紙の本
何をしても何につけても哀しい身の上話なのに、そういう存在を創造した物語中の博士のことを責められはしない。ましてや物語を作り出したステープルドンに感謝以外の念を抱けない。これこそが感動の1作というもの。
2004/04/20 12:53
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
と、有名な映画データバンク・サイトのように断ってから始めてみればいいのだろうか。
『最後にして最初の人類』『スターメイカー』など、何十億という宇宙の歩みを意識した、壮大な規模のビジョンを論理的、思索的に構築していくステープルドンという作家像を定着させている人には、この表紙からして実に小粋な入り口だ。といっても、本書は1976年初版でしばらく版の途切れていたものが読者アンコールフェアとして発刊されたのであり、古いSFファンにしてみれば、この本こそがステープルドンのアイデンティティだということになるのかもしれない。
いずれにしても、私のようなステープルドン初心者も含めてみたところで意味深な表紙である。星空の絵であるから、どれがシリウスだろうか…などと思って手に取るだろう。でも、中身には意外性がある。
「どれがシリウスか」——読み終えた人は、今度は同じ質問を別の意味で発することになるかもしれない。
ネタばれと言っても、星空の話ではなく人間に匹敵する知能をもった犬の話であると伝えてしまうことは、掛けられた帯にも大きく謳われているし、カバーのあらすじにも説明されてしまっているから許していただくことにして…。
その犬が知性だけでなく、情緒や感受性も人間同様、あるいはそれ以上に持ち合わせているということやら、だからこそ生みの親であるトレローン博士やその娘のプラクシーと生活するなかで、さまざまな切ないものが生じてくることやら話を進めていかないと、説明も紹介もおぼつかない。
ありきたりの作家ならば、犬に知性をもたせるという発想はどのような展開を見るだろう。天才犬ともてはやされるが、自分の内面に宿る野性との葛藤で統合障害を起こし悲劇的結末に至るとか、その能力を使って人を喰ったいたずらをしていくコメディーとか、同じような仲間を集めて人類の転覆を意図するとか…。
しかし、ステープルドンという作家はやはり深い思索に基づいて論理的に物語を構築していく人で、このように読み易いストーリーテリングだからこそ却って、その思弁の広がりがものを言う。
物語中の科学者に、人間との関係における犬の奴隷性に対し懐疑を抱かせる。人間並みの知性を賦与するのであれば、生物学的、社会学的階級差を気づかせないようにすべきだと結論させるのである。そこで科学者は、自分の娘プラクシーと犬を分け隔てなく育てるよう妻に相談する。双子のように育てられたふたりが、どのように互いの存在を受け止めるかという大きなドラマ性をそこに作り出すのである。
読み書きを覚えるようになったプラクシーを見て、犬が鉛筆をもてない自分をどう思うか、それをどう克服していくかという小さな事象から始まり、異性として成長したふたりがどうなるのか、個性はどう育まれていくのかという切ないものをどんどんふくらませていく。正気のみならず狂気も描いたことがリアルで、決して甘さにだけ走らない。
科学技術的要素は確かに多いけれど、これは『ロミオとジュリエット』『嵐が丘』『アンナ・カレーニナ』『赤と黒』などといった名作と同じ身分違いの愛の物語で、負けず劣らず哀しく美しい。そして犬の物語であるがゆえに、何ともいとおしい。読み手の情緒と感受性が人間並みであるならば何十回もの感動に襲われることと思う。
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古典SFの名作ですが、SFというジャンルにとらわれずに読んでほしい一冊です。人間であることとは何なのか、考えさせられます。涙なしには読み終われません!
