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蘆刈・吉野葛の系譜の作品で大好きだった。中世の色好みな男と周辺の解説のような顔で始まって、北の方という一人の美しい女をめぐる男達それぞれに焦点が当たりずれていき、少将滋幹が登場するのは大分あと。御簾の影に暗闇色の霧のように立ちこめていた北の方を時平が劇的に引きずり出したあと再び彼女は姿が朧気になり物語から遠ざかった掻き消えたかのように見えるが・・・。最後まで北の方は月の暈のような女性だった。彼女の意志は見えずそれとは関係なく男達は彼女を扱い、興亡を繰り返す。彼女に自由意志はないけど、彼女を真に自由に扱えた男もいない。筆もこちらも一番盛り上がる北の方の奪取場面、鼻をつまみたくなるおかしいおまる事件など人間味や実感のあるエピソード群の真ん中におぼろな母の影が匂う、谷崎おじいさんの技の冴える一品。
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谷崎の書く男の人って本当気持ち悪いなあ……でも褒めてる。平安期の登場人物が女性を思ったり、母親を慕ったり、ただ綺麗なだけの物語になるはずの要素が、本当に執着やエゴやらで気持ち悪くて、見事すぎる。しかも「少将の母親」である女性は、いろいろな男性の人生を意図せず狂わせていくことになるけど、その反応がごくごく抑えられた表現でしか書いてない。さすがだなあ、と思います。
情景描写ではやっぱり、女性の美しさ、着ているものの描写、綺麗な景色が綺麗すぎてネガティブな印象を伴う描写、あたりが本当に物凄いなあ、とどの作品を読んでも思います。桜の描写がすごく好き。
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同じ作者の似たテーマの作品である「母を恋ふる記」も好きだが、こちらはもっと戦略的に書かれているように感じた。
王朝の人々の複雑な心理に、読んでいると気持ちがふわふわしてしまう。
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百人一首にも名がある中納言敦忠の母をとりまく男たちの話.左大臣藤原時平の豪快さも印象的だが,時平に妻を差し出す国経の孤独が身にしみる.不浄感を得ようと修行をする姿はなんとも痛々しい.もちろん,著者は最後の幻想的な桜のシーンを描きたくてこの作品を書いたのだろう.
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桜の季節になるとこの本を思い出す。言うまでもなくラストシーンの影響である。「今昔物語」や「宇治拾遺物語」といった古典から取材しているという点も私のツボなのだが、何と言ってもこのラストシーンが映像的にとても美しいのがいい。タイトル通り、母への憧憬がテーマ(おそらく)となっており、谷崎文学の王道という意味でもおすすめしたい。古典アレルギーの人には…分からないが。
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夕食の席で柿を齧りながら「谷崎はどうも苦手です。私は芥川が好きなんです。」と言ったら、先輩のYさんが自室から引っ張りだしてきて貸してくだすった。『少将滋幹の母』か、あんまり聞いたことないな。題名から考えるに、王朝物という共通項を見込んでの選択だろうか。と首を傾げつつしゃくしゃくと柿を咀嚼し飲み込む。「あたしは谷崎でこれが一番好き。貸したげる。」とYさんが笑った。
自分の四畳半に帰って、読んだ。
どろどろとした性的な描写に嫌悪感があって敬遠していた谷崎だが、この作品はそれほどでもなく、落ち着いて読むことができた。さすが先輩の推薦だけのことはある。おかげで、これまで気づかなかった谷崎作品の良さが少しずつ見えてきた。
絵巻物のような小説だ。
実際、谷崎の文章は綴じ本よりも巻物が似つかわしいように思う。読点や句点で区切られてはいるのだけれど、文と文とが切れ目なく続いていくさまが確かに感じられる。息継ぎがどこにあるのか判然しないほど幽かなのだ。
また、絵画性の強さも印象的だ。ひとつひとつの場面が絵のような鮮やかさで眼前に現れる。
『それは北の方の着ている衣装の一部だったのであるが、そんな工合に隙間からわずかに洩れている有様は、万華鏡のようにきらきらした眼まぐるしい色彩を持った波がうねり出したようでもあり、非常に暈のある罌粟か牡丹の花が揺らぎ出たようでもあった。』
この北の方の描写など、衣を実際に目にするよりも何倍も何十倍も鮮烈なイメージを描き出している。私の好き嫌いはさておいて、もうほんと、さすが「大谷崎」だなぁ。
優れた小説であることは間違いない。
しかし、根底のところにはやはり埋められない溝を感じる。
谷崎や荷風を何作か読んで思うのは、耽美主義の人が言う「美」と、私個人の思う「美」がそれぞれ違うものを指しているのではないかということ。絢爛であったり優艶であったりも良いのだけれど、自分はもっと神経の先端に触れるようなぎりぎりの感覚を美と呼んで求める傾向にある。
これはもう好みの問題であるので、今更どうということもないが。
何はともあれ、良い読書体験だった。多謝。
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初谷崎。
