紙の本
希薄なリアリティの中で喘いでいる孤独なモナド
2003/03/08 20:43
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る
ライプニッツは当時発明されたばかりの顕微鏡を覗き、池の水の中にたくさんのプランクトンが泳いでいるのを知って、「宇宙は生命に満ちあふれている」と感動した。モナド(この世に一つしかない「単純な実体」)の概念はこの体験から生まれたもので、イメージとしては「細胞」に近いと山内氏はいう。「モナドという考え方は、おそらく身の回りの無機物にも生命を見いだそうとする発想、つまり生気に満ちた世界観から生まれた」。「モナドは、その本性が力であって、手応えがあり、直接的で、リアルで、生気に満ちた世界の見方から生まれたはずだ」。
それなのに、と山内氏は続ける。「予定調和説になると、夢見がちで、間接的で、観念論的な世界に陥ってしまう」。ライプニッツのモナド論的世界観の「特異な特徴」は、「モナドは窓を持たず、他のモナドに観念的な作用しか及ぼさないが、実在的な絆がある」とする点にある。たとえば、「ヨーロッパにいる妻が亡くなった場合、インドにいる夫は男やもめになるが、その際、彼には実在的変化が生じる」とライプニッツはいう。「実在的変化」とは「リアルな変化」ということだが、これは「不思議な考え方」だ。ライプニッツの持っていたリアリティの感覚は現代の常識人とは異なっている。「私は、時々ライプニッツは希薄なリアリティの中で喘いでいる孤独なモナドなのではないかと思ってみたりする」。
モナドの「直接的で、リアルで、生気に満ちた世界」と、モナド相互の実在的な絆(予定調和)がもたらす「夢見がちで、間接的で、観念論的な世界」との齟齬。この二つの世界を結びつけるために、山内氏が導入したのが「濃度=強度」の考え方であり、モナドを〈自分〉(「実存的不安」に震える私)のことだとする視点であった。
モナド相互の実在的絆とは、無限なる宇宙がモナドの襞の中に「渾然と」与えられ、その宇宙が「地平」として存在していることだ。その地平には「寄せては返す波のような、濃淡のきらめき」がある。そして〈自分〉は、地平の中心部の「最も際立った濃度のところ」に現れる。では〈自分〉とはどういうものか。ライプニッツによれば、それは自覚・反省作用、すなわち〈自分〉で〈自分〉を考えるということであり、「さらに〈自分〉を世界にただひとりしかいないものとして見いだすことだ」。
希薄なリアリティの中で喘いでいる〈自分〉(孤独なモナド)の唯一性とは何か。それは、時空規定の唯一性によって条件づけられるもの(フジツボの唯一性)とは別の種類の唯一性である。すなわち〈今・ここ〉に存在することの「偶然性」を基礎として、そこから形成される唯一性のことである。
偶然性とは「反対が可能なこと」であって、現実とは生まれざる無数の可能なものから生じてくる。だから〈自分〉の唯一性を問うことは、事実の次元(そこでは既に偶然性、同一性、唯一性が与えられている)を支える「根拠」への問いにほかならない。
《「なぜ私は世界にひとりしかいないのか」を問うとき、この〈自分〉は、世界に埋没して存在するのではなく、唯一性を反省する限りで、その唯一性が意味を持つような存在者としてある。(略)簡単に言ってしまえば、「なぜ私は世界にひとりしかいないのか」という問いの答えは、その問いを行っていることそのものなのである。》
こうして山内氏は、モナドの概念、予定調和説とともにライプニッツ哲学の三本柱をなす最善説の読みかえを行ってみせた。それは、答えのない哲学の問い(謎)を生きること、すなわち自由であることの実質を表現するぎりぎりの思想だったのである。《〈謎〉は〈謎〉のままであり続けるべきだ。〈自分〉が〈謎〉ではなく、〈謎〉が解明されてしまうのは、〈謎〉を問う人間が存在しなくなったときである。》
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ロシア思想史などを勉強していると、意外にもライプニッツの思想が多分に影響していることに気づかされる。ライプニッツといえば、モナドロジーで有名だが、本書はとっつきにくい彼の思想を非常に分かりやすく説明してくれる。ただ、分かりやすすぎて心配にもなる。なので、「モナドロジー」の副読本として読むことをお勧めする
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ライプニッツの思想を、存在の唯一性という切り口で示していく。哲学書を敬遠しがちな人にも読みやすいと思いますよ。ライプニッツの思想はデカルトの思想とも比較して読むと更に面白いはず。
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モナドというものは、合成体に含まれている単純な実体のことである。単純な、とは部分がないということである。一なるもの、すなわち単純な実体のうちで、多なるものを含み、これを表現する推移的な状態がいわゆる表象に他ならない。
