経済学の大家が書いた近代経済学批判
2000/07/12 13:04
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投稿者:健忘 - この投稿者のレビュー一覧を見る
近代経済学というと数学が出来ないとダメだという考え方がある。これは何故か?経済学が、完全情報のもと合理的な計算可能性を持つホモエコノミクスなる人間を前提に理論構築されているからである。ここから、ある制約条件の下目的関数の最適化という問題を解く、と言うのが近代経済学だ。この解法過程に数学が使われる。このようなモデルを「一般均衡理論」と言う。このモデルを現実の経済分析にあてはめ、計量モデルなどを構築しているのが、現在の経済分析だ。
このモデルよく考えると、完全情報を持ち、合理的な計算可能性を持つ人間でないと説けない。これは現実的ではないぞ、と気がつく。ここが近代経済学批判となる。このモデルの非現実性と非人間性を近代経済学の大家が、アダム・スミスから最近の経済理論までの流れに沿って解説しながら、切々と述べたのが本書である。
ここで切々といったのは、宇沢氏といえば戦後日本の経済学を世界的水準に高めた大家である。その人が、このままでは経済学はダメになると血みどろの戦いをしている様が本書の随所に現れているからだ。宇沢氏は「ジョーン・ロビンソンの経済学」の章において「(経済学は)現実とはまったく無縁の、抽象的な世界で形式論理のみを追うか、あるいは特定の産業ないしは政策的立場を弁護する議論が横行している」と述べている。この現実と無縁な世界にいってしまった経済学を本来の「理論と実証」の学問に戻そうと主張するのが本書である。
本書の最終章で宇沢氏が提唱する、不均衡理論と社会的共通資本の理論は読み応え十分だが、理論のレベルが高く相当の経済学の素養が要求されるのがちょっと残念だ。しかし、本書の様な新書版で経済学の全貌が鳥瞰できるのは他にない。
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投稿者:なつめ - この投稿者のレビュー一覧を見る
経済学について、分かりやすく解説されていてよかったです。近代経済学の成立まで、興味深く読むことができました。
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「経済学とはなにか、経済学の考え方とはどういうものか―日本を代表する経済学者が自らの研究体験を顧みながら、柔軟な精神と熱い心情をもって、平易明快に語る。アダム・スミス以来の経済学のさまざまな立場を現代に至るまで骨太いタッチで捉え、今後の展望をも与える」一冊。
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1月?
本書は、アダム・スミスから現代の経済学に至るまでを通し「経済学の考え方がどのように形成され、発展してきたかという面に焦点を当てた」本であった。ある程度の経済学の知識は読む上で必要である。経済学者の生涯にも触れつつ、そこでの体験が、どのように経済学的な考察へ影響をあたえたのかも記してあり、とても興味深かった。しかし、本書を通じ、私自身の不勉強を自覚させられる部分もありそれは今後の課題としておきたいと思う。今年に入り読んできた新書の中では、レベル、内容の両面から最高レベルであると感じる。
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経済学がこれまでどのように形成され、
その底流にどのような考え方があるのかを明らかにした本
2年後に再読したい
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既読の「経済政策を売り歩く人々」や「物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ」と取り扱っている射程は概ね同じと感じました。
一気通読。
近代経済学の前提やその前提から導出される諸命題などについてコンパクトながらも詳らかに記され染み入るものがありました。
また上記他書にはあまり記述のない、ヴェブレンやロビンソンについて多く頁を割いたり、他の章でも度々登場するなどしており、感嘆。
森嶋通夫著「思想としての近代経済学」を手にしながら、これまで本書を手にすることのなかったのは因縁でしょう。
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宇沢弘文ご本人の考える、経済学説の解説本であると同時に、評価本でもあります。
しかし、現代の経済学思想につながる考え方も随所に現れており、そういうことだったのかと思わせる事も多い。
ただし、少し経済学に詳しい人でないと難解であるとも思える。経済学を初めて学ぼうとする人がこの本にとりかかると、少し難儀に思うかもしれない。
多少は経済学の思想を一通りかじった人が読むべきであるかもしれない。
