紙の本
奇妙な味と絶妙の舌触り
2002/01/14 01:57
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投稿者:nauboo - この投稿者のレビュー一覧を見る
ホラー、怪奇小説とは呼びにくい。奇譚、あるいは所謂「奇妙な味」というのが似合っている短編集。その味の特徴については、若島正の[他者を嫌悪しつつも魅惑されると言う人間の内にひそむ二重性](『乱視読者の帰還』)という指摘が的確。
このモチーフが単調に感じられる読者もいるかもしれないが、味読すれば多様に料理されていることに気づくはず。その多くは中心人物の両価的な感情として表れ、物語の中で嫌悪(悪意)→魅惑(善意)という変遷をとるが、逆から出発することもあり、実はその方が始末が悪かったりする。表題作がこのパターンで、善意から貧しい美青年を家に泊めた老嬢は凄まじい事態に陥る。
この感情の「両価性」は作者の固定観念ではあったのだろうが、彼は、より根本にある、容易に他方に反転してしまう性格、あいまいな「両義性」を掴んでおり作品には常にドライなユーモアが感じられる。それが充溢する「トーランド家の長老」は、愚かなほど完全に善意の人物による行為が、その対象の者にとって全くの「悪」以外のものでない様を描く、表題作と並ぶ傑作。
ウォルポールのストーリー・テリングの魅力は細部の描写にあり、特に小さなオブジェの使い方が巧緻だということ。「銀の仮面」などタイトルになっていない場合でも、「トーランド家」におけるゼリーなど、独特の「味」に絶妙な「舌触り」を与えている。
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淡々と、人の内面をまざまざと見せ付けるような短編集。読後自分がなにか悪いことをしたような変な気持ちの余韻が残った。「敵」という話が一番気に入った。
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米澤穂信の100冊その30:思いもしなかった「型」を示されると、啓蒙される。とのこと。一番のお気に入りは最高のブラックジョーク「トーランド家の長老」。
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英国ゴシックロマンスの濫觴、『おとらんと城綺譚』を書いたのはホレス・ウォルポール。実際にロンドン郊外に城郭風の住まいを建築し、そこでこの物語を執筆したという。さすがに血は争えないものだ。その子孫にあたるヒュー・ウォルポールは、コンウォールに居を定め、数多の怪奇幻想小説を執筆する。その代表作とも言える『銀の仮面』を「奇妙な味」という言葉ではじめてわが国に紹介したのは、あの江戸川乱歩であった。ひとり暮らしの中年女性の母性をうまく利用することで、その家に少しずつ近づいた男が、最後には家族ぐるみで家を乗っ取ってしまうというのが、そのあらすじである。善意の隣人が次第に悪意ある占拠者となるという、近頃では、時々見かけるパターンの作品だが、この作品をもってその種の恐怖を描いた作品の嚆矢とする。
乱歩が「奇妙な味」と名づけた訳は、犯人が通常のミステリには出てこない型の人物であったからではなかったか。イノセントの悪とでも言おうか、『銀の仮面』を例にとれば、最後には当主である婦人を一室に閉じこめてしまう青年は、外見はあくまでも美しく、物腰もやわらかで、第三者から見れば、悪意なぞかけらも見えないという紳士的な人物として描かれている。彼の悪意を知るのは、主人公ただ一人で、しかもそれを誰にも証明することができない。もし、自分一人が目をつむれば、どこにも犯罪の匂いがしない、そんな犯罪を描いた作品に、乱歩は「奇妙な味」を感じたのである。
