紙の本
自然史における二〇世紀最大の発見
2010/01/17 20:34
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:king - この投稿者のレビュー一覧を見る
奇怪な生き物が多い深海生物のことを探していたら、熱水噴出孔生物群集なる聞き慣れないものがあることを知った。口も消化管もない生物が、深海の真っ暗闇のなかで密生しているらしい。
これらの生物は、消化器官を持たない代わりに、体内にバクテリアを飼っている。それらの共生バクテリアは海底から噴出するチムニーに含まれている硫化水素やメタンを摂取し、化学合成を行い有機物を生産している。ハオリムシやシンカイヒバリガイといった熱水噴出孔生物群集は、そうしたバクテリアが産出する有機物を栄養にして生きている。
私たちは普通、光合成を行う植物を起点とした生態系に暮らしている。深海生物の多くも、海の表層から降りてくるものに依存しており、つまり生物はすべて太陽の恩恵によって生きていると思われていた。けれども1969年に行われた深海調査において、太陽の光に依存せず、地中から吹き出すチムニーからの硫化水素やメタンを栄養源とする生物が発見されたことで、その視点は大きく転換を迫られた。
私たちが属する光合成生態系とは異なる化学合成生態系の発見は「自然史における二〇世紀最大の発見」とまで言われている。
というわけで、こんな面白い発見がされていたのか、と生物学とかにはとんと疎かったので、非常に新鮮な驚きを味わった。これは面白い、とネットで見られる資料だけではもの足りず、よりじっくりとこのハオリムシとか熱水噴出孔生物群集について紹介したものはないかなと探して見つけたのが本書。
ハオリムシ(チューブワーム)をはじめとした熱水噴出孔生物群集を核に記述したもののなかで、たぶんもっとも手頃なものがこれだろう。他は深海生物全体について概説したものぐらいしか見つからず、この独特な生態系の意味を論じた本が他に見つからなかった。
本書は深海探査挺の乗組員として実際に深海調査をしている著者の経験を交えながら、ことに熱水噴出孔生物群集について丁寧に説明をしていて、非常に面白く読めた。本の流れも考えられていて、探査挺でだんだん海底に近づいていく経緯を語りつつ、その時々で出てくる海洋知識についての解説や、海底探査の逸話、またSF小説、文学、詩などの引用を縦横に挟み込みながらの叙述は引き込まれる。
チューブワームについても結構満足のいく解説が読めるけれど、この本で面白いのは、光合成に依存しない(というわけではないらしいという説もあるとのこと)生態系というものが意味する事態についての試論だ。
生命の起源について、従来は栄養を自前で作り出すのではない、従属栄養生物が起源だという「従属栄養仮説」が主流の説だった。けれども、「パイライト仮説」という化学合成独立栄養生物が生命の起源だったのではないかという説が新たに出されているらしい。パイライト仮説に従うなら、最初の生物はハオリムシなどに共生しているイオウ酸化バクテリアだったという可能性を著者は指摘している。また、光合成の起源は、熱水を噴出するチムニーを発見するための赤外線センサーにあったのではないか、という新説も紹介している。
地球生命の起源について、この奇妙な生態系は興味深い仮説の土台となっているようだ。
また、著者はこの太陽光に依存せず、海底地殻運動の産物である熱水噴出から糧を得る生物群の存在から、地球外生命の可能性を指摘している。火山活動のある木星の衛星イオ、同じく表面が氷に覆われているものの海水の存在が指摘されているエウロパには、海底熱水活動があるのではないかという。そして、海底熱水活動があるならば、そこには地球の熱水噴出孔生物群集のような、化学合成生態系が存在しているのではないか、と著者は考える。
これは面白い。結構可能性があるんじゃないかと思わされる。なにしろ、光の届かない海底に、熱水を栄養としている生物が現に居るわけで、なかなかの説得力。このことについては同著者のこれも非常に面白い「生命の星 エウロパ」に詳しい。
海にはまだまだ謎がいっぱいだなと楽しくなってきた一冊だった。
ちなみに江ノ島水族館にはハオリムシ等この種の生物を集めた化学合成生態系水槽があるので必見。深海生物のなかでもよく知られている体長45cmにもなるダンゴムシの仲間、ダイオウグソクムシとかもいる。私も何年か前に見に行ったのだけれど、これは面白かった。
http://www.enosui.com/exhibition_deepsea.php
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好気的・常温常圧な世界に生きている私たちにとって過酷極まる海底に住まう高等生物たちの暮らしぶりを紹介。一昔前まで進化の孤児とまで言われていたチューブワームの正体とは?大学の教養程度の生物学の知識があれば非常に楽しめると思います。
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燦燦と輝く太陽。
地球は太陽の子惑星。
誰もが思う。
「もしも太陽が無かったら地球は死の星になるだろう・・・」
しかあああああし!!!!!
深海底には太陽の事なんか御構い無しで繁栄している生物達がわんさかっといるのだああああ!!!!!
特にこの本の主役を張っている
チューブワームこと「ガラパゴスハオリムシ」
こいつらは生物の癖に消化器官をもっておらずなんと呼吸すら行っていない。
いったいこいつらはどうやっていきているのか????
その答えはこの本を読んでからのお楽しみ・・・
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水深数百メートル、そして数千メートル。一帯は青い、青い闇。その中にポツポツと浮かぶ無数の光。目にも見えないような小さな生き物が何のために光るのか。光るために光る。生きるために光る。
そんな世界が地球上の海洋全体の88%以上で存在しているのだから、狭い地上で必死になってる私の悩みなんて何てちっぽけなんだろうと痛感する。人間、いつかは海(母胎)へ還るのだ。そうだ、心を海にしよう。
「付章・深海へのあくなき挑戦の物語」では、太古の昔から世界中で深海に魅せられ、試行錯誤した様子が描かれている(と言っても目的は学術の調査だけでなく、沈没船の財宝探しや軍事目的でもあるのだが)。特に1950年以降の米ソの深海底への到達レースのくだりは興味深かった。
ところで著者は、宇宙飛行士よりも少ない深海世界への旅行者なのだが(現在は大学助教授)、とてもお若い。61年生まれでこの本を発行する96年には既に深海潜水の体験をしておられるのだから、今の私の年齢くらいで世界的な潜水船に乗り込まれておられるのだ。チャレンジ精神があれば年齢が若くても実現できるということを立証されたのだろう。
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タイトルのとおり、専門書というよりドキュメンタリーのような本。
ところどころに小説や詩の引用や改変があって、心が和む。著者の気軽な語り口調に引き込まれてすいすいと読み進めていくうちに、深海の魅力に捉えられ、最後は深海へのロマンがむんむんわいてくる。「生物」へのイメージが変わるとともに、道の可能性への期待がきっと膨らむことだろう。
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[ 内容 ]
太陽に背を向けた生物たち。
口も消化管も持たず、細菌を細胞内共生させることで生命維持に必要な有機物を得るチューブワームなど、光合成に訣別した別世界の住人を臨場感溢れる筆致で描く。
[ 目次 ]
はじめに 深海に新たな生命観を求めて
第1章 深海アナザーワールド
第2章 深海の多様な住人たち―深海砂漠での生き残り戦略
第3章 謎の深海生物チューブワーム
第4章 熱水性生物の楽園「深海オアシス」
第5章 化石となったチューブワーム
終章 チューブワームは時空を越えて
付章 深海へのあくなき挑戦の物語
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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「生物は太陽がなければ存在できない」そんな我々の思い込みを覆す大発見があったのが1970年代末。深海底で見つかったチューブワームなどの化学合成生物群集は、太陽のない所で、噴出物に依存して生態系を展開していたのだ。
これは「自然史における20世紀最大の発見」と言われている。熱水活動があれば、地球以外の星にも生命が存在する可能性を秘めているからだ。
深海底での発見が、宇宙史をも書き換えようとしている。そのあたりのドラマティックな展開がこの本の読みどころのひとつだ。
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高校生(いやぷーたろー時代か)のときに読んだ本。
あれから15年以上、先日放送(2013年1月NHKスペシャル。2012年に撮影)のダイオウイカの初映像のように、もうこの本が出た頃とは比べ物にならないくらいたくさんの発見があったんだろうな。
というわけで、一段落したら、この辺の本を改めて読みあさろうと思います。
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偶然見かけたNHKドキュメンタリーのダイオウイカに衝撃を受けた。なんと美しくも巨大な生物が真っ暗な深海に潜んでいることか!ワクワクした。
長沼先生もテレビで時々見かけて、魅力的な人間だな~と思ってた。
というわけで、読んでみました本書。
おもしろかった~。生命に対する長沼先生の賛歌。生き物に対する畏敬の念と詩情がひしひしと伝わってくる本でした。
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光合成に頼らず、地球の奥から沸いてくる化学成分で成り立つ深海生命圏のお話。深海でのフィールドワークのよもやま話から、他の星に生命がいる可能性まで、様々な話題を繰り出して飽きさせない。
・深海の水は南極沖やグリーンランド沖で冷やされて沈みこんだもの。中生代は、今より温暖だったし、南極が他の大陸とつながっていて南極を巡る海流がなかったので、南極海での冷却は進まなかった。代わりに赤道付近で水分が蒸発して高塩分になった(比較的)高温水が深海へ沈み込んでいたと考えられる。
・深海の圧力に耐えるには細胞壁の柔軟性が大事。深海生物は、細胞壁を構成する脂肪酸のうち、不飽和脂肪酸の割合が高い傾向がある。
・表層の生物生産は95%が表層でリサイクルされて、5%がマリンスノーなどで深海へ降りてくる。表層での植物プランクトン→動物プランクトンの食物連鎖の強弱は、両者の出現タイミング、フェージングによる。フェージングがよいと表層での生産が増え(北太平洋)、わるいと深海へのおこぼれが増える(北大西洋)。
・海の食物連鎖には「鉛直移動のハシゴ」がある。昼間、上でエサを食べてきたやつが、下に降りていって捕食者に食われる。これを何層か繰り返して表層の光合成由来の栄養が深海へ、早いと数日で降りる。
・熱水噴出孔付近などに住むチューブワームは、口も消化器官もなくて共生バクテリアに栄養分を作ってもらっている。バクテリアは硫黄分を酸化して化学エネルギーを取り出し、あとは光合成と同じ過程で有機物を作る。メタン湧水域に住んでいるやつもいて、メタンを還元して硫化水素を作るバクテリアと、そこからイオウ酸化反応をするバクテリアの両方と共生していると著者は予測する。チューブワーム体内で還元的環境と酸化的環境の両方が並存できるかがミソ。
・なぜか大西洋にはチューブワームが少ない。だがスペイン沖で沈んだ船には11年後にチューブワームが確認された。積荷の穀物が分解して硫化水素が発生したらしい。どこから来たのか?幼生が海の中を漂っているらしいが、鯨の遺骸が幼生の飛び石(または道の駅)になっているのではないかという大胆な説がある。
まだまだ分からないことがたくさんあるのが魅力。