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紙の本
こころのひだが目の前に現れる
2007/07/10 13:50
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ばんろく - この投稿者のレビュー一覧を見る
感嘆、読み終わってしみじみと本に見入ってしまった。三分の二も読んだころから溜息は出はじめていたが。しかし具体的にどこがと掴みようがなく、これでは評も書けない。では書かずに置くかというと勿体ない。これこそ誰かの目に触れてほしい。そこで中身にはあまり触れずに私自身のこの本に出会った背景から始めて、全体像として書いてみようと思った。個人的過ぎるということに恐さはあるが、実際私が驚いたのは作品の在り様自体のようであるし、そう的外れではないのではないかと思っている。
本との出会いは人それぞれであるが、私はこの半年ほど作者に出会うということを主眼として本を選んできた。たいてい現代女流作家と呼ばれる人達。はじまりは、ちょっとばかりまいっていた自分自身が共感できる作品を求めていたこと。そこから、日常の漠然とした心情や恋愛を言葉に紡いでいくだけで支持され続け得るのだろうかといった興味を持ち始め、常に店頭の一角を占める作者のそれぞれに触れてみたいと思い始めた。
「女流」ということに偏ったのは、男性よりも正直である(かっこつけないといった意味で)ように感じられたから。この一連の読書はとても面白く、大きなイヴェントない身近な日常や恋愛が多い中、各々が書き方は当然ではあるが違う。それは例えば、強い共感と同時にここは私とは違うと安心して感じさせるような正直さというかたちで、または作品全体にただよう雰囲気この人は優しい、結末も絶対優しいと疑いなく思わせてくれたりといったように。ただ多くの作家に共通していたのは作品を通してその作家特有の方向性、見方のようなものが感じられた点である。もちろん私自身がそういうものを求めたということが大きな影響を与えているとは思うが、少し大袈裟に言えば、今の私にはこの人の作品が必要だ、といったようなそれぞれのベクトルを持ち合わせているように感じられ、それが彼女達の売れる理由の一つなのかなどと考えていた。
ここで、しかし山田詠美はそういう作家の一人では無かった、と言いきるつもりはないが、少なくともこのようなスタンスで作品に当たることに慣れてきていた私にとってはこの「トラッシュ」は衝撃だった。なぜなら本作品には作者の姿が見えない。作者の見方、読者がよるべとなるそれが無いのである。あるのは意図になる前のこころそのものである。
本書は恋愛小説であると言えばあるが、もっと根本のただ人同士の関係を描いているように思える。登場人物はカラフルな人種とジェンダーによって構成されているが、それはそれぞれ個々の抱える問題によってよりは、むしろその複雑さによってなされている。そして複数の人間の接触を通して、全てが一人の心の中に還元されるように感じられる。それは、物語が基本的には主人公ココを中心に語られるのに、必要とあらば他の人物の感情も自然に書いてしまうという少し変わった書き方からそう思うのかもしれない。相手の心が読めない事実よりも、描写に興味が向けられていると。
人の心は本人にも理解できない幾重にも折り重なった多次元の世界であり、普段はその中を迷いながらその時に把握できる面の上で考え、意志を生む。イエスの層のすぐ下にはノーの層がありそのまた下にはイエス…といった具合であるが、それ以上の複雑さはもはやうまく言い表せない。しかし、その心の感じを目の前に起こしてみたいとしたら。その結果がまさにこの「トラッシュ」、この作品は絵のようだ。こころのひだをそのまま描いてみたくて出来上がったのがこの作品であるという印象だ。思いをのせて発信するのではなく、その前のものをかたちにするという才能。私がうけたのはたぶんそういう衝撃だと思う。
解説の宮本輝氏の言葉、一部しか引用できないが「(前略)どの糸口からそれをたぐり寄せればいいのかは、作者である山田詠美にもわからない。それこそが、「トラッシュ」という小説のすぐれている所以とも言える。名作とは、いつの世でも、シンプルで、寡黙で、猥雑さに満ちている」。まったく解説者とは一言で語ってくれる。
紙の本
トラッシュは英語で、ゴミとか屑とかガラクタ、それから、くだらない人間という意味もある
2021/11/17 22:38
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
トラッシュは英語で、ゴミとか屑とかガラクタ、それから、くだらない人間という意味もあるそうで、余計にこの小説におけるタイトルの意味は深い。小説の中に「もっと言葉を使えばいいのに誰も恋愛の時に使わない。(中略)愛の始まりの時は、皆、あんなに饒舌なのに、その後は、誰もが忘れちゃう」という台詞がある。恋愛経験が乏しい私だが、胸に突き刺さるものがった、そうかもしれない。リックの息子、ジェシーが突っ張ってるのだが、健気でたまらなく可愛くなる。彼には絶対幸せになってほしい。小小説の中身とは関係ないことだが、解説を宮本輝氏が書かれていてびっくりした、私はずっと、宮本氏のような人はきっと山田詠美氏的な小説は嫌いだろうと勝手に思い込んでいた、宮本氏に対しての考え方が変わった
紙の本
切ない物語です。
2002/01/26 16:35
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:すいか - この投稿者のレビュー一覧を見る
ココの恋人のリック、そして彼の息子のジェシー。ぎこちないながらも3人はうまくやっているはずだった。ココの全身からのリックへの愛。それをうまくうけとめられないリック。彼は「幸せになる」ことよりも「不幸にならないこと」を望む男だった。今までにない程、人を愛し、そしてもう愛せない自分にきずくココ。「トラッシュ」はあまりにも切ない物語だ。