『銀の仮面に』に限ったことではない。ウォルポールの作品には、この種の人間の心理のあやを巧みについた佳編が多い。たとえば、『敵』。チャリング・クロスロードで小さな書店を営む独身男は、自分の仕事を愛し、必要以上に他との接触を欲していない。ところが、この男の家の近くに住む隣人は、何が気に入ったのか、彼を話し相手にしようとしていつも待ち構えている。男はこの隣人を敵だと認識する。ところが、彼が死んだ後、男は急に彼の存在が愛おしく思えるようになる。絶対に自分と接触できなくなってはじめて相手に対する愛情を認識するという皮肉。しかし、自分に対する過剰な干渉は不愉快だという、この心理は、当今の読者ならたやすく感情移入できるだろう。実際、今読めば、主人公に対する共感の率がふえ、物語世界を破壊しかねない設定である。
ウォルポールの作品には、多くの人物は登場しない。いつも、主人公は孤独な存在であり、彼或いは彼女を理解できるのは、彼等自身か、彼等に憎まれながらそれを知らずにいる相手役くらいのものだ。この作者を特徴づけるのは、自分の近くにいる人間に対するアンビヴァレンツな感情が引き起こす葛藤を描く物語群である。内向的な人間にとって、遠くにいる人間ははじめから視野の外にある。普通、一般の人間なら、自分の周りにいる多くの友人知人に拡散していく愛憎が、この種の人間にとっては、近くに人がいないために、たまたま近くにいる数少ない友人に集中的に投影される。その過剰な投影は必然的に歪みを帯び、愛するが故に憎むという二律背反的な心理を呈するに至る。
超自然の怪異や、人間心理の陰影を鮮やかに切り取った作品を並べた短編集である。いかにも怪談といえる作品も何編か収められているが、おどろおどろしい恐怖怪異譚はあまりない。日常的な営為の中にあって空間に裂け目が生じることがある。その小さな切れ目から入り込んでくる「向こう側」の世界を、淡々とした筆致で描くのがうまい。静かな冬の炉端、灯りを落とした室内で、ゆっくり賞翫するに相応しい佳編揃いのアンソロジーと見た。
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アンソロジーで『銀の仮面』を読んだ時と、こうして著者の作品集の中で読むのとでは全く受ける印象が変わったことが一番の驚きだった。
ほかに10作が入っていたが、どれも著者を反映しているのか、人づきあいに対して異常に気にかける人物がよく登場する。そしてそんな人物が「敵」とする相手は、通常、私たちが見れば、ごくごく普通の人物である(ややおせっかいな人もいるが)。登場人物の心理は正直(自分には)理解できないものばかりだったけれど、文章運びがうまくて非常に読み易い。
IとⅡに訳者が分けており、後半Ⅱに集められた作品はあきらかに幽霊譚であるが、これもⅠと根本的には似ていて、その異常現象を受け取る側がすでに普通の心理状態ではない感じがある。そこを恐怖と感じられるかどうかで、この作品集が魅力的かどうかが違ってくると思った。
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図書館で。米澤選アンソロの長老の話が面白かったので借りてみました。
銀の仮面
う~ん、正直、コワイ。情けは人の為ならずの正反対というか情けが身を滅ぼすみたいなお話。未婚の女性ってだけでそれだけ軽んじられるんだろうか。コワイ。
敵
どうにもこうにもいけ好かない人物というか恐怖まで感じる時ってなんかわかる気がする。その後、あの感情はなんだったんだろう?と思う事も。彼が最後親友と言ったのは罪悪感ではないんだろうな。
死の恐怖
奥さん怖い。というか外見でそれだけ嫌われる人物ってなんだかな。
中国の馬
中国の馬ってイディオムとかあるのかしらん?
