紙の本
須賀さん、素敵なごちそうをありがとう。ウンベルト・サバの詩やアントニオ・タブッキの小説のようにこの作家の小説もありがたく味わってみたいと思います。
2001/06/21 11:57
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
須賀さんの書いたエッセイはどれも硬質な輝きを放ち、読む者を上質な人間に押し上げてくれるようだ。だけど、私はこの方の書いたものを読んでいると不思議な感じがしてくることがある。こんないいもの、手軽に読ませてもらっていいのだろうか…と。
それはちょうどこんな感じにもたとえられる。
須賀さんの食卓に、一口サイズに作られた海老しんじょだとか、摘みたてのベビーリーフのサラダとか、柔らかな和牛のみそ焼きとか、ルビーのようにつやつやのさくらんぼなどのご馳走が並んでいる。須賀さんが「さあ、ゆっくり味わいましょうか」という段になって、鼻に汗をかいた私が「おなかすいた」と言いながら飛び込んでいくような気分。ぶしつけな私に、須賀さんは「どうぞ召し上がって」と何の翳りもなく微笑むのだ。
そのようにして、須賀さんは何人もの極上の文学や風景、建物や友人を読み手に差し出してくれたような感じがする。
須賀さんがユルスナールという作家と自分との出遭いを描いた箇所がある。長くなるが引用してみる。
<だれの周囲にも、たぶん、名は以前から耳にしていても、じっさいには読む機会にめぐりあうことなく、歳月がすぎるといった作家や作品はたくさんあるだろう。そのあいだも、その人の名や作品についての文章を読んだり、それらが話に出たりするたびに、じっさいの作品を読んでみたい衝動はうごめいても、そこに到らないまま時間はすぎる。じぶんと本のあいだが、どうしても埋まらないのだ。
マルグリット・ユルスナールという作家は、私にとって、まさにそういう人物のひとりだった>
渋澤龍彦のエッセイで知ったユルスナールの名、代表作『ハドリアヌス帝の回想』−−須賀さんのこのエッセイを読まなければ、おそらく私もこの作家とはニアミスしただけに終わってしまっていたことと思う。
この本は、「本読み」の羅針盤である須賀敦子さんがユルスナールという類いない作家に、いかに心を添わせて作品を読み込み、血肉にして自分の生活の中と思念の中で関わり合い、作家の影を求めて旅をしたかという記録を1冊にまとめたものである。
ミステリーのようなタイトルは、ヨーロッパの良家の人びとにとっての靴のエピソードとともに、いつもながらどこか切ない須賀さんの少女時代からの靴に関する記憶をたどりながら、<きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ>という書き出しの言葉を何回も意識させ、ひとりの女性が、ひとりの人間がたどっていく先を照らしだすようである。
ベルギーという国の地理的位置と心理的位置、雪のように白いリネンの文化的な意味、50年代の留学の様子、亡命者にとっての言語、アテネの神殿テセイオンの存在、ピラネージという銅版画家が描いた世界など、須賀さんの食卓に並べられたものは「好奇心」「知識欲」を存分に満たしてくれる。
この次須賀さんの別の本を手に取るまで、鼻の頭の汗はふいて息を整えておきたいと思う。ふさわしい読み手になれるよう…。
紙の本
書き出しの文章
2022/01/23 22:52
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:aki - この投稿者のレビュー一覧を見る
書き出しの文章が大好きです。
紙の本
須賀敦子氏の晩年に著された、20世紀を代表するフランスの作家ユルスナールの軌跡を辿った作品です!
