紙の本
1988年初版、しばらく在庫切れだったらしいが、荒俣宏氏の強力プッシュで2000年4月に再版がかなったらしい。霊たちの話し相手として墓地に棲みついた男性が、恋によって変化を受け入れるというファンタジーの名作。
2002/03/22 11:39
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
[ボロニヤ・ソーセージが重たすぎ、鴉(からす)は地面に落ちそうになった。慌てて羽根をばたつかせ戸口から逃げだそうとする鴉を、デリカテッセンの親爺はもう少しのところで捕らえそこなった]
上は書き出しの部分である。本を買って読むかどうか迷うとき、装丁と題で雰囲気を捉え、奥付でどれぐらい前に出たのか売れているのかチェックした上で、冒頭部分を試しに読んでみる。最初の1行から「おいらの感性と知性の優れたところをしっかり印象づけてやるぜ」という調子の小説が案外多い気がするが、その押しつけがましさに辟易してそっと元に戻してしまうケースは結構ある。この書き出しは、私にはなかなかいい感じに思えた。このあと少し読み進めていくと、鴉に人格をもたして書いてある。
ソーセージを泥棒する鴉の姿は、ゴミ出し日に群れを成して集まってくる凶暴な世田谷ガラスを思い起こさせ不愉快なのだが、そのような嫌われ者が、この話でどういう役どころなのかが大いに気になる。すると、鴉のくわえたソーセージが、自分のためのエサではなく、彼が扶養する人間の食事だということがわかってきて、「ああ、これは面白い」と感心してしまった。
著者が弱冠19歳にして脱稿した小説なのだという。「おいらには、こんなにすごい才能があるんだぜ」と自意識や矜持の過剰な年齢なのではないだろうか。すっと物語に入っていき、するする札を配っていく手並みは老成とも老獪とも言えるし、実際59歳のベテランが書いたんだと言われても違和感を抱かない。達者なストーリーテラーだと思う。
さて、その鴉が扶養している人間というのが、この物語の主人公レベック氏である。商売でつまずいた彼は、酔っ払って迷いこんだニューヨークの巨大な共同墓地で眠りこみ、以来ここを棲みかとしている。外の世界に出られなくなってしまい、実に19年にわたって墓地の敷地に留まり、鴉の運んでくれる食料で糊口をしのいできたのである。
孤独に怯える彼には、同じように身をもてあます友人がいる。墓地に埋葬された死者たちだ。死者は必ずしも安らかには眠れない。納得できない死に至る事情を各々に抱えているからである。しかし、少しずつ現世は忘れていく。それは、お菓子の味やバスの音のようにささいなものから始まり、やがては人間存在にとって大切なものまで忘却の彼方へという運命にある。
死者たちを見ることができ、死者たちと語り合うことができるという点で、レベックは特異な人間であり、そのことに一応の満足を感じていたから19年の長きにわたって霊廟をベッドにしてこれたわけであるが、ある日、夫の墓参りにやって来たという未亡人と言葉を交わし、生活に変化が生じ始める…。レベックと未亡人の交流と同時に、共に死因がわけありの1組の男女の出会いと恋愛が進行していく。このカップルの恋の成就のためにレベックがひと肌脱ぎ、自分の運命を大きく変えることになるのがクライマックスである。
洒落た雰囲気のファンタジーなのだが、舞台が死に関わる場所であるだけに、人物たちの会話に深い哲学味がある。いつもながら埋もれた名品に愛情を注ぐアラマタの尽力で、また1冊素敵な本に出会えたことに深く感謝した。
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作者がこの名作を世に発表したのは10代の頃らしい。脱帽です。私には解説できません。読んで下さい。名作です。
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広大な墓地をさ迷う、幽霊たちの物語。
それだけ聞くとホラーなようですが、このお話をつつんでいる雰囲気は粋で、穏やかで温かみがあって、それでいて人や町の明暗、時間の過ごし方をよく捉えてあります。
こんなカラスさんと語り合ってみたいなぁ…
カレはいやがるだろうけんどもっ
出かける度に何度も何度も読み返しています。
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事業に失敗して以来19年間幽霊と鴉を話し相手に墓地に
隠れ住んでいる男の物語、と書いてしまうと身も蓋もないですが
ほんわかとした不思議な雰囲気に包まれた、純文学的な
ファンタジィです。
自分が死んで消えていくのを認めたくない男とは対照的に
人生に執着も無く若くして死んだ娘、皮肉な哲学を語る鴉と
外の世界を恐れ墓地に引き籠り続ける男の静かな暮らし。
そして夫を亡くして間もないお節介な婦人との出会い。
驚くべきことにこの物語は作者が19歳の時に書かれたもの
なのだそうです。「只のものはない。もし君に友人があるなら
遅かれ早かれ友人を持った代金を支払わねばならなくなる。」
なんて言葉が幽霊によって語られたりします。
世間を拒絶し孤独に慣れ切った主人公が、友人を持って初めて
幽霊の世界と現実の世界との狭間で揺れ迷うことに。
私が生まれる前の作品ですが、時代を超えた価値のある
純粋かつ深遠な珠玉の物語です。