妥協しない主人公、強い。でも結婚してもよかったんじゃないかと現実的な自分は思う。
ルビー色のグラス
やはり犬が人類最良の友って事なのか。まあ今どきの人の最良の友はスマホかもしれないけど。
トーランド家の長老
おばあちゃん視点だと可哀想の一言なんだけど正直アハハと笑ってしまう感じ。悪気はないんだ、奥さんは。悪くない訳ではないけれども。
みずうみ
男の嫉妬コワイ。
海辺の不気味な出来事
虎
都会で野生動物に襲われるような恐怖を感じるって…なんか日本のSFにもあったけどこの作品からインスパイアされたんだろうか。主人公は早々にイギリスに帰ってればよかったのにと思ったりする。
雪
ちいさな幽霊
思うに地縛霊なんだろうか。地縛霊も勝てない家族。なんかちょっと違うけどビートルジュースみたいだな。
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奇妙な味で有名な作品集。気付いたら恐ろしい状況の中心に放り込まれるような物語は恐ろしく、しかしながら不思議な魅力と余韻がありました。 中でも表題作『銀の仮面』は主人公のお人好しさと周りの人の露悪的な行動が凄まじく、初読時、放心してしまいました。
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他の方のレビューで「著者のヒュー・ウォルポールは、モーム『お菓子とビール』のアルロイ・キアのモデルと言われている」ということで読んでみました。
「お菓子とビール」はこちら。
https://booklog.jp/item/1/4003725050
この「銀の仮面」に収められているのは、読み終わったあと嫌〜んな気持ちになるような短編たち。
著者はなかなか丁寧で、「この人はこういう性格ですよ」と書いてきたり、「怖い事が起こりますよ〜」という雰囲気を出して、そして想像通りの展開になります。
ほとんどの短編には、相手が嫌がっていることに気が付かずにズカズカと近づいてくる人物が出てきます。そしてそれをはっきりと断らないばかりに取り返しのつかないことになったり。著者はそのような人物に押されて困るタイプだったのか、それとも著者自身がそのようにズカズカと他人に近づいてゆくタイプだったのか。
さらにイギリスの階級社会、女性の生きづらさなどが現れていて、やはりその時代の作家が書く社会の雰囲気というのは、その時代がよく表われると思います。
『銀の仮面』
50歳のソニア・ヘリスは、ある晩行き倒れそうな青年に声をかけられる。実にきれいな顔、実にみすぼらしい服装。一見頑丈で陽気なソニアだが、知人からは軽んじられ孤独さから誰かに親切にしたいと思っていた。
ソニアは青年に一度と思って施しを行ったが、それは一度ではすまなかった…。
…読み終わってから嫌な気持ちが体中にじわじわ湧いてくるような短編。江戸川乱歩が「奇妙な味」と評していたようですが、小説としては肉体的にも精神的にも嫌〜な感じ。そして現代だと「実際にそんな犯罪ありそうで現実的に怖い…」な感じもしてしまう。
『敵』
あまりにも憎む相手がいると、むしろ日常生活に潤いとなってしまうらしい。
ジャック・ハーディングは近所のトンクスが嫌いだった。あまりにも馴れ馴れしく自分を「親友」と呼び親しげに振る舞うトンクス。ハーディングはその無神経さ大きな声や態度が大嫌いだった。だが嫌って嫌って嫌っているうちに、その感情は妙なものになってしまうらしい。
…緊張感が途絶えてふっと笑ってしまうような話でした。笑っていい?いいよね。
『死の恐怖』
私は止めるべきだったのか。
ウィリアム・ロリンは、無作法で他人を軽蔑して常に誰かを攻撃する彼はみんなから嫌われていた。彼の一番の攻撃の相手は妻だった。だがロリンのその攻撃性の根本には恐怖と嫉妬があった。
私とロリン夫人が一緒にいるときに、他の観光客の話を聞いてしまったのだ「完璧な殺人の方法」の話しを。
『中国の馬』
ミス・ヘンリエッタ・マクスウェルには自分の家が全てだった。感じの良い客用寝室、樹木を望む細長い窓、ダークブルーの天井、お気に入りの絵、そして中国の馬。
