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ヨーロッパに渡り長いこと暮らした須賀敦子だからこそ書ける文学案内。ユルスナールの大著『ハドリアヌス帝の回想』の紹介がメイン。自らとユルスナールとさらにはハドリアヌス帝の、それぞれの「霊魂の闇」の深さを重ね合わせ、静かにそこに降りていく文学的な語り口には感嘆のため息しか出ません。
マルグリット・ユルスナール。
学生時代の一時期、サンドやデュラスと並んで惹きつけられた女性作家です。彼女はフランスを離れ女性秘書とともにアメリカで暮らし執筆しました。言葉を生業とするものにとって、ネイティブな言語が通じない環境に暮らすとはどんなだったのか、ひとり暮らしの私とも重ね合わせるところがありました。それゆえ今回この本を手にとってみたわけです。
「靴」は、須賀敦子がユルスナールに覚える親しみのアイコンだと思います。修道女となり夭逝した仲良しのようちゃんも、そのきれいな足にペタペタ鳴らす靴を履いていました。親しみと、距離と、須賀敦子がユルスナールに惹き付けられたのは、その相反した二つの感覚でした。
読み終えると、頑丈な農婦みたいなマルグリットのいかめしい顔が、幼女のような笑顔を見せたような気がしました。