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事前にタイトルしか知らずに手に取った作品。本編の読後、解説をに目を通して驚いた。まさか50年以上も前の作品だったとは。今でも全く古さを感じさせない。
作品の端々からうかがえる作者の死生観が興味深かった。死んだ後、元の姿のまま、幽霊はその場にぼんやりと立っている。時間と共に記憶が徐々に零れ落ち、それにつれて存在そのものが空気に溶けるように透明になっていく。
人を「その人」たらしめているものは何だろう、と時々思う。その要素の多くは、過去の経験や記憶ではないかと思う。これまでの記憶を全てなくし、最初の状態にリセットされたとしたら、それは果たして「私」なのだろうか。
私は忘れることと、忘れられることが何より恐ろしい。だからどうでもいいことでも無駄に記憶に溜め込んでいるところがある。だから、こんな風に経験や過去が徐々に失われていく時、平静でいられるとは思えない。自分の肉体がこの世を去る時、記憶も同時にぷつんと途切れる形で、旅立ちたい。透明なものではなく、色づいた何かのまま、去っていきたい。
こんな風に書くと宗教色の強い作品だと思われそうだが、そんなことはない。大きな事件のない、淡々とした話だが、タイトル通り「心地よい」読後感だった。何だかこの本を読んだせいで、鴉が憎めない存在に映ってきた。鴉はそのくらい魅力的な登場人物だったなあ。
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かなしさとやさしさと希望に包まれた作品。
メレンゲのように頼りないものである愛を取り扱うために、彼らは我々はどう動くべきか。
ところどころ作者自身の哲学がマイケルによって語られる。少々理解し難いところもあれば心に訴えるものもあり。マイケルとローラの刹那的愛の永遠性と、レベック氏とクラッパー夫人の哀しきかな、俗性を帯びた愛の対比。つまりそれが肉体と精神の差なのかもしれない。
私はカンポスのような人でありたい。
皆で歌う楽しい夜のシーンが好き。その夜に対するマイケルの思いを含めて。
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東京創元社の2014年復刊フェア書目。
墓地を舞台にした静謐なファンタジー。ややセンチメンタルな気もするが、作品の雰囲気には合っていると思う。
解説によると、著者19歳の作だそうだ。まだ10代の若者がこの完成度の作品を仕上げたのは凄いが、作品の持つある種の潔癖さや叙情性は10代の感性ではないだろうか。
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死者が見えたり、会話できたり、
鴉に養われて話ができたり墓場に20年近く生活したり、現実の世界ではない虚構の中で、
肉体を失った死者は
純粋な理性と感情を個人で顧みるしかないなかで、
生きている者は死者の思い出(理想)と
生者の現実のなかで、
死者と生者の狭間に閉じこもった者は
過去や自己の保全に足を取られすぎて、
こじらせた中で、世界の中で生きる(生まれ変わる)
ことを取り戻す(何かを捨てて後に置いていく)、
二つのラブストーリーが脇に流れる物語。
レベック氏の世界に対する怖れ、
自分を守る頑なさ、何か他の作品で見た気がするけど
思い出せない。
世界にとってとるに足りない自分であることは
あたりまえなのに、向き合ってくれるひとにとって
おなじ反応でいいのか、いやよくない。
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#浴室、鉄塔、肘掛椅子、樹上、エレベーター、ボーリング場。ヘンテコな場所から出てこず、けれどひきこもりと言うにはやけに活動的で、創意と工夫に充ちた生活を送る作中人物たちが好きで、そんな作品を見るたびに脳内コレクションしている。本作はニューヨークのミニチュアのような共同墓地に19年間住み続ける男と、そこに眠る死者たちとの交流を描いた作品。悪態をつきながらレベック氏に日に二度の食事を運ぶカラスや、クラッパー夫人の「かぶってますとも」のキュートさ、全体の奇妙に老成した雰囲気は、どこか須藤真澄の初期作品を思わせる。
#以下、自分用ブックマーク。P79「きみときたら、葬式も終らないのにまるで、ゼラニウムの新芽みたいに出てきちゃったじゃないか」、P138「すべての生物は二つの基本要素で構成されている」「目的と詩だよ」、P203「たった今お産したばかりの女たちの目によく見かける」「眠そうな、独善的な表情」、P345「それは真実じゃないわ。あなたは親切で、そしてやさしく、それに朝ご飯や日没なんかと同じようにちっとも邪悪じゃない」、P369「あ、なあるほどな、電球みたいにひねられてるぜ、あんたは。あばよ」
P73「嘘をつくのと、さようならを言うのが大嫌いだ、と彼は思った。なぜなら、どちらもあまり上手じゃないんだな」
(2009/08/25)
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モラトリアムな中年男の話と言ってしまうと身も蓋もないのだが、この物語は「この世に救済はあるのか?」ということにつきるのだと思う。
この作者の他の作品「最後のユニコーン」、「風のガリアード」も佳品。