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1986(底本1983)年刊行。満州からの逃避行は、例えば「流れる星は生きている」(藤原てい著)等でも描かれる。が、本書は、止むを得ず、満州地域に残留せざるを得なかった女性・少女、あるいはその子息の戦中戦後の道程を抉り出す。戦後70年たる現在、報道上ほとんど目にかけることはないが、1985年頃までは、中国残留日本人孤児の帰国のニュースは其処彼処で見受けられ、多くの人の意識に上り得た。ただ、本書は、そのニュースの如き美談・悲劇という語りに加え、夫々の加害・被害が重層的に重なり合う実態を見せようとするのだ。
確かに、国策=政府や教育機関の宣伝で満蒙に移住した人々は、ソ連侵攻・戦後中国人の攻撃で辛酸を舐めたことは事実である。そして、それが残留の原因であったことは間違いない。しかし、中国人は、自らの優良地を入植した日本人に奪われた恨み、また、貧しいが故に嫁が来ない人々は、危機に瀕した日本人女性を功利的な見地で引き取った(ただし、売買婚は当時の中国では通例)、国策被害者として自己を規定しがちな元開拓民を見る、戦後中国人の醒めた冷ややかな視線。戦後、精一杯の運動をしても戦後日本の補償が数万円足らず。
軍人恩給との巨大な格差に憤る元開拓民。自分の家族を先に引き上げさせ、さらに自らもサッサと逃亡し、守るべき邦人保護の役割を放棄した関東軍・満州国職員であった日本人、満鉄職員らへの憤り。本書ではあからさまにしないが、自らの殺人・子供の遺棄等も背景に見せつつ、また、戦後日本に馴染めない元残留者(さらには文化・生活面で批判的な中国残留民も)の言など、実に多面的に構成。イスラエルとアラブ・パレスチナの関係を彷彿とさせる日中の状況を想起するにしくはないところである。軍人だけを称揚しがちな風潮に掉さすのも意味あるかも。