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とても印象的な本。とても変わっている。
詩と、歌と、小説と、それからもやもやしたヴィジョンみたいなものとを、ざっくりの配分でボールに入れて、ぐりぐりーと混ぜ合わせて形を整えずに「このままがおいしいよ!」と差し出されたような本。
本屋大賞を受賞するようなタイプの本とは真逆のところにある本って感じかなぁ。日本では「意味分かんない」って言う人多そう。
私もちょっととまどった。
詩の配分が多めだな、言葉があふれてきちゃう人なんだろうな、なんて思っていたら、あとがきを見ると、「91年から詩集を発表し続けながら(現在までに八冊)、この短編集『ローン・レンジャー…』でフィクション・デビュー」と書いてあったので、詩が先な人なんだ、と分かった。とても納得。
この本を読もうと思ったのは、「Rez Accent」(居留地のアクセント、の意味。RezはReservationのこと)についてのVOAの記事を読んだから。
https://www.voanews.com/a/6617390.html
この記事によると、典型的なRez Accentは、音程が通常よりもメロディアスに上下したり、文末がちょっと上がり気味になるみたいで(サンプル映像を見ても私のショボい英語力ではあんまり違いがピンとこないんだけど)、監督・脚本・俳優すべてがネイティヴ・アメリカンによる映画「スモーク・シグナルズ」のキャラクター、"火おこしトマス" の話し方にちなんで、研究者は「‘Thomas’ feature」と呼んでいる、とのこと。
ということで、その映画「スモーク・シグナルズ」の原作であるこの本が図書館にあったので映画を見るより手っ取り早いので読んでみた。映画もぜひ見たいのだけど。
先に書いたように、混沌としていて、意味不明でとまどう話も多いのだけど、ユーモアたっぷりの文体にはすっかり魅了された。とにかく描写がいちいちおもしろくて笑える。
「おれの伝統的なネイティヴ・アメリカン・アーティストとしてのキャリアは、処女作である『おれんちの裏庭で小便するスティック・インディアン』で幕を開けると同時に幕を閉じた。」
とか、
「<朝のハトのローズマリー>が男の子を出産したのは、クリスマス間近のことで、ローズマリーは自分は処女だといいはってたが、<多くの馬のフランク>が父親は自分だといってることから、つまりはできちゃったんだろうなってことになった。(中略)赤ん坊にローズマリーは名前をつけた――ものの、それがインディアンの言葉でも英語でも発音できないような代物で、"部族全員にいき渡るシカを狩るために小さな弓と出来の悪い矢を持って音をたてないように草むらを這う者" という意味だ。
おれたちは簡単にジェイムズって呼んでる。」
とか。
でも、それでいて、居留地に住む人々が抱える困難な問題(主に貧困のスパイラル)が全体に影を落としていて、深い悲しみみたいなものを感じざるをえない。
「ユーモアは人の傷のいちばん深いところをきれいにしてくれる消毒剤だ。」
「大きなことより、小さなことのほうがずっと人を傷つける。注文を取ってくれない白人のウェイトレス、ローン・レンジャーの相棒のトント、ワシントン・レッドスキンズ。
ほかの人種同様、インディアンにも、生き延びる方法を教えてくれるヒーローが必要だ。けどもし、そのヒーローが自分のつけさえ払えなかったら、いったいどうなる?」
タイトルの「ローン・レンジャーとトント」については、私はローン・レンジャーシリーズは見たことがないので、トントが何なのかや世間での立ち位置が全く分からず、作中で説明されることを期待していた。でも、作品の中ではほとんど言及されないので、ググったら、ローン・レンジャーのネイティブ・アメリカンの仲間、とある。
だけど、先ほど挙げた箇所を読む限り、その描かれ方は決してポジティブに受け止められていないと分かる。ワシントン・レッドスキンズ、の名称と同様に。
私たちが映画「ティファニーで朝食を」でユニオシ氏を見るみたいな気持ちなんだろうか。でも、「ノーマは生真面目な、あのトントのような美しい顔をすると言った」という描写もあるので、ネガティブ一方でもないのではないかとも思う。タイトルの意味については作品の中では全く述べられていない(・・・と思う。もし私が読み飛ばしていたら、すみません)ので、分からない。
ローン・レンジャーとトント、どちらが先に殴ったんだろうか。天国で殴り合う理由は何?
短編集なんだけれど、私は『お気に入りの腫瘍のだいたいの大きさ』が一番好きでした。もうとにかくおかしいの。おかしくておかしくて、ちょっと切ない。その匙加減が絶妙です。
この話の語り手の<多くの馬のジェイムズ>は、別の話の、話し始めるのがものすごく遅かった赤ちゃんのジェイムズと同一人物で、さらに最初の作品で、さむい冗談ばっかり言うので雪の戸外に放り出されるジェイムズだとも分かって、あー!そうか!となる。時間の流れが前後するから気づくのが遅れた。そういう仕掛けもおもしろい。
でも、ちょっと人を選ぶ本だと思う。万人にはすすめないなぁ。詩集とか好きな人にはおすすめかな。
登場人物たちが、幻覚(作中では "ヴィジョン"と言ったりする)を見るシーンが何度か出てくるのだけど(マジックマッシュルームだかドラッグみたいなものの力を借りたり、単純に夜に夢を見たり)、現実との境目があいまいで、そもそもなぜその描写が出てくるのかすらよく分からないときがある。支離滅裂で意味不明で、ところどころですごく混沌としている。でも、マジック・リアリズムともちょっと違う感じ。