谷崎=エロ、という認識だったが、思ったほどエロ系ではなかった。
それでも、好きな人のおまるを奪って、においをかいで、汁をすすったり、かじってみたり、と変態要素はあるが(いやそれは元本の今昔物語が変態なだけか)。
もう少し難しい文体かと思ったが、想像よりは平易な文章で書かれていて、
すいすいと読み進めた。描写はさすがにきれいだし、心理描写もすばらしい。
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菅原道真を左遷した左大臣藤原時平、
藤原基経の兄である藤原国経、
在原業平と並ぶ色男として知られる平貞文などが登場する。
老大納言国経は、若く美貌の妻である北の方
(筑前守在原棟梁(在原業平の長男)の娘)を、
若くて時の権力をひと手に握っている甥の時平に、
驚くべき手法で奪われる(差し出してしまう)。
しかし国経は北の方への思いは全く断ち切れぬままこの世を去る。
また、その北の方と幾度か浅からぬ仲となっていた、
平貞文も、彼女が時平のものになったことで、
思いを燻らせている。
後半は、国経と北の方との間に生まれた藤原滋幹の、
母への思いが描かれる。
藤原時平は、今昔物語の記述から、
「富貴と権勢と美貌と若さとに恵まれた驕慢な貴公子」、
また大鏡の記述から「可笑しいことがあると直ぐ笑いだして
笑いが止まらない癖があった」と、
平貞文は「女に好かれる男の常として、なまけ者ではあるけれども、
洒脱で、のんきで、人あたりがよくて、めったに物にこだわらない彼」
と表現されている。
私は時平が国経の北の方を奪う流れや、
平貞文の恋模様などが描かれる前半部分が、
文章に引き込まれて次々とページを捲ってしまうほど面白かった。
特に国経の北の方を奪うシーンは臨場感があった。
時平の傲岸さが際立っていて憎く思う。
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平安期の古典のどこが出典でどういういきさつかという解説のような部分が時折入るけれど、そこはまあ「そうなのかー」くらいに思いながら読んでいた。この小説は何より、物語の部分がとても美しいと思う。文章が美しい。なまめかしくてやわらかくて胸が苦しくなった。
そしてラストが良い。
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谷崎潤一郎が昭和24年に発表した王朝物の時代小説。昌泰の頃、高齢の大納言藤原国経が、その美しく若い妻・北の方を、左大臣藤原時平に奪われたという"今昔物語"が伝える史実をもとに創作されたお話です。タイトルにもある"少将滋幹の母"こと北の方についてはほぼ語られません。話の中心にくるはずの彼女について詳しく語られないことによって、彼女を奪った時平、奪われた国経、そして彼女のかつての情人だった平中、息子である滋幹と、彼女をめぐる男たちの浅ましさや欲望が浮き彫りにされています。これは見事としか言えません。
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平安絵巻物のような美しさ。
ただモノにするだけの男女関係ではなく、嫉妬・後悔もあり人間らしさに共感。ラストの情景がグッとくる。
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「痴人の愛」以来谷崎小説は避けてきましたが、雅で上品な官能に満ちた話でした。
最初に驕慢な貴公子の恋の駆け引きにどぎまぎして、
妻への恋情に死んだ夫とそれを見つめる滋幹の場面にどこか無常観と業の深さを感じ取りました。
滋幹の母、北の方が最後に尼僧になったからかも。
何もせず、美人というだけで夫とその係累と元夫、情夫やもう一人息子も?死に至らしめてしまった北の方が一番浮世離れして、まるで雲をつかむように心情が読めなかった。
周りの男たち、滋幹すら北の方への欲望でドロドロしているのに。
最後の40年ぶりの親子の再会のおかげで、北の方は魔性の女という誹りを免れていると思うのは意地悪?
男って母という女には弱いのねと思いました。
女性とその親…ならまずないように思います。
実際、こんな綺麗なだけの生き物じゃないもの。
だから北の方視点の話がないのかしら。
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のめりこんで読んだ。
人を忘れられないのは苦しい。不浄観も苦しい。
国経と滋幹の帰り道の場面がいい。
最後の再会場面もいい。
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大学で学んでいる百人一首の歌人が登場していることが読むきっかけでした。読み終わって驚くのは、略奪者時平、浅薄な平中、盲執の国経、思慕の滋幹と視点を変えて語られますが、肝心の滋幹の母については、彼女が語ることも語られることもありません。見事なまでに中空です。ここに谷崎の企みがあり、このフィクションの醍醐味があるのでしょう。それにしても、ラスト廃屋からの出会いのシーンは美しい。映像が目に浮かぶシーンでした。
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匂い立つような美しさが文章から滲み出るよう。過剰な美は人を狂わせる。
最後の再会の場面が眼に浮かぶようだ。