2020/07/07 09:50
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、昭和期に活躍された随筆家で、イタリア文学者の須賀敦子氏の作品です。同書は、20世紀のフランスを代表する作家マグリット・ユルスナールに魅せられた筆者が、作家と作中人物の精神の遍歴を自らの生きた軌跡と重ね、パリ、アレキサンドリア、ローマ、アテネ、そして作家終焉の地マウント・デザート島へと記憶の断片を紡いだ作品となっています。世の流れに逆らうことによって、文章を熟成させていった一人の女性への深い共感が読者にひしひしと伝わってきます。同書の内容構成は、「フランドルの海」、「1929年」、「砂漠を行くものたち」、「皇帝のあとを追って」、「木立のなかの神殿」、「黒い廃墟」、「死んだ子供の肖像」、「小さな白い家」となっており、興味深い話が進んでいきます。
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秀逸なエッセイ集。
須賀敦子にしかなしえない、緻密で完璧な構成。
彼女のエッセイには、小説のような深さと重みがある。
とにかく手放しで褒めたい一冊。
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マルグリット・ユルスナールという作家の生涯と作品、現代の自分、二つの世界を行きつ戻りつしながらゆっくりと溶け合う。小説のような随筆のような、須賀敦子の作品の中でも一番におすすめしたい一冊。
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(2008.10.09読了))
ユルスナールというのは、マルグリット・ユルスナールというフランスの小説家だそうです。本名は、マルグリット・ド・クレイヤンクールで、ユルスナール(Yourcenar)は、クレイヤンクール(Crayencour)のアナグラムなのだそうです。
1903年にブリュッセルに生まれ、1987年12月17日に亡くなったそうです。
今から20年ほど前まで健在だったということになります。この本の単行本が出たのは、1996年ですので、ユルスナールが死亡して、10年もたたないうちに書かれたことになります。
須賀さんの他の著作と同様テーマに関わる自分の思い出と、テーマそのものが交互に出てきます。どうしてこんなに丁度良く、思い出話があるのか不思議です。
まるで自分の思い出話をするために、随筆を書いているかのようです。それだけでは、読者を引き付けることができないので、ミラノやヴェネツィア、トリエステなどを題名に拝借している、と思えなくもない。
実際には、読者というのは、身近な人の話があるととっつきやすい面があるので、須賀さんの話で引きつけておいて、本来聞いてほしい話に持って行っているのだろうと思う。
この本の中で、紹介されているユルスナールの作品は、以下の通りです。
「アレクシス、あるいは虚しい戦いについて」1929年
「火」1936年
「ハドリアヌス帝の回想」1950年
「ピラネージの黒い脳髄」
「黒の過程」1965年
「恭しい追憶」
「なにを?永遠を」
文庫で簡単に読めそうな作品はありません。残念です。
(2008年10月16日・記)
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大学の講義中に「清潔な文章を書く」作家だと評して、先生が紹介してくれた本。
ひとつの事象について、彼我の感じるそのスピードを丁寧に表現しているところが好き。「私はこう思った」→「彼はこう思った」→「それで私はこう思う」というプロセス。
日常のスピードに押される中で、この感じるプロセスを几帳面に残していて新鮮だった。
作者の描く世界のスピード感に驚きつつ、自分がそのスピードに少し翻弄されて不思議な時空に飛ぶ。通勤電車で読んで乗りすぎた一冊。
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マルグリッド・ユルスナールというフランスの作家の生涯や作品に焦点を当てつつ、須賀敦子自身のエピソードも混ぜ込んだ素敵なエッセイ。
著者がフランスに留学していた時のエピソードは、「あるある!」って共感するところがいっぱいでした。時代が変わっても、感覚は一緒だな。
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須賀敦子が愛読し、著作の翻訳を手がけたマルグリット・ユルスナールの人生に、須賀さんが自身の人生を重ね合わせて綴った作品。
特にプロローグが秀逸で、これまで読んださまざまな書物の中で、もっとも心に残る一節になりました。
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題名にひかれて探していました。
復刊フェアでげっと。
モチーフからつむがれる文章と景色。
乾いた砂、紺碧の水。
素足に白い革のサンダル。
どこにもない季節の海。
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しみじみと胸をつかれる本でした。
どうにも、須賀さんが若い時分のお話のところでは、もう、とても、失礼ながらも己を重ねてそのふがいなさというか自分自身への情けなさを共感。
こんな人でも、そんなことを考えて生きてこられてきたのだなあ。
当たり前のことでしょうけれど、それをありのままに語られる様子は、とても簡単にできるものではない。
別の方の著書を見て、この本にたどり着いたので、須賀さんの本も、ユルスナールも読んでみたい。
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息継ぎも心地よい、音楽のような文章。
時間のベクトルが、ぐぐっと逆らうので、
読み進めながら、自身の幼い日が自然とよみがえってくる。
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桜庭一樹読書日記から。
もっと難しい評論かと思ったら、ものすごく読みやすかった。そのぶんするする進みすぎて気をつけないと色々読み飛ばす。多分いろいろ見落としてるまま読み終わってしまったので、文章が大好きなこともあって他の作品も読みたい。
ひらひら混じってくる回想が優雅でわかりやすいのになんとなく不穏なような感じで、好きというにはよくわかってない。
色々おぼつかないので再読したほうがいいと思いつつ。
「東洋綺譚」「恭しい追憶」も気になる。
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@utetuitate
「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思い続け、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。」ー須賀敦子 「ユルスナールの靴」より
http://twitter.com/#!/utetuitate/status/59433487303839745
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著者はユルスナールと自分との間の距離感(それは文化的なものであったり、家庭環境であったりするのだけど)を「靴」をモチーフにして書き始めているのだが、先に読み進むに従って二人のシルエットが重なっていくような印象を強くする。戦後すぐにヨーロッパに留学したひとらしい知性を兼ね備えた文章。海外への渡航がそう多くない時期の、留学先のイタリアまでの船旅の様子がわずか2ページほどで描かれている部分は、彼女の文章表現のすばらしさを表していると思う。