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芥川賞シリーズ⑤
昭和20年の春、東京から15歳の息子とその母と二人が、東北の大河のほとりの町に疎開して、終戦後の初冬に、母は息子一人を残して河に投身自殺した。その当時の息子の思いでの記。作者の自伝的作品である。『北の河』の時代は敗戦真っ只中で、誰しもゆくえも知らぬ不安に襲われていました。それまでは「戦争は常に何処かで続けられているものであり、いわばそれ自体が日常であって、戦争が終るという事は想像を超えていた」のでした。
疎開っ子には親しい友もそうやすやすとはできません。9月初旬には、同じく疎開していた河内という友が母親に連れられて東京に発って行きます。疎開者同士せっかく親しくなったばかりなのに、「私」と母は駅まで見送りに行くことになります。「お宅でも、もうそろそろお引揚げで御座いましょう」と屈託のない声を聞きながら、いっそうの寂寥感が募ります。
東京の家が焼夷弾に焼かれ全てを失った日の母の様子や、寡黙な母がいま河を眺めている後ろ姿を「私」が語ることによって、またその語りを糸口にして母の内心の葛藤がいかなるものかは読者に委ねられています。先行きの不安、ただ今の寂寥感、当面の冬を越す手立てについては語られていますが、それ以上の母の心の奥底が行間に書いてあるようです。
この15歳の少年が20数年たち当時を振り返って書かれている作品で、きっと少年がこの半年の疎開生活で生きることに真に出会ったんだと思うし、母親は身をもってそのことを 息子に教えるしかなかった時代だったんでしょう。