経済的問題で家を若い娘に貸さなければいけなくなった。ミス・マクスウェルは自分の家のそばに部屋を借りて常に家の様子を見ていた。ミス・マクスウェルは家に帰りたかった。そして家も彼女だけを求めているに違いないのだ。
…一人で生きる女性が、自分だけの執着��籠もる姿。
『ルビー色のグラス』
ジェレミーは家にやってきた”かわいそうないとこのジェーン”を最初から気に入らなかった。いつでも怯えて泣いて自分の家の話をする。なんと行っても気に入らなかったのは、ジェレミーの飼い犬のハムレットがジェーンに懐いてしまったことだった。
だがジェーンが大失態をしでかしたときに、ジェレミーはついつい自分が罪を被ってしまったのだ。自分が世界に見放され、社会の除け者になるというのに。だがジェレミーは一つの希望を見た。飼い犬のハムレットが彼のもとに戻ってきたのだ。
…本人も説明のできない心情。一つの満足を得たとしてもこの先にいいことが見えないので読み終わったあとは嫌んな気持ち。
『トーランド家の長老』
町一番の年寄りトーランド老夫人は、病気と年齢により椅子から立ち上がることも声を発することもできなくなっていたが、燃えるような眼差しとその風貌とで一家に君臨していた。
そこへある日赴任してきた校長の妻であるコンバー夫人がやってきた。恐ろしいトーランド老夫人を”家族に世話を焼いてもらえないかわいそうなおばあちゃん”に見えたコンバー夫人は張り切ってトーランド家への訪問を続ける。トーランド家の者たちは、自分たちが実は憎んできた支配者トーランド老夫人の力が弱まっているのを見てゆくのだった。
『みずうみ』
田舎暮らしの作家のフェニックは、同年代の作家フォスターが自分の成功を奪ったと思って憎んでいる。ある時フォスターがフェニックの家を訪ねてくる。山の中の小さなみずうみを案内したフェニックは、今こそ自分の憎しみを消し去る機会を得たのだ。
だが家に帰ったフェニックをみずうみが追いかけてきて…。
『海辺の不気味な出来事』
避暑に訪れた海辺の町での不気味な出来事。
駅で見かけた邪悪さを漂わせる老人を見かけた少年はその跡をつける。老人が入ったコテージに続いて入る少年は…。
『虎』
ブラウン青年は虎に襲われる夢を見た。仕事でニューヨークを訪れたブラウンは、街中に獣の気配を感じる。ビルの隙間から、地下鉄の影から、ライオンやピューマや蛇たちが見ているではないか。みんなはなぜそれが見えないのだろう。なぜこの立ち込める獣の匂いを感じないのだろう。
…街に満ちる獣の匂い、ビルの谷間から覗く猛獣たちの影。主人公の閉塞感は出口がありませんが、小説としては良かったです。
『雪』
ライダー氏の二度目の妻は若くて感情も豊かだった。亡くなった最初の妻は年嵩でライダー死を崇拝していた。二度目の妻は最近夫への怒りを抑えられなくなっている。そんなときに最初の妻の気配を確かに感じるのだ。
…いやこれ女が悪いのか?どうもイギリス文学を読んでいると女性の生きづらさを感じるんだ。
『ちいさな幽霊』
私は友達の死からくる喪失感から逃れられなかった。休養のため招待してきた知人の家に滞在することにした。そしてその知人の家で、確かに誰かの気配を感じて、小さく怯える人物の影を見た。だがたとえ幽霊だとしても、私の喪失感を埋めるこの気配に私は充実を感じた。そしてその影に声をかける。「誰かいるのか?気がついているんだ。うれしいと思っている」
…ちょっとほっとしたお話。「愛の力が強ければ、死でさえをれを打ち壊すことはできない」(P257)
亡霊との交流で、愛は死よりも強いというテーマは、オスカー・ワイルド「カンタヴィル家の幽霊」を思い出す。
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好きだなあ。作者の人ぎらいの不満が炸裂。しかし物語1つ1つ短すぎて、もうちょっと盛って欲しい。昨今、「俺なんかマイノリティの人間だから」とか言って、自分特別扱いしたがる人間多いけど、この現象も、自分で言うなよ、と言ってしまいたい図式になっているが、この本は、真のマイノリティの人間の生きずらさ、葛藤、怒り、苦しみ、憎悪がえがかれていて、楽しい。