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紙の本
日経ビジネス1999/1/4
2000/10/26 00:15
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投稿者:尾崎 護 - この投稿者のレビュー一覧を見る
歴史好きの人に西暦1600年に何があったかと聞けば、たちどころに関ヶ原の合戦と答えるだろう。それでは1700年は、と聞かれたら何と答えるか。
答えは、国民的人気者、水戸黄門の没年である。
西暦1700年は元禄13年にあたる。5代将軍徳川綱吉の治世。綱吉は約30年間将軍職に在位したが、元禄はそのまんなかの17年間だけであるのに、元禄というとなぜか綱吉の在位の間すべてのような気がする。和服の元禄袖に名を残し福田元首相の「昭和元禄」の評言でうわついた時代の代表というイメージになった元禄時代であるが、貝原益軒、井原西鶴、近松門左衛門、松尾芭蕉、菱川師信、初代坂田藤十郎、竹本義太夫などの名を思い浮かべるだけで絢爛たる文化が花開いた時代であることがわかる。
本書はそんな時代のリーダーとして生きた水戸光圀と徳川綱吉の2人、つまり当代に至る人気者水戸黄門と、生類憐れみの令で奇矯な将軍として名を残してしまった犬公方綱吉について、一般に持たれている通念が正しいかどうかの検証を試みたものである。
「三百年の時空を超えた歴史ミステリー」と宣伝文にある。確かに正しい黄門像、綱吉像を探索するものであるが、ミステリーと言って片付けてしまうのは、著者の地道な努力に対して失礼ではないかと思ってしまうほど、丹念に史料が読みこまれている。手法はあくまで正攻法である。
しかも、とかく小難しくなりがちな話の内容だが、古文書はすべて読みやすい現代文に訳し、所論は軽妙な筆の運びによって、全体を肩が凝らない気楽な読み物にしている。
ミステリーと称している書物の中身を語ってしまうのは野暮であるからやめておくが、私にとって残念なのは、元禄という時代なのに、黄門様以上のスーパースター「忠臣蔵」に触れられていないことである。
儒学に熱中していた綱吉が、なぜ赤穂浪士を死罪にしたのか。儒教的人治の世界では、忠義のための義挙としておとがめなしにすませそうなのに、なぜ断固たる法治主義的処分としたのか。著者の卓越した見解を聞きたかった。
これまた新刊書である湯川裕光の『瑶泉院』(新潮社)——これもなかなか面白い——によると、綱吉は面倒くさくなって柳沢吉保にまかせ、吉保は荻生徂徠の意見書に従って処分したとなっている。
「仁心の涵養」に心を砕いた綱吉が、どうして赤穂浪士の義挙についての判断を面倒くさがったのか。たまたま、この2冊を続けて読んだので、なんだか腑に落ちないままでいる。
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