紙の本
結局、幻想小説の世界の主人公も、態度保留、問題先送り男!?作家にも護送船団方式って発想があるのかなあ、ここまで足並みをそろえてダメ男を出さなくてもいいのに
2003/11/18 21:06
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
500円出せば文庫が買える、というキャッチフレーズで、似たような発想のシリーズが幾つもの出版社から出たけれど、それなりに続いているから不思議だ。小説といえば、重厚長大こそすべて、なんで大菩薩峠は中断した! もっと長い小説をと願う私には、なんとも魅力のない企画。とはいえ、そんな軽薄短小なシリーズでも、やっぱり気になる本はある。
大学入学とともに上京したものの、親掛かりで無気力な日々を過ごす藤森直人。彼が子どもの頃、母親と銭湯の帰りに見上げた空には、二つの月があった。父はそれをショゴス二号と呼んだ。
うーん、この出だしはいい。思わず、スター・ウォーズの有名なシーンを思い出してしまう。この、月や太陽が複数あるというのは、SFではありふれた設定だけれど、ごく普通の小説にさりげなく配されたときのインパクトは大きい。それはこの小説にも当てはまる。
ここに描かれるのは故郷に帰ることを引き伸ばし、嘘で固めた藤森直人の人生である。彼が友人の田村二吉に語る、過去の想い出。謎を解く平行世界の存在。相対性理論や量子論が支える世界。鬼の顔をした老女「よもつしこめ」が明かす世界の真の姿。それらがねっとりした文体で描かれていく。
見栄をはり、構え過ぎたがために、実らなかった切ない恋の話もある。しかし、それも甘いだけのエピソードではない。新しい謎の提示である。彼のもとを去った恋人が現れたのだ。なぜ彼女は今になって彼のもとを再訪したのか。二つの月が存在する世界はあるのか。自堕落な男の奇憶と、幼児の記憶の不確かさ。我々の信じる世界の基盤の危うさが、迫ってくる。
『人獣細工』『肉食屋敷』などのホラー小説で異常な世界を描いた作家が書き下ろした文庫本。結末がついていないところが、ホラー。それにしても、何と魅力のない主人公だろう。この手の男ばかりが出てくる小説を読まされる側の身になって欲しい。銀行だけでなく、作家にも護送船団方式というものがあるのだろうか。
小説世界では多重人格とトラウマ、幼児虐待ばかりが主題となり、現実世界では無職の男たちの犯罪や官僚の汚職が繰り返される。これは絶対にマスコミに問題があると私は思う。犯罪を日常化してしまったのは正にマスコミ。しかも少子化のなかで子どもを産み続けるのがヤンキーママと金髪夫という図式。正直、日本は滅びるぞ!と差別的発言までしたくなる。
本当にすっきりしない。優柔不断、問題先送り、現実逃避、モラトリアムは政治家を始め日本人の得意技。でも、たまには心のそこから快哉を叫びたくなる本を読ませてほしい、それも500円玉一個で。どう、出版社さん、挑戦してみたら。今のところ、恩田陸『蛇行する川のほとり』に、内容だけではなく値段でも太刀打ちできない、と私はみるのだが。
投稿元:
レビューを見る
だめだめな主人公が、物心がつく前は二つの月や、空の半分を埋め尽くす月を見た事を思い出す。
「物心がつくと世界は一つしか見えなくなる」という鬼の顔をした老婆「よもつしこめ」は実在するのか、本当に平行世界は実在するのか、、
主人公のだめだめさが酷過ぎて共感できるところが少なく、残念だった。
平行世界(パラレルワールド)の表現はさすが小林泰三というところが見られたのが救いだった。
投稿元:
レビューを見る
現実生活はみじめなものだった。恋人も去り、大学も行かず、金はない。
だが〔夢〕だけはよく見た。そこでは鬼の顔をした老婆「よもつしこめ」が
囁くのだ。「物心がつくと世界は一つしか見えなくなる」と。そうだ、子供の
時、僕は確かに二つの月を見た。あれははたして現実だったのか?
