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紙の本
亀裂を生きる物語
2001/04/30 13:27
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ががんぼ - この投稿者のレビュー一覧を見る
解説にもあるように、デュ・モーリアの作品で日本語で読めるものといえば、新潮文庫の『レベッカ』だけだった。私もそうたくさん読んでいるわけではないが、どうしてこうも面白い作家がもっと日本で紹介されないのか、という不満はあった。だから本書の出版も、解説にある今後の企画も、実に喜ばしい。
ジャンルとしてはミステリーロマンスのように言われることが多いデュ・モーリアの小説は、恐怖と謎とロマンスの混じり合う世界である。だが、あらためてこうして短編集を眺めると、その物語世界の豊かさ、多様さに驚かざるを得ない。
ヒッチコックの映画化による「鳥」がいちばん有名だろうが、原作の緊迫感は映画をはるかに越える。ある日突然鳥が人間を襲い出すという話は、主人公が異変に気づく冒頭から、壮絶な戦いの末に取り合えず身を守る終わりまで、鳥がなぜ人を襲い、また今後どうなるかという重要な問いに対して一切の答えを与えていないのであり、それが怖い。
おそらく最も多くの人が最も面白いと思いそうなのは、最後の「動機」である。幸福の頂点にありそうな婦人が突然自殺し、動機は全く考えられない。だが、粘り強い私立探偵の追求で、わずかな1本の糸から驚くべき過去が浮かび上がる。どうです、読みたくなりませんか。何しろ昔の作家だから、昨今のトリックに比べれば、わかってしまえば「コロンブスの卵」かもしれないが、そこに浮かび上がる人生の、この構想力はどうだろう。
他に突然神秘の山に消えた妻を追い求める夫の苦悩を描いた「モンテ・ヴェリタ(真実の山)」の濃密な情念の世界、死んだ妻の呪いを受けた夫の運命を描いた「林檎の木」のじわじわと迫りくる恐怖感、などなど、デュ・モーリアを知らずに損をしている潜在的ファンはたくさんいるはずで、その人たちに嬉しい8編である。
読み通して思うのは、どれもがきわめて心理的なドラマだということ。突然何か異様なことが起こるパタンが多いが、そこには常に当事者と部外者とのずれがある。そのために部外者は謎に苦しみ、あるいは当事者は人に理解されない恐怖に苦しむ。デュ・モーリアの心理描写は絶品だが、そこで我々は、人間の真実とはいかに心理的なものであり、またそれゆえ人は周囲とのずれにいかに苦しまねばならないかを思わずにはいられない。基本的に娯楽小説でも、そうした深みのある作家なのである。
紙の本
平穏な日常を破壊する「戦争」の影
2001/03/11 06:57
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:OK - この投稿者のレビュー一覧を見る
『レベッカ』で有名な英国作家の短編集。収録作は「恋人」「鳥」「写真家」「モンテ・ヴェリタ」「林檎の木」「番」「裂けた時間」「動機」。初紹介作はないものの一冊での完訳ははじめてになるらしい。さすがに筋書きはたいがい先が読めてしまうのだけれど、どっぷりと作品世界にひたってたのしむことができた。これが筆力ということなんだろう。とりわけ、(ヒッチコック映画で知られる)「鳥」の冷酷で凄惨な襲撃場面、「写真家」での異様な情事(フランス映画みたいな雰囲気)、「モンテ・ヴェリタ」の月光に照らされた異界の寺院、「林檎の木」の不吉な林檎の木の姿など、それぞれ独創的な映像が脳裏に刻み込まれる。
作品的にはなんといっても「鳥」「写真家」「モンテ・ヴェリタ」の並びが強烈だった。ほかは比較するとやや落ちるかもしれない。ちなみに「裂けた時間」は北村薫の『スキップ』の元ネタではないか?と某所で話題になったことのある作品。いちばんミステリ的な筋立ての「動機」はなぜか『氷点』みたいな話だった。あと、どれとは指摘しないけどわざわざ原題と異なる邦題をつけたせいでネタバレになっている作品があるのは意図不明。
話の構造としては、退屈で平安な日常が理不尽な「死」や「暴力」によって脅かされあるいは崩壊する、というような筋書きのものがめだつ。そのあたりの不安の根源はどのあたりにあるのかと考えてみるに、どうも「戦争」という要素は無視できないんじゃないだろうか。じっさい「恋人」「モンテ・ヴェリタ」「裂けた時間」には第一次もしくは第二次世界大戦への直接的な言及があるし、さらに「恋人」での次のようなやりとり、
「あの連中がどうかしたの?」ぼくは訊ねた。「空軍に何かされたのかい?」
「連中は、わたしのうちをつぶしたのよ」彼女は言った。
「でもそれはドイツ軍だよ。イギリス空軍じゃないだろ」
「おんなじことよ。連中は殺し屋だわ。そうでしょ?」(p.36)
これを読んだあとでは、「鳥」で閑静な農村を理由なく破壊・殺戮しつくす凶暴な野鳥の群れに、大戦中のドイツ軍戦闘機による爆撃の影を重ね合わせたとしても決して牽強付会ではないだろう(ちなみに鳥たちを何とかしようとした英国軍の飛行機はあっさり撃墜されてしまう)。この作家がどのような戦争を体験したのか(あるいはしていないのか)は全然知らないのだけれど、戦争のような不条理な暴力で「退屈で平安な日常」がいかにもろく破壊されてしまうものなのか、そのような日常生活がどんなにかけがえのないものなのかを、きっと身を持って知ったことのある人なんじゃないだろうか。ここに集められた物語たちの「本物」感は、そういったところからも生まれているように思える。
「裂けた時間」で、主人公の婦人はみずからの人生をふりかえって穏やかに述懐する。
「すべては過ぎていく」ミセス・エリスは考える。「歓びも哀しみも、幸せも苦しみも。きっとわたしの友人たちは、こんな生活は退屈だ、変化がなさすぎると言うだろう。でもわたしは、この暮らしに感謝しているし、満足している」(p.393)
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