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紙の本
これが書かれた1863年には東京はまだ影も形もなかったのだ
2001/11/24 15:48
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投稿者:Snake Hole - この投稿者のレビュー一覧を見る
「15少年漂流記」や「海底2万リーグ」,「80日間世界一周」のヴェルヌが1863年に書き下ろし,そのペシミスティックな内容から出版を断られてお蔵入りした作品である。100年以上経過した1989年,曾・曾孫の引っ越しの際に鍵がなくなっていた金庫の中から発見され,日本では1995年に出版された。
執筆時点から100年後の1963年のフランス,科学万能の未来都市パリの物語である。科学技術が世界を支配した高度産業社会,そこでは経済とその裏づけとなる技術のみが幅を利かせ,音楽や文学,絵画などの芸術はごくつぶし扱いを受けている。その世界で,前世紀的芸術家の末裔とでもいうべき主人公,ミッシェル・デュフレノワはラテン語の詩を書いて賞を取るが,食うためには親戚のツテを頼って銀行に入り,どう考えても不向きな労働に当らねばならない。
…小説としてははっきり未完成,というか草稿とでもいうべき段階のものだと思うが,それゆえにむき出しに近い形で提示される都市化,産業化の予想とその影響への危惧はさすがである。兵器があまりに高性能になって兵隊が解雇され,戦争がなくなるという話など (これ,個人的には悪くないと思うがね) 核抑止力の説明を聞いているみたいではないか。
それ都,失われた芸術を懐かしむ形で語られるおそらくヴェルヌ自身の過去および同時代の芸術に対する評価も面白い。例えば主人公の友人であるピアニスト (もちろん彼もピアノでは食えない) ,クインソナの口を借りて語られるモーツァルトやベートーヴェンへの賛辞,ワーグナーへの嫌悪は作者の意見だろうと思われる (いやフランス人だなぁ) 。
訳者のあとがきに,エドガー・アラン・ポオを媒介にしたヴェルヌとボードレールの関係が語られていて,この話も興味深かった。100年経っても,ナポレオンが始めた帝政が続いていると思っていたのはまぁ御愛嬌だが,なによりも驚くのはこの小説の舞台のパリが現代の東京に似ていることだ。これが書かれた1863年には,東京はまだ影も形もなかった (まだ江戸時代だったから) ことを思うと,ニッポンがいかに無茶なスピードで産業化を行って来たものか,考えさせられてしまう。
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