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モナド論についてわかりやすく解説されていた本である。Leibniz自体は、数学では注目を浴びるが哲学者としてあまり着目されない事もあるので一読の価値がある。
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[ 内容 ]
世の中に、まったく同じ2枚の葉は存在しない。
では、「唯一」とはどういうことか。
天才ライプニッツの思想を“自分”を手がかりに解き明かす。
[ 目次 ]
1 モナドの哲学(ライプニッツの時代;“自分”という謎;モナドの思想 ほか)
2 個体性をめぐって(無差別の不可能性;モナドの絆;モナド相互の関係と交通 ほか)
3 “自分”の唯一性(“今・ここ”にあること;二種類の唯一性;世界にたったひとりの“自分”)
[ POP ]
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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ライプニッツの哲学に「触れる」ことができた感じがする。
後半は唯一性(なぜ私は世界にひとりしかいないのか)についての著者の哲学に展開していくが、この内容もなかなか興味深いものだった。
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個体は二つとして同じものはあり得ず、ゆえに世界は成り立っている。逆もまた真である。個体が、なぜ「いま・そこ」に存在しているのか、についてはすべて理由がある。その理由とはまさしくその個体が内包しているその個体性である。
というところまで分かったように思うが、個体の空間的・時間的な存在理由がすべてその個体に帰属しているならば、それは必然であると言えるはずだけど、ライプニッツの思想のポイントはそれは偶然であるというところ。
言ってることは分からないが、僕もそれを支持したいような気分。
世界のすべては演算によって計算しつくしてしまえるはずだけれど、それをあえて偶然と呼ぶのは、現代SFの命題の一つでもあるんじゃないかな。もう少し精度をあげてライプニッツの思想を読んでみたい。
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モナド論、偶然性、理由律の肝は分かった。しかし、私は哲学に切実さを求める。その意味で、少し物足りなかった。分かりやすさは、このシリーズ共通の折り紙つき。
・事実に対して「なぜ」と問うことは、事実は別の地平に立つことである。:P107
・「なぜ私は世界にひとりしかいないのか」を問うとき、この〈自分〉は、世界に埋没して存在するのではなく、唯一性を反省する限りで、その唯一性が意味を持つような存在者としてある。:P108
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ライプニッツ 哲学の本。
筒井康隆 「 モナドの領域 」でわからない所があったので 図書館で借りて読んだ。筒井康隆は 天才であることが わかった
この本の副題「なぜ私は世界にひとりしかいないのか」に対する著者の答えは「それは謎です。謎のままがいい」という展開に ズッコケてしまった
ライプニッツ三大思想(モナド、予定調和、最善説)は 面白い
ライプニッツ 三大思想
*モナド=分割できない実体、世界の構成要素=単位
*予定調和説=全てのモナドが調和し、予めプログラム済
*最善説=この世は最善
ライプニッツのメッセージ=自分とは謎である
*謎において重要なのは答えではない〜答えを求る方法、過程、問いの成立条件を問うことが重要
*謎は謎のままあり続けるべき〜謎が解明されてしまうのは 謎を問う人間が存在しなくなったとき
ライプニッツは デカルトのように「思考する私」から出発しなかった
モナドの特徴
*モナドには窓がない=モナドは相互に物理的影響関係を及ぼさない→モナドには物が出入りできる窓がない
*対応関係は神を介してしか持つことができない
*モナドは孤独
区別不可能=同一の原理
*識別できないものは同一である=存在するものは 全て 差異がある
唯一性とは
*他が可能であったにもかかわらず、そういう多面性を前提とした上での唯一性
*唯一性は 初めから与えられのでなく、自ら形成するもの
偶然性とは
*人間の意思の自由の前提となり
*神以外の被造物が背負うべきもの
*神の存在を除外して、それ以外の存在者は 全て 偶然的
なぜ今ここにいるのか
*今ここ 以外ののころにいることも可能
*私が今ここにいるのは 偶然のこと