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紙の本
とかく他人の失敗は面白いもの
2000/09/20 17:13
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:馬丁酔語 - この投稿者のレビュー一覧を見る
多少でも出版に関わったことのある人なら、誤植(印刷ミス)の恐ろしさを身に沁みて知っているはずである。どんなに丁寧にゲラ(印刷の見本刷り)を二度三度と読んで、おさおさチェック怠りないつもりでも、いざ刷りあがった現物を見てみると、そんな努力をあざ笑うかのように、誤植はちゃっかりと鎮座ましましているという具合である。刷りあがったばかりの本文が綺麗な仕上りになっていればいるほど、本人の落胆ぶりはますます大きい。誤植という魔物は、本人のみならず、制作に関わった編集者や印刷者にとっても実に後味の悪いものであるが、本書は、誤植にとどまらず、広く出版にまつわる失敗談(古いところで森鴎外、新しいところで泉麻人くらいまでの50篇あまりの文章)を蒐めたアンソロジーである。
一口に書物と言っても、実際に本の形になるまでには、実に多くの工程を経ているものである。いきおいそのそれぞれの場面に、思わぬミスの生じる可能性がある。原稿段階での著者本人の誤りから始まって、印刷時の植字のエラー、最近ではオペレータの打ち間違えや変換ミス、製本時の失敗など、数え上げると切りがない。これに図版でも入ろうものなら、エラーの確率は飛躍的に増大する。
誤植で多いのが、「魯魚焉馬、虚虎の誤り」と言われるように、似た形の文字の取り違えである。本書で触れられているところで、「尻」が「尼」、「庇」「屁」に化けたといった種類の混乱である。これは活版に多く見られるものだが、最近目に立つのは、ワープロの変換ミス。「先頭に立って」が「銭湯煮立って」となる類のエラー。誤植以外のミスと言えば、出版社勤務の時代の井伏鱒二は、自分の担当した本を「奥付」なしで出してしまったという大失敗をしたそうだ(本書所収「満身創痍」)。いわば出生証明のない子供を世に送り出してしまった格好である。
こうした笑うに笑えないエピソードの一方で、鴎外の「鸚鵡石」(序に代ふる対話)などは、誤植の話から始まって語源論にまで説き及んで流石である。また『漱石全集』に携わった「校正の神様」西島九州男のエセーでは、漱石が意識的に使った当て字などをどこまで直して良いかといった、文献学に踏み込むような話が紹介されている。詩人の大岡信に至っては、誤植されたことで自分の詩の新たな側面を見出して、誤植をそのままにして、それに合わせて他の部分に手を入れたということまで語っている。こうなると、誤植も一種の創造的行為である。
なくて当たり前の誤植ではあるが、それ自体なかなかに奥の深いものであることが実感される一冊である。
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