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紙の本
マイ・フェイバリット・グッズを語る鹿島茂の藝
2002/04/29 13:17
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る
前著『子供より古書が大事と思いたい』から二年、自称B級コレクターの鹿島氏が自身の「マイ・コレクション王国」から二十五冊の十九世紀ロマンチック挿絵本を選んで、生前の遺書ならぬ「競売カタログ」を製作した。このての書物については、何か気の利いた寸評をくわえようなどとは思わず、ただただ眺め、呆れかつ賛嘆すればよい。
たとえば、著者贔屓の挿絵画家グランヴィルの『もうひとつの世界』(ボードレールにとってさえ不可解・不愉快と感じられ、唯一ルイス・キャロルに強い影響を与えただけで、二十世紀にシュルレアリストに評価されるまで八十年間、古書コレクターの本棚で眠っていた)について、著者は「これはもはや「挿絵」とか「イラストレーション」という言葉を使うべきではない。むしろ、グランヴィルの画集に「挿文」がなされたというべきだろう」と書き、グランヴィルの次に好きな似顔絵画家時代のナダールの『現代の顔』について次のように書いている。ただただそういうものかと納得するしかない。
《ナダールは、かならずしも絵のうまいイラストレーターとはいえないが、ことカリカチュアに関しては、独特のスタイルを持つ画家で、一見見ただけでナダールのものと見分けがつく。とりわけ、誇張されて大きく描かれている顔は、その人物のもっとも特徴的なプロフィールを瞬間的にとらえていて、ナダールが、肖像写真家となる前から写真家であったことを物語っている。ナダールにとって、写真とは、カリカチュリストとして彼が心の中で捉えていた有名人たちの表情を、印画紙の上に「物質的に」定着して確認する手段にすぎず、写真の中の彼らは、ナダールの「解釈」を経て、そこにいるのである。》
──マイ・フェイバリット・グッズを語るには、藝が要る。
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