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人間の豊かな洞察に満ちた本書。
フレーベルは幼稚園の創始者として知られる。
幼少時の教育が大事だということに重きが置かれている。
「幼児期に自由に選んだ遊戯のなかに、その子供の未来の内面的な生活が、ありありと浮かぶ。この年代のもろもろの遊戯は、未来の全生活の子葉である。」
「この世からふたたび去るまでの人間の未来の全生活は、人生のこの時期に、その源泉を持っている。」
たしかに、
かの著名な童話作家であるアンデルセンの自伝には、幼児期から祖父の手作りの人形を使ったり、父の持っていた脚本を読んだりして、物語を妄想しながらずっと遊んでいたとあり、その頃の遊びがアンデルセンの童話作家への道を拓いていったのだろう。
子供の教育には、
どんなことを要求する時にも、同時に両極的、両面的でならないとフレーベルは言うが、偏見をなるべくもたず、柔軟性をもって自由に生き生きと育てるというような教育に対する心持ちが感じられる。
何のために
教育をするのか?という核にあたる点では、
先人達の生み出してきたもの、編み出してきたものをなるべく素早く吸収して、そこからさらに前進させる。それも各個人独自の表現方法によって、表現していくことに意味があるという点。
ただの模倣で終わるのでなく、先人達の知恵を独自の貢献によって、未来へと活かしていくということだ。
「人間性の全体が、それぞれの個人のなかに全く独特な唯一の仕方で表現されていなければならない」
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一文が非常に長かったり、抽象的だったりして大変読みにくい本ではあるが、教育の基本となる本である。根本に戻って考えたい時には外せない。学生時代に読んでから改めて読むと納得するところも多い。
地域的な特質やフレーベル自体の生い立ちに大きく影響されており、キリスト教的な観念から逃れられないのが弱点としてあるが、何度でも読み返したい本。
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神の存在や無駄な装飾表現を除けば、フレーベルの教育に対する定義や子どもに対する見方は事実に即している。
「意識し、思惟し、認識する存在としての人間を刺激し、指導して、その内的な法則を、その神的なものを、意識的に、また自己の決定をもって、純粋かつ完全に表現させるようにすること、およびそのための方法や手段を提示すること、これが人間の教育である。」(p13)
「すなわち、—少年は、かれの独立の精神的な自我と本質とを予感するようになっているし、—少年は、自己をひとつの精神的な全体と感じ、かつ認識している—ということである。」(p246)
「こんどは、この能力を高めて、それに熟練と確実さを与えること、それを意識させること、それを洞察させ、明瞭なものにすること、さらに、自由に形成された生命にすること、これらのことに、少年期以後の人間の将来の生活が、—その発達や形成の段階に応じてであるが—捧げられる。」(p247)