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天才生理学者トレローンの高等動物の脳に関する研究により、人間と同じ知能、情緒、感受性を持ち合わせた超牧羊犬が生み出された。彼の名は、シリウス。本書は、彼と彼の唯一無二の存在であり、生みの親であるトレローンの実娘/プラクシーとの数奇な運命を描く物語である。
犬が人間の頭脳を持ち合わせたらどうなるのか。
そんなシンプルな発想に比して、本書で描かれるシリウスあるいはプラクシーの情緒的描写は、筆舌に尽くせぬほど、精緻で、奥妙です。
人間が持つ二面性、いや、多面性を著者は知り尽くしているのでしょうか、本書は、時に残酷なまでに人間の心理を浮き彫りにするのです。例えば、物語は終盤、シリウスがはじめて親しいものの死と向き合った際、次のように語られます。
「妙なふうにではあるが、ジェフリーは、こうなってかえって前よりも現実の人であり、自分に身近になったような気がしてきた」
シリウスは、この後もいくつかの死と対面しますが、それらすべてに悲しみとは異なる複雑(むしろ単純?)な感情が芽生えます。これらは、死が悲壮だけを運んでくるわけではなく、ある意味で、悲しみとは相対する情緒をもたらすことを示しています。
このように、本書は、嫉妬や鬱積、賛美、尊信といった、ともすれば逆方向の感情を余すことなく注ぎ込み、情緒的描写を形成していますが、これらが真に迫るところがあるので、なんだか自分にも経験のあるような描写があると、たまに、心にグサっと刺さることがあります。
犬としてのシリウス、人間の知能をもったシリウスは、どこにも彼の世界がありません。知能をもったために、彼にとって、人間は唾棄すべき支配種族であり、他の犬共は知能の低い下劣な種族なのです。だけれども、同時に人間を愛し、牝犬を愛でる彼も存在します。このあたりの悲劇は、「どうして、わたしひとりしかつくらなかったんですか?ひとりきりになると、これから寂しいでしょうね」という彼の一言に集約されている気がします。
一方で、シリウスとプラクシーは、本書において極めて重要な関係にあります。ふたりの関係は、もつれ合った紐が解けなくなるほど、絡み合い複雑かつ奥妙になっていきますが、遠くで見ると、案外シンプルな関係なのでしょう。物語の最後に、プラクシーこそが彼の世界だと、シリウスが気付いたのであればいいなと思います。
中盤の「霊」に関するやり取りには、少しついていけない箇所もありましたが、総じてとても面白かったです。情緒的描写が優れているだけでなく、起伏に富んだ展開も秀逸ですね。
オラフ・ステープルドンは初読ですが、あとがきで大絶賛される「最後にして最初の人類 」をいつか読んでみようと思いました。
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話のできる犬の物語と思っていたら中身が濃いかった
表紙 5点金森 達
展開 7点1944年著作
文章 7点
内容 770点
合計 789点
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これまで読んだ本の中でもトップレベルに面白い一冊となった。こんな名作が絶版とは、日本の書籍界はこれで良いのか…??存在を教えてくれたバーナード嬢、と言うか神林にはひたすら感謝だ。
自分の飼い犬と会話ができたら、というのは恐らく何百年も昔から犬好きの求める願いだとは思うが、この本は、それを更に発展させた内容だ。
母胎にいる時に、脳を肥大化させるホルモンを投与された仔犬が、人間の女の子と同様に育てられ、自身で考え、会話をし、芸術を嗜み、哲学を持つ。
そして犬故に、どうしても人間という種族とは同じようにいかない点がとてもリアルに描写され、その詳しさがフィクションということを忘れさせてくれる。
生まれた時から人間と一緒に育った犬と、生まれた時から犬と一緒に育った人間が、お互いを尊い存在として認め合うシーンは本当に胸が熱くなった。
SFファンや犬好きに限らず、必読の一冊。
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SFのマスターピースって、実は小難しそうなのが苦手なので手を付けていなかったんだけど、この本を手に取った時期は、これではいかん!と一念発起して読んでいたんだよなぁ。この本は脳ミソでっかくして賢くしちゃったワンコの世界大戦時のお話。表紙の宇宙っぽいところ全然関係ないから!
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何故絶版なのか理解に苦しむくらいの名作といえる
人間の実験によって高い知能を得ながら、犬の本性や人類の醜態と葛藤を続ける人間犬の物話
プロットは至って王道のものといえるが、スターメイカーにも見られるステープルドン独特の精神世界の描写が光る
彼の描く「霊」の世界は仏教、禅的な悟りの世界といえる
この素晴らしい作品が古本でしか手に入らないというのは人類の損失であろう