紙の本
死霊と悪魔の間の快楽
2009/08/01 15:33
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
「死霊の恋」は創元推理文庫「怪奇小説傑作集」にも収められているインパクト強い作品。美貌と恐ろしい力を持った女と激しい恋に落ちるが、それは女の死後になって成就する。女はその甘美な時間を永続させるために、さらに恐ろしい行為を求めてくる。しかしこの話でいちばんすごいのは、死女に誘惑される司祭の方でそれを恐怖と感じておらず、むしろ儚く燃えた記憶として残っていることだ。恋のためには死も背徳も恐れないことが、まったく当たり前のことのように語られる。周囲からもそれを責められることもなく、しかしまあ自分が死んじゃってはねえ、というのが心配されるせいぜいのところ。たしかにその官能の魅力は、指が触れられただけ全身が震えるような、すべての至上とするのも当然と思われるだけの夢のような時間を約束する。
「ポンペイ夜話」では、ポンペイ遺跡から発掘されたビーナス像のひとかけらの美しい曲線に魅せられた男が、なんと火山噴火前のポンペイの町に彷徨い込む。かなりフェチズム的な要素もあり、またこれも死者との恋とも言えなくもない。主人公は自分の置かれた状況はさておき、愛の世界にどんどんのめり込んでしまうのがなかなか実直だ。
夢の世界から現実へ侵入してくる死霊、あるいは古代都市の滅亡というシチュエーションは、そこに幻想的な美でもあるが、未来を感じることのできない刹那的な美でもあり、そのために更なる昂まりがもたらされる。とめどのない享楽は恐ろしくなるほどだ。
「コーヒー沸かし」も、束の間の逢瀬がもたらした歓びをこの世の外に求めざるを得ない結末は残酷だが、僅かな時間の牢獄に囚われて生きることへの憧れをそそる。
幻想そのもののまがまがしさよりは、その働きによって露出され肥大していく歓びを謳っていくといった作風だろうか。一方で「一人二役」「オニュフリユス」では、狂気が幻想を生むのか、悪魔が狂気をもたらすのかを揺れ動く。快楽にしろ苦悩にしろ、生気に溢れた物語たちだ。
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幻想に酔おう。美しい言葉で妖しい世界に連れ去ってもらおう。ひとときなら、いいじゃないか。星みっつなのは万人にお薦めできない、つーか、したくない、つーか。
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幻想的な吸血鬼小説。女吸血鬼のクラリモンドがすごく好きです。
表題作ももちろん、一緒に収録されている「ポンペイ夜話」や「コーヒー沸かし」も素敵です。
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すべすべと堅い、絹の肌触り。壮麗豪奢な貫録を感じる上品で精緻な幻想小説。いい感じに複雑。読みやすく、上質なブルゴーニュの葡萄酒のように自然に体に入る、そして香り高い、まったく綺麗なお話。 淀んだ醜さのないゴーチエの言葉こそ溌剌として動きのある、目にたのしい最高の耽美。職人気質の凛とした美しさ。 めちゃくちゃ綺麗で素晴らし過ぎる。大好きすぎて胸にしまってしまう。モローの絵画に相当するある種の悪癖。 あけっぴろげにできないのはゴーチエは特別だから。ゴーチエは最高だから。好きすぎてうまく消化できていない感じはあるけど、美しさは胃に合わないものだ、と誰か言っていたし。僕の宝物。硬質で明澄で豊麗。
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「死霊の恋」は幾度も読み返した。私には「ゴーチエの季節」というような時季があった。他に「ゴーチエ幻想作品集」とか「ミイラ物語」など所蔵しているがデータなし。私の大事な本は絶版データなし、のほうが多いかも…これでは蔵書リストにならない、気になる。
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フランスの作家ゴーチエ(1811-1872)による幻想的・怪奇的な作品集。長編小説『モーパン嬢』の序文では、功利主義的文学観を批判し「芸術のための芸術」を主張する唯美主義を唱えた。
本書では、やはり表題の二編、特に「ポンペイ夜話」が強い印象を残す。
「オクタヴィヤンは、まぎれもないその日の朝、博物館の陳列棚のガラス越しに押型を眺めた、あの美しい胸が、自分の心臓のうえで烈しくときめくのを、まざまざと感じた。」