投稿元:
レビューを見る
量子力学やらクトゥルーやらブレードランナーやらへの言及もあったりして、この作者らしい作品になってます。しかし、なんといってもすばらしいのは、足の踏み場もないアパートに住み、恋人(恋人がいたこと自体が謎だが)にも逃げられ、だらだらと生活するダメ人間のリアリティあふれる描写ですね。特に、何もしない自己を正当化するために展開する自分勝手な論理には唖然・・・
内容自体は今までの小林作品の中ではサイテーランクです。中編ではなくやはり短編の方が力を発揮できる作者なのでしょうかね。
投稿元:
レビューを見る
“考えられる可能性の第一は夢だ。幼児は夢を現実だと思い込む傾向があるのかもしれない。あるいは、何かの錯覚だったのかもしれない。金星のような明るい星が月のすぐそばにあったか、大気中の何かの現象が月を二つに見せたかしたのだろう。それとも、空想と現実の区別が曖昧だったのか?ひょっとしたら、自分は幼い頃から、少し狂気が帯びていたのだろうか?今のこの状況はその狂気が原因なのだろうか?
直人は背筋が寒くなるのを感じた。
どうすれば、自分の正気を確認できる?おそらく、さらに思い出を探り続ければはっきりするはずだ。あの頃、月は常に二つだったのか、それともいつもは一つだったのか。そう。月に関する思い出を探すんだ。月に関する別の思い出を……”[P.37]
この本の話「奇憶」は以後の「忌憶」に収録されているのでした知らなかった。
今更だけど、汚い部屋の描写が上手い。眉をひそめて思わずその本すら埃に塗れているんじゃないかと思うような。
よもつしこめ。ぬわいるれいとほうてぃーぷ。ショゴス2号。
“部屋の中にはもう一つ別の生き物がいた。真っ黒なそいつはゼリーのように床に広がり僕の体を嘗め回した。
「これは何!?」僕は思わず叫んだ。
「呪われたもの……這い寄る混沌」
老婆はますます意味のわからないことをぶつぶつと呟きながら、僕の周りで踊った。”[P.103]
投稿元:
レビューを見る
まあ、あんまり面白くはなかったかな。何かしら実体験っぽさがあるけど、小林泰三は電器メーカー勤務だから当てはまらんね。今から読むのなら、これと書きおろしの収録されてる忌憶を買った方が良いかと
投稿元:
レビューを見る
ホラー作家・小林泰三さんが祥伝社文庫創刊十五周年記念に著した特別書き下ろし中編小説。ああ、不覚にも私はお名前の読みを「たいぞう」さんだと思い込んでいましたが実は「やすみ」さんだと初めて知りました。日本語は本当にややこしいですね。それから著者のお写真を拝見して普通のイケメン男性である事にも(ホラー作家のイメージとの落差に)驚きましたね。この男・藤森直人(竹中じゃなく)は「男おいどん」みたいな環境で暮らす怠惰な野郎で世の若者は反面教師とすべきでしょう。彼は現世よりも2つの月がある異世界で幸せを探すべきですね。
投稿元:
レビューを見る
この人は「嫌な」ホラーを書くのが上手い、読み手に「こうなったら嫌だな」という不安を植え付けて増長させる、そういった文章を書くのだ。
本書も、己のふしだらさによって追い詰められる主人公が描かれており、読み進めていく読者の胸を不安で押しつぶしてくる。「もっとうまくやれよ」「なんでそうなるんだ」「あ~ぁ」そう心でボヤいているうちに主人公は大きな決断を迫られる、というより先送りしていた決断を下すこととなる。そうして物語の終盤で齎されるカタルシスは中々に素晴らしく、読者を圧迫していた不安感をキレイに洗い流してくれる。
同著者の作品『目を擦る女』『予め決定されている明日』『脳髄工場』なども不安感を与える「嫌な」作品ではあるが、本書を越えるかと言われれば「NO」だ。正直なところ、本書は気軽に勧められない部類の本だと思っている。精神的に弱っていたり感受性が高い人が読むとストレス負荷が増大するかもしれない。なのでもし読むならば、メンタルが良好でピーカンに晴れた午前中に読むことをお勧めする。