投稿元:
レビューを見る
僕が尊敬する親父が尊敬する吉本隆明の対談集。
対談集って言うか、ほとんど吉本さんがしゃべってるから評論集って感じ。
非常に読みやすいし、非常に勉強になった。
「よくもまぁ、こんなにズバズバ明快に色んな問題をぶった切れるなぁ」って、この人の本を読むといつも思う。
それくらい彼の言葉には力があるし、説得力がある。それはとてつもなく勉強しているからってのも感じる。
今回も、小林よしのりやら、新しい歴史教科書を作る会やら、石原慎太郎やら、西部邁やら、福田和也やらを、バッサバッサ切り倒します。
印象に残ったところは沢山あるんですが、特に印象に残ったのが戦争観の話。
彼曰く、フランスの思想家シモーヌ・ヴェーユの戦争観が一番良いと言う。
それは超端的に言うと、「戦争自体がダメだ」ってこと。
左翼の戦争観と何が違うか?
マルクスの戦争観を、左翼の戦争観の最初だとすると、それは「国家間の戦争が始まったら、労働者は弱い国に味方しろ」って戦争観。
「戦争をやめろ」とは決して言っていない。
その後のレーニンは、「戦争になったら、労働者のような被支配者は、自国が敗北するように行動したら良い」って戦争観+「労働者が起こす革命は世界同時革命じゃなきゃダメ」って戦争観。
次のレーニン・毛沢東は「一国ずつ社会主義に移行して、社会主義を拡大していけば、全ての国が社会主義に移行できる」って考え。
これは民族主義的でファシズムと双生児だと吉本は痛烈に批判する。
左翼って「戦争反対!」ってやたら叫んでるってイメージしかなかった+同じ左翼でもこんなに考え方が違うって事を知らなかった自分が情けなくなった。
で、話戻るけど、数ある戦争観の中でも、吉本はヴェーユの「戦争自体がダメ」を支持する。
これって一見当たり前。
でもこの戦争観って、「もうここまで言い切ってしまえば、終わり」だと吉本は言う。
今の世界情勢の中で、そんな理想的過ぎることを言ってもどのくらい意味があるのか、どのくらい力があるのかと言う疑問、葛藤。
その究極の理念に行く前に踏まえなければいけない段階がある。
吉本はそう言い、論を続ける。
僕らはまさに今、その段階にいる。
反米右翼の「日本も核武装しちゃえ!」は論外としても、生ぬるい左翼の「戦争反対!」じゃもう何も変わらない。
じゃあ僕らはいったいどうすればヴェーユの「戦争自体がダメ」と言う戦争観を正面切って叫べるようになるんだろうか。
つい最近辞めちゃったけど、目を血眼にして「憲法改正!」を叫ぶ首相が現れたこの国の国民である僕らこそが、考えるべき問題。
この本を読んで、考えるキッカケをつかめ。