元来は画家を志していたゴーチエの文体は、絵画のように絢爛で、恰も描写されている物が読者の肉体を圧してきそうなほどに造形的・肉感的だ。「ペンで描く画家」と評された所以だろう。逆に云えば「文体で絵を描く作家」となろうか。
この作品集の中でも、美は現実の中には無い、と繰り返し描かれているように思う。現実は醜く厳めしい。実生活は卑小である。
「オクタヴィヤンはというと、彼は現実にはほとんど魅惑を感じないと告白した。・・・。すべての美人のそばには散文的で不愉快な付属が多すぎるからだ。・・・。彼は恋を日常生活の環境からさらって、星の世界に移そうと望んでいた。」
美は、この世ならぬ"何処か"に在る。現実界に於ける理性という軛から解放され、自他を隔て個別化する「鎧」や「楯」を脱ぎ捨て、「清浄無垢」な裸体となって、つまり狂気へと雪がれて、美という大いなる存在を前に極微の一点となってしまった自己をその中へ溶かし消してしまいたい・・・。自己抹消という分裂した渇望だ、それは死の瞬間にのみ可能な成就ならざる成就。美への幻想が、死や恐怖や狂気と隣り合わせであるのも宜べなるかな。
この作家に於いても、美はやはり「女」によって表象されている。「男」は「女」を美へと疎外した上で(美的であることを押しつけた上で)、自らを極微の一点でしかない主体へと貶めて(眼球という一点?肉体という一点?)、大いなる美への合一を渇望する。しかし、飽くまで主体であるからこそ、自ら主体性を放棄する豪奢な蕩尽という特権にありつける。
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幻想的な短編が5編入っています。短いためか文章が読みやすいためか、どんどん先へ読み進められました。さらっと読める作品です。
タイトルの訳はさまざまあるけれど、やっぱりこの「死霊の恋」が1番しっくりくるというか好きです。
「死霊の恋」では、女吸血鬼が主人公を弄んでいるのかと思いきや、主人公のことを大変愛していることが描写から分かり、「吸血鬼だから悪である」と完全にはなっていないのがいい。
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詩はたくさん読んでたので、こういう作品を書くのが意外だった!
やっぱ死霊の恋が圧巻。怖いだけじゃなく、悲しくて美しいお話でしたな。
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ゴーチェの幻想文学短篇、5篇が収められている。基督教的な背景が見え隠れするような気もするが、ひとつひとつ読み進めていくうちに繊細な描写と、裏側に込められているかもしれない意味に色々と考え込むこととなった。
また解説者が語る通り、殆どの作品は愛と美に占められている。散りばめられた描写の中に、誰かを愛そうとする詩人的な美を、または古代への尊敬と女性の深い愛を感じることができた。
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ゴーチェの幻想小説5編を収めている。
「死霊の恋」は、何かのアンソロジーで読んだことがある。吸血鬼クラリモンドが蠱惑的であり、ゴシックの雰囲気を漂わせながら、魅惑的な短篇に仕上がっている。「ポンペイ夜話」も同じ系統で、「死霊の恋」と甲乙付け難い。
「二人一役」「オニュフリユス」の悪魔譚も面白い。「コーヒー沸かし」は、ホーンテッドマンションを彷彿させる。
万人向きではないので☆3つにしたが、個人的には好きな分野である。
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20代前半の頃フランス物を読み漁ってた時に出会った一冊。
字が小さく読みにくかったのを覚えてます。
異国情緒溢れるポンペイ夜話がおすすめです。
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「死霊の恋」が吸血鬼モノとしての走りだと聞いたので読了。
娼婦クラリモンドと若司祭ロミュオーとのやり取りが儚い。
「ポンペイ夜話」はポンペイ遺跡の石膏像を愛してしまった青年の物語。
ゴーチエのテーマである幻想と美、そして愛が織りなす短編集。
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『死霊の恋』目的でそれだけ読みました。
フランス文学らしく、人間の抑えることの出来ない「愛」が中心に据えられている。
文体が硬質で正確性の高さや描写の安定感は素晴らしかった。
フランス文学は合わないの多いかも。