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紙の本
パロディという方法
2002/06/24 02:53
3人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あおい - この投稿者のレビュー一覧を見る
この作品は著者によって「推理小説」と銘打たれている。出版社が広告宣伝のためにカテゴライズするわけでもなく、批評家がオタク的自己愛を満足させるために趣味の共同体に流通するジャルゴンをあてはめるのでもなく、著者自身が自作にジャンル規定を課すのは、往々にしてその作品がそのジャンル類型のパロディであることを示しているのだが、優れた作品がつねにそうであるように、この作品もそのパロディ性が形式的実践と不可分の関係にある傑作となっている。
1969年を物語の《現在》とし、30年代にまで遡って構成されるこの小説は、精神分析の臨床例からそっくりそのまま借りてきたかのようなのような紋切り型の内面を持つヒロインのリゾート地での謎の失踪あるいは誘拐という「事件」で幕を開け、同じように紋切り型の内面を持つヒロインの恋人の勘違いによる暴走と事故死によって結末を迎える。警察への密告、男が夢想する殺人と逃走の計画、クロロフォルムとピストルが小道具として使われる性愛場面など、その物語にちりばめられたガジェットは「推理小説」というよりもむしろ「探偵小説」に近いものだが、いわゆる「探偵小説」が、伝統から切断され不条理が露呈する世界の《無》に直面しみずからを思想的に投企/疎外することで《主体》を構成する「探偵」という存在を物語の要に置くのに対し、「推理小説」にはそのような特権的身体性を有した「主体」は不在である。
この作品を形式的に構成するさまざまなメディアを擬制した文体(伝統的な客観また心理描写、簡素な必要最低限の叙述体、電話による断片的な会話、脚注、新聞記事、インタビュー、速記、警察調書、履歴書、検死解剖報告書、第三者の目撃談など)は、それらの文体を選択する《語り手》の《不在》を読者に意識させずにはおかない。「推理小説」における「探偵」の不在と、さまざまなコンテクストを捏造する《語り手》の不在というふたつの《不在》が主題論的に交叉するところに、この小説のパロディ性が形式的実践となる所以があるのだ。
登場人物が紋切り型をあっさりと受け入れているように、物語もきわめてご都合主義的でありふれた不毛な愛——悲劇的なメロドラマである。それは大衆的メディアや文芸ジャンルへの一貫した興味とともに、世界のマチスモな支配体制に対する抵抗のしるしであるとも思われる。著者はあるインタビューで次のように言っている。
《男性は女性たちから快楽を得ても、彼女らを尊敬しない》
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