。
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訳あって、斎藤先生から直接頂戴しました。
雑談気味に、日本の英語教育の問題点が盛り込まれているところも、実は読みどころ。
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斎藤先生と言えば、一般向けには、『英語達人塾』、『日本人に一番合った英語学習法』、『これが正しい!英語学習法』など一連の英語学習法の指南書の中で、一貫して素読、多読、精読などのやり方で地道に、確実に英語を読みながら、英語の上級者を目指すための方法や心構えを紹介し、昨今の会話重視・文法軽視の英語教育を批判するという著作が多いが、それらの本の根本にあるのはこの本(というかこの本の元ネタとなった雑誌の連載)にあると思う。明治期から昭和期にかけて活躍した英語の「達人」10人の英語学習、英語にまつわるエピソードを、当時の日本の状況や昨今の英語教育への批判を交えながら紹介するというスタイル。個人的には「巨人」斎藤秀三郎や、辞書の岩崎民平なんかが興味深かったが、日本の戦後政策に関わった幣原喜重郎、白洲次郎なんかも面白い。野口英世の人柄が評価されていなくてショックだった。(07/07/02)
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what sort of "nese" are you people ?
are you chinese, or japanese, or jvanese ?
we are japanese gentlemen.
but waht kind of "key" are you ?
are you a yankee, or a donkey, or a monkey?
岡倉天心がカッコイイ
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どなたかもご指摘されていますが、斎藤先生の一連の著作のルーツとなるのがこの本。
現在のコミュニケーション偏重・文法軽視の日本の英語教育に警鐘を鳴らし続ける斎藤先生は、英語受容期からの昭和までの「英語達人」らの驚くべき学習法を示しながら、本当に英語の力を付けるためにはどうすれば良いのかを説く。図書館の洋書を片っ端から読んでいった者から、辞書を暗記しては食べて!?いたという者まで、達人たちはやはりタダモノではないが、彼らの学習法に共通している学習法は何かと考えるのは、現代のわたしたちにとっても有益だと思う。
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岡倉天心が弟子の横山大観とボストンの街を歩いていて、人種差別的発言をされたが、見事に英語でやり返したエピソードがある。
著者も気に入っているのか、白洲次郎の項目でも、彼が占領軍に対し機転を利かせて応えたエピソードに、これを引き合いに出している。
アマゾンのレビューに、この本の中の10人の内8人までもが英語以外の分野で高名であることに留意しないといけない、彼らにとって英語とは手段でしかなく、目的ではなかった、という評があったが、まさに正鵠を射るものである。
達人たちの英語勉強法が皆目紹介されていないという事実が、逆説的にそれだけ膨大な時間と努力を費やしたからこそ達人たりえた、ということを雄弁に語っている。
唯一気になったのが、著者は野口英世をあまり好ましく思っていないのではないか、ということ。
戦前の木口小平よろしく、戦後教育において野口の神格化を苦々しく思っているのかもしれないが、それにしても「だが、彼の生き方には、後輩たちが真似をしてはいけない部分がある。人として守るべき礼節の規範に適わぬ部分がある。」とまで言うからには、我々の知らないどんな背徳のエピソードがあったのかと思ったが、彼の遊興や浪費を「人生の汚点」としていた。そんなことで汚点と言うのであれば、私などは汚れに汚れきった人生であると言わなければいけないし、現代の学生を見てもそんなにストイックなまでに学問一筋で脇目もふらず、という人はいないのではないか。
ということで、野口英世にだけ異様に厳しいのがバランスを欠くように感じたので星四つ。
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札幌農学校に学んだ新渡戸稲造からスタート。日本国内で英語をマスターした達人を列挙。十分な教材もないままとにかく英語の文章を読むことから始めたような印象を受けました。国内にいてはあたれる原典が限られているせいか、シェイクスピアすら読むという。オーラルコミュニケーションの授業が人気であったりする昨今、やはり自学自習の基本は読む、これにつきると思った次第です。それと達人それぞれに外交の仕事、研究者としての仕事があり、英語修得のその先に日本の明治から昭和を形作る人材で、日本の仕事をしているという高い志しがありました。今だったらお金や時間のことさえ解決すれば簡単に留学できてしまうところなのに。これを読んだら英語の勉強ができない言い訳ができない。
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1. 新渡戸稲造
2. 岡倉天心
3. 斎藤秀三郎
4. 鈴木大拙
5. 幣原喜重郎
6. 野口英世
7. 斎藤博
8. 岩崎民平
9. 西脇順三郎
10. 白洲次郎
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過去の偉人達がどうやって英語と向き合ってきたのかがわかります。こういう人たちがいたからこそ、今の日本があるのだと思います。
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近年の文法軽視、会話重視の英語学習に疑問を感じる人は読んでおきたい一冊。歴史に名を残すような偉人の努力量はすさまじい。日本人として英語を使うことの意味を考えていきたい。
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新渡戸稲造にはじまり、白州次郎に終わる日本の英語達人の英語熟達度とその方法を紹介した本。洒脱な文章でとても読みやすい。また、日本人が本質的に英語がだめ、という誤謬を正し、また僕らが英語ができないあれやこれやの言い訳を一刀両断してくれる。外国人に「英語が上手」と「貶められる」意味も教えてくれる。
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[ 内容 ]
「日本人は英語が苦手だ」という通念など、信じるに足らない。
かつての日本には、驚嘆すべき英語の使い手がいた。
日本にいながらにして、英米人も舌を巻くほどの英語力を身につけた「達人」たちは、西洋かぶれになることなく、外国文化との真の交流を実践した。
岡倉天心、斎藤秀三郎、野口英世、岩崎民平、白洲次郎ら、十人の「英語マスター法」をヴィヴィッドに紹介する本書は、英語受容をめぐる日本近代文化史を描きだす。
[ 目次 ]
第1章 新渡戸稲造
第2章 岡倉天心
第3章 斎藤秀三郎
第4章 鈴木大拙
第5章 幣原喜重郎
第6章 野口英世
第7章 斎藤博
第8章 岩崎民平
第9章 西脇順三郎
第10章 白洲次郎
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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・茂木健一郎のツイートを見て読むことにした
・「言葉そのものに対する感受性が語学力を左右するように思われる」それほど語学力はないが、感受性についてはそれなりにある方だと自負している。ほんの少しやる気が出た。・・・とか書いてはみたものの、後半まで読み進めると、自分の言語感覚など大したものではないと思い知らされた。嫌になる。
・多読の重要性を感じた