今我々に課せられている使命は、ジョーン・ロビンソンの説く「経済学第二の危機」である。
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【内容】
宇沢弘文の考える、経済学史の本であると同時に、彼の歴史上における経済思想を一つ一つ評価している本。
A・スミスからミルトン・フリードマンまで解説がなされているので、なるほどそうだったのかと思わせる箇所も多い。
【感想】
少し経済学に詳しい人でないと難解であるとも思える。
経済学を初めて学ぼうとする人がこの本にとりかかると、少し難儀に思うかもしれない。
多少は経済学の思想を一通りかじった人が読むべきであるといえる。
今我々に課せられている使命は、ジョーン・ロビンソンの説く「経済学第二の危機」である。
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アカデミックな内容でありながら、ロジックとストーリー、著者の自説のバランスが良く、経済学初心者の自分でもこれまでの歴史と課題などを概観することができ、経済学への興味を深めることができた。なかなかの良書だと思う。
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[ 内容 ]
経済学とはなにか、経済学の考え方とはどういうものか―日本を代表する経済学者が自らの研究体験を顧みながら、柔軟な精神と熱い心情をもって、平易明快に語る。
アダム・スミス以来の経済学のさまざまな立場を現代に至るまで骨太いタッチで把え、今後の展望をも与える本書は、経済学のあるべき姿を考えるために格好の書物と言えよう。
[ 目次 ]
1 経済学はどのうような性格をもった学問か
2 アダム・スミスの『国富論』
3 リカードからマルクスへ
4 近代経済学の誕生―ワルラスの一般均衡理論
5 ソースティン・ヴェブレン―新古典派理論の批判者
6 ケインズ経済学
7 戦後の経済学
8 ジョーン・ロビンソンの経済学
9 反ケインズ経済学の流行
10 現代経済学の展開
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
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☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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理論家の宇沢先生のわかりやすい著作。
経済学というと、経済の歴史ではなく、経済学の歴史を語りたがるところが気がかりである。
経済という現物を見ないと、経済学という原理の価値が下がるのではないかと思った。
この感想は、経済学部を卒業してから25年離れていて、初めて気がついた。
誰にでも分かれというつもりはない。
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経済学の考え方とはどのようなものか?について、時代を追って解説されています。
難しいです・・^^;。正直言ってほとんどチンプンカンプンでした。
経済学の教科書、といった方が良いかも。
それでも、ちょっと道徳っぽいアダムスミスから始まって、型にはめようと苦心した新古典派経済学へ。
現実に即したものにしようとしたケインズ、そして、政治的に利用された?反ケインズで失敗・・というふうには読めました。
読んでいて思ったのは、経済学って、現象を一生懸命型にはめて説明しようとするんですけど、その時になにがしかの前提条件を決めなければならないんですよね。
でも、現実には条件が一定であるなんてことはなく、しかもものすごくいろんなことが経済の動きには関わってくる。
企業の活動や政治の動きはもちろん、消費者の心理まで・・。
・・・無理なんじゃない?って思って思考停止してはいけないんですよね^^;。
おもしろいな、と思ったのはヴェブレンという人の言葉。
「近代的産業のもっている過剰な生産能力を十分にみたす規模まで、浪費的支出をふやすということは不可能に近い。(中略)私的浪費が大きなものであるということは疑いないが、貯蓄意欲と計算高い投資にかんする営利企業的な論理とが、人々の近代的な行動様式の中に組み込まれてしまっていて、貯蓄はいつでも高い水準に保たれてしまう。そのためになにかしかけなければならなくなる。それは政府が効果的な浪費をおこなうことである。軍備、公共的な建造物、宮廷や外交に関わる制度等々が、浪費的であるいう意味で、この問題に関して重要なものとなってくる。」
・・・なんか、今の日本の状況と解決策が示唆されているような・・^^;。
ヴェブレンはちょうど100年ほど前の時代の方。今の日本の状況を知るはずもないのですが。
1989年初版なのでやや古いですが、経済学を志す学生さんには良いのでは無いでしょうか?
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ゼミの勉強会に参加させてもらうので読みました。
例えるなら
経済学は物理学のようで、
社会学は生物学か地学のよう
と言うのは今日の先生の言葉。
私にとっては人間味のある社会学のほうが性にあっているけれど、宇沢弘文さんの経済学の捉え方?は社会学的な要素もあり、貧困の滅亡を目標にあげてるだけあって左寄りの意見。
アダムスミス問題でもでてきたけれど、経済学は倫理観がある人間が活用しないと、環境やジェンダーを無視した学問になってしまう。
ウェブレンについての本も出しているようなので、今度はそれを読んでみたいな。
Apr, 2013
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経済学の後退を論じた部分が興味深い。政治との結びつきを求めた結果か。
経済学の流れがよく分かった。万能で無いことも。
全体的に行間を埋める思索が必要だった。前提知識があれば良かったのかもしれないが、新書の読了にそのような知識求められるのも現代では酷だろう。数式や概念的な理解がハードルだったか。
ただ、古典の力は存分に感じた。歴史を画する書物は土台になる。そこから縦横に発展ができる。
・ハチスンの人間のための神
・資本主義から社会主義に変わっても人間性の向上はない。
・社会主義官僚に自由はほぼない。
・産業と営利の緊張関係。ヴェブレン
・財政支出の増加、所得税の減税。貨幣供給量を減らして、市場利子率を低下させる。ケインズ。
・所得再分配のパラドクス
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宇沢弘文氏がケインズ経済学を中心に経済学の成り立ちと考え方について丁寧に論じている。
いろいろと目からウロコで感動的でさえあった。
高校生の頃、読んでいたらきっと経済学を専攻していただろう。
(きっとケインジアンになっていた)
が、高校生の頃、読んでいたら何が書かれているかわからなかったに違いない。
社会に出てからの日々の生活や仕事通じた蓄積によって理解できたのだろう。
この本は30年前に書かれたものだが、現在の課題を予言している。
いや、現在はその予言すらも越えてしまっている。
宇野氏が論の中でこきおろしている新古典主義の系譜につながるマネタリズムを中心とした反ケインズ主義は
その大前提として、雇用の流動性、必要な情報がいつでも必要なだけ入手できる環境、生産物AとBが時間を考慮することなくすぐに交換でき、またそのときに最大価値をもたらすものだけを生産できる仕組みだと述べられている。
これらについて当時は実現不可能と思われてきたが現代では技術革新によりある程度の実現性がでてきている。
・非正規雇用といわれる雇用制度の発達
・コンピュータの発達によるビッグデータの取扱い
・インターネットをはじめとする情報ネットワークの
高速化によるクラウドビジネスの発達
そういう意味ではその状況を踏まえた新しい「経済学の考え方」というものもあるのかも知れない。
しかし、
本来、経済学は経済現象を通じて人の幸せを追究する学問と考えるなら、それこそが経済学の本質だと考えるなら、
上記の現在の経済はその「経済学の考え方を使って」、人がいかにホモ・エコノミクスであるべきかを追究するものになってしまっている。
数値化・定式化できないもの(幸福感や生きがいといったような人の感情やいわゆる文化に関する活動)は除外される。逆にそういったものさえ数値化・定式化しようとしている。
それは、かつても今も科学技術がその非人間性の部分を増大したことで
公害をはじめとする環境破壊を引き起こしたのと同じように、経済学が科学技術化することで非人間的な社会を作り出そうとしているように思われる。
宇沢氏はそういった経済学の課題への対応として「社会的共通資本」を提言しているが、3.11の地震と福島原発事故を経験した今、それすらも、もう間に合わなくなってしまっているのかも知れない。
しかし、それでも現代の課題を解決していくのはこれら過去の思考の積み重ねの上ににしかないのだと考える。
この本を読み終えた上で中途で積読状態となっている「人類が永遠に続くのではないとしたら」加藤典洋著を読みなおしたいと考えている。