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紙の本
「簡素でありながら上品で繊細な文体」「切なくも胸に抱えこまれたノスタルジア」−−と読者がカズオ・イシグロに期待するイメージを打ち破ったカフカ的迷宮小説の試み。
2001/05/03 17:48
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
『女たちの遠い夏』『浮世の画家』『日の名残り』の3作の成功で現代英国文学の旗手にのぼり詰めたカズオ・イシグロが、日本でその名を知られるようになったのは『日の名残り』のブッカー賞受賞という快挙によってであった。
受賞を機に、ようやく自分が真に書きたいものが書けると言って発表されたのが、この『充たされざる者』と、それから5年ぶりの近作『わたしたちが孤児だったころ』である。
映画化もされた『日の名残り』に象徴されるように、彼の小説に多くの読者が期待するのは、古き良き時代へのノスタルジアを胸に抱えた登場人物たちが、人生のままならなさを感じながら生きていく哀感ただよう雰囲気。そして、翻訳することによって混乱することのない簡素な文体、且つ、時にはストイックとも言える品の良い繊細な文体だと思う。
そこには、上質な小説に触れる幸福というものがあって、読者であることの悦びを感じる。私もそんなファンのひとりである。
『わたしたちが孤児だったころ』の前半には、そのイシグロらしさへの期待に沿うものが戻ってきたが、本書『充たされざる者』はノーマルな読者の期待が見事に裏切られるような作品だった。
裏を返せば、この人は様々なポテンシャルを持つ作家なのだなという驚きがあったということになる。
登場人物たちのセリフは冗長と言いたくなるほど、どうでもいいことまでべらべら続く。イシグロの好きなドストエフスキーの「大審問官」とは違う種類の、緊張感が伴わない長丁場に思える。第一その人物たちがプロットにいかほどの関わりがあるのかと疑問すら湧き、先行きが見えない物語の展開に不安になる。
『城』や『審判』といったカフカの長編小説のような真昼の悪夢的な迷宮世界に投げ込まれた…という印象のまま終わるのが、この上巻である。
世界的に成功したピアニストのライダーは、演奏旅行の日々を送っているが、講演と演奏のため、とある町に招待される。
精神を昂揚させる活気を失っている町では、ライダーが出演する予定の<木曜の夕べ>という催しに多大な期待を持っている。 かつては町の誇りであった偉大な指揮者で、現在は女性関係で名誉を失いアル中になったブロツキーに、再びオーケストラのタクトを振らせようという計画が進行している。
わずか数日の滞在であるが、ライダーの前には様々な人物が現われて、彼に次々と勝手な頼みごとを押しつける。そのなかには彼の妻もいれば友人もいて、あるいは、ライダー自身の分身ともとれる子どもや青年や老人もいて、彼の詰まったスケジュールはスムースにこなされることがなく、予想外の場所や状況にどんどん巻き込まれていく。
そんなところへ行ってしまっては、とても次に行く予定の場所に戻れない…と、読み手がいらいらしていると、エッシャーの絵のように、その場所がねじれて、行くべき場所につながっていたりする。
それが、ある時代のある社会を描いたものなのか、人間の内部を象徴したものなのか、たくさんの不思議を残して、読者は下巻に期待を